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かぜのりゅうのおはなし・後


 戦いに負けて追いやられた人々が、超常的な存在により戦いに勝ちました。

 それは弱い心を惑わすには十分すぎるほどに甘美なものでした。


 小さな街には二つの区画がありました。元スラムで、今はイストリアとファーリェンを中心に子供や若者が住む