旅する猫と異邦人
「伝言でーす!まぁシトロンでいいか」
ラティーは買い出しから戻ってきてすぐにシトロンの元へ戻ってきた。一緒に外出していた使用人たちは屋敷の裏手に回り品物のチェックや搬入を始めている。
ガラクテアは彼らについて行ってつまみ食いをしようとしたがごく普通に捕まり、荷運びの手伝いをさせられている。
「伝言か。オレに、ってわけじゃないなら調査隊か黄昏館の責任者?」
「調査隊かな。研究塔の見たことない仮面の女の人から。ちょっと怪しかったけど研究塔の白いローブ着てたし、仮面も怪我を隠すためだったよ」
ここ数日はセドラの件もありずっと沈んでいたラティーであったが、笑顔を見せるまでになってきている。
シトロンは妹分が明るさを取り戻したことに安心を覚えた。
「じゃあ完全に知らない奴だな。ビカラは知ってるか?」
丁度ロビーに来たビカラに話しかけると、一緒にいたアナトも二人の方へ来てくれた。
「怪我の跡のある仮面の人なら見たことあるです。大丈夫だと思いますよ」
「何かわたくしたちにご依頼かしら」
「まず一つ連絡事項」
そう言ってラティーは黄色いメモ帳を取り出した。勢い任せのために言われたことを忘れがちな彼女のため、エトロが持たせた可愛らしいメモ帳である。
「ブルトーヌに残っていた賢者様及び他の遠征隊騎士たちは明朝帰還する」
「そりゃいい知らせだ」
「そんで二つ目がお願い事。猫ドラゴンが一匹足りないから探すのを手伝って欲しいって」
「いつもはあの立ち入り禁止の広場にいるんだよな。行ってみるか……」
「わたしも行きます!お姉様がお城に行ってて暇ですし!お勉強も一段落しましたし、こういうことには頭の良い人材が必要でしょうから!」
「コウジロウたちは呼びに行くか?」
「買い出し中に聞いたけど、グロッグ王子って今日具合悪いんでしょ?」
そこにキノトが庭から戻ってくる。
「みんなお揃いだね。何かあったのかい?僕の輝きは必要かな」
「いや輝きはいらんけど……。グロッグって今寝込んでるとか知ってるか?」
「あぁ、さっき使用人から話を聞いたよ。もし今日会議とかがあっても出席できないってさ」
「じゃあコウジロウも世話係と考えて、朝靄館の方に行くのは止めとくか」
「猫ドラゴンが一匹足りないから力を貸して欲しいと研究塔の方に言われたのです」
「いいね。天才の僕が解決してあげるよ」
「あーはいはい。ラティー、オレらだけで行くからお前は好きにしとけ。ガラちゃんは……置いて行くわ。それの面倒も見といて」
まだ手伝いをしているガラクテアがなかなかに楽しそうだったため、シトロンは気を利かせた。
「わかった!でも護衛いらないの?」
「わたくしがおりますわ!お~っほっほっほ!!!」
ラティーはその高笑いを聞いてなるほど、と納得した。
「アナトさんがいるならビカラちゃんもキノトさんも安心だね!いってらっしゃい!」
「オレは?」
城壁近くの例の広場へと行った四人は、早速猫ドラゴンの数を数えた。
「ほんとだな、九匹しかいない」
「全部で十一匹で賢者様の黒猫がいないとすると、ここには十匹いるはずですものね」
「ワンコロー、何かわかりますか?」
久々にビカラに抱きかかえられた球体の柴犬のようなドラゴンは、静かに首を振る。首とか無いけれど。
「どのドラゴンがいないかわからないな。というか、僕にも姿が見えない。気配しかわからないのだけれど……僕がわからないことを君たちがわかるはずもないか」
「それはそうなんだけどムカつくな……。あ、こいつオレの猫。四号車」
シトロンは、自分にぶつかるようにすり寄る見えない大きな猫の感触に覚えがあった。
「わたしたちに頼んだ理由って猫さんたちがなついてるからかもしれませんね。見えませんけど」
「では研究塔の知恵を借りに行くかい?」
「良い考えですわね。そういたしましょう」
猫たちに一旦の別れを告げ、四人は研究塔に到着した。
アポイントやパイナップルドラゴン等の諸々を考えていたが、研究塔近くの商店にいた白いローブ姿の人物を見つけた。彼に教えられた方へと進むと、ビオトープの端にアルジェンがいた。
確か小型のドラゴンたちが住んでいた場所だな、とシトロンは辺りを見回したが、四人が足を踏み入れた瞬間見える場所に居たドラゴンたちはあっという間に移動して見えなくなってしまった。
「すまんアルジェン、邪魔したか?」
「いえいえお気になさらず。どうかなされたのですか?」
「猫ドラゴンのこと聞いてるか?」
「いえ、とくには」
「仮面の人が依頼してきたらしいです。多分あの薬草学の」
アルジェンは納得したように頷いた。
「彼女ですか。では私に連絡が来ないのも頷けます。猫ドラゴンがどうかしたのですか?」
「一匹足りないから探してくれって。さっき広場に行ったら確かに九匹しかいなかったんだけど、姿が見えなくて探しようがないから知恵を借りに来た」
なるほど、とアルジェンは足元に置いてあった籠の中をごそごそと探し回り、小さな箱の中から眼鏡を取り出した。それは木ぶちに分厚い丸レンズがついていて、前時代的な手作り品に見える。
「これはある一定波形の残留魔力を見ることが可能で……一言で言うと、猫ドラゴンの足跡が見えるようになる眼鏡です」
手前にいたシトロンが受け取ると、見た目通りの多少の重みが手にかかる。
「これで広場から遠ざかって行った足跡を追えばいいんだな?」
「頼みます」
「でもなんで仮面の人は最初からあなたを訪ねなかったんだい?」
「彼女は縹国出身なので、スキピオ家やカレンシアが嫌いなんですよ」
シトロンは記憶の中から蜜柑戦争のことを引っ張りだして来た。縹国はカレンシア近郊の小さな国で、カレンシアの攻撃で滅ぼされた、しか知らない。
「あなたたちに頼れるなら良かった。姫様や騎士見習いの方がいたら話しかけられなかったかもしれませんし」
「そうでしたか……ならばこちらも報告の際には気をつけておきますわ」
四人はアルジェンと別れ、再び広場へとやってきた。
「僕にはレトロ過ぎる。この眼鏡は君たちに任せるよ」
「あいよ。ってか行ったり来たり大変だな、おい」
「愚痴愚痴言わない!早く探してさしあげますわよ」
代表してシトロンがその眼鏡をかけると、そこらじゅうに白い足跡が出現した。それは木にも岩にも壁にもついている。大きさは大体人の顔くらいだ。
その中で一匹の足跡が街の方へと続いているのを発見した。
「多分これ。ついてきてくれ」
足跡を追っていくと、まず鮮魚店にたどり着いた。その前でクルクルと回ってから、別の場所へと移動したようだった。
「姫様の婚約ってほんとかなぁ」
ふとひそひそと話す客たちの会話が聞こえてきたが、アナトに急かされてそれ以上は聞くことはなかった。
次は花屋だ。そこでは足跡の感覚が広がっている。ドラゴンとは言え猫のようなものだとすると、匂いがきつくて走り抜けたのかもしれない。
「すみません、仕入先の村と連絡がつかなくて」
店員が客に頭を下げている。事件の臭いがするがそういうことは総監騎士と巡回騎士の仕事だと四人は足を止めず進んだ。
東門では池の周りをぐるぐる回っているうちに兵士たちのムドラが増えた話を聞き、表通りの屋根の上を歩けば窓辺の夫婦の同僚が風竜騎士になったという嘆きを聞き、会議場前では商人たちの物流が途絶えた話が耳に入った。
「なんか不穏な話が多いですぅ」
「僕たちは立場上聞き過ぎてもいけない。適度に耳に入れ、不必要なら捨てるといい」
「はぁい。あれ。このままじゃ黄昏館に戻っちゃいますよ?」
「物語のセオリーじゃあ、散歩を終えて広場に帰っているものだけれどどうだろうか」
「それはちょっと損した気分になりましてよ」
「なんか黄昏館じゃなくて」
「そりゃあそうだろうさ。ではやはり広場の方へ?」
シトロンの目には、白い猫の足跡がはっきりと見えていた。
「いや朝靄館の方。あ、コウジロウ!」
四人は「おーい」と館の井戸から水を汲んだ帰りのコウジロウに話しかける。すると、彼は逆に「いい所に来てくれたっすね」と安心したように疲れた笑みを浮かべた。
「どうかした?」
「猫ドラゴンが帰らないんすよ。みんなはどうかしたんすか?」
四人は一気に脱力して座り込んだ。突然の奇行にコウジロウはオロオロと狼狽える。
「言われてみると、いつも広場にいるドラゴンが研究塔の人がわざわざ探しに行くくらい稀な移動をするとしたら、明確な目的があるのでしょう。そしてそれは、つい最近知り合った我々である確率は高いのかもしれませんわね……!?」
「猫ドラゴンはどこに?」
「グロッグのところっす。ほら、異様になついてたでしょ?あの三毛猫ドラゴン」
「あれかぁ……案内頼めるか?そいつの回収をしたいんだ」
「いいっすよ」
グロッグの部屋は二階の端にあった。初めて入る朝靄館の内装が気になるのか、ビカラもキノトもきょろきょろとしている。
「行儀が悪くてよお二方」
「いや、だって変な魔力がするじゃないか。閣下、君平気なのかい?」
「オレは別に……?」
「猫ドラゴンさんじゃないです。ねぇワンコロー」
ワンコローは身動き一つせずにいる。何かに怯えているようでもあった。
「シトロンたちが三毛猫の回収に来たんすけど、入っていいっすか?」
部屋の前にいる従者たちは、みな青い顔で……極寒仕様のコートを着ている。そしてここまで来てシトロンも、ようやく異常な魔力に気がついた。
「……どうぞ」
唇から色が消えている従者の許可を得て、五人は部屋に入った。そこで大きなベッドの上で丸くなっている大きな猫ドラゴンを見つけることができた。
「ごほごほ、早くこいつ、げほっ……連れ帰ってくれ……」
「わかった任せろ!……気まぐれなんだよな、どうしよう」
「水でもかけたら嫌がるかなって思って水汲んできたんすけどね」
「ワンコロー、何か考えとかありますぅ?ワンコロー……?」
ワンコローは部屋の隅をじっと見ている。シトロンはそこから冷気が流れていることに気がついてしまった。
その瞬間、シトロンは何かと目が合った。
「フシャー----!!!!!」
突然猫ドラゴンが部屋の隅の何かを威嚇した。
するとその気配が消える。それに連動して異様な冷気と居心地の悪くなる魔力の流れが全て消え去った。シトロンは自分が金縛りにあっていたことに気がつき、バクバクと煩い心臓を黙らせて深呼吸する。
「あぁこれで寝やすくなる……げっほ……」
グロッグの表情が多少和らいだのを見ると、三毛猫はベッドから下りた。そしてグロッグの顔をべろべろと舐めてから、人間たちのことは気にせずに壁をすり抜けて行ってしまった。
「……帰ったっぽいっすね?」
「なんだったんでしょう。ワンコロー、大丈夫ですか?」
部屋の隅にはもう何もいないようでワンコローもホッとしていた。グロッグが眠そうにしているとわかった五人は、そのまま「お大事に」と言い残して部屋から出た。
「足跡が広場の方向へ向かってる」
「一応最後まで見に行こうか」
「そうですわね。コウジロウ殿、グロッグ殿のことは頼みましたわよ」
「わかったっす」
一旦あの謎の気配のことは置いておいて、四人は広場に戻った。出発は昼だったのにもう夕方になっていた。
広場には十匹の猫ドラゴンがいる。
「次は研究塔への報告か?」
「こういう時くらいは人を使ってもいいんじゃないですかぁ?」
「……いいえ、どうも」
ふと気がつくと、広場には仮面の女性がいた。白いローブを身にまとった研究員は、同じように猫を数えてから四人に頭を下げた。その指には包帯が巻かれている。
シトロンはなんとなく、眼鏡を外してポケットに隠した。
「……あり、がと、うごさいま、す……」
喉にも包帯が巻かれていて、かすかに見える顎の肌は火傷の跡が残っている。
「良いってコトよ!」
「お役に立てて良かったですわ。また何かありましたらわたくしたちに頼ってくださいまし」
仮面越しでも女性が少し微笑んだのがわかった。
彼女に手を振って四人は帰路についた。
シトロンには、彼女が何故カレンシアに来て暮らしているのかはわからない。
しかし出来れば心穏やかに過ごしていてほしいと願ってしまった。
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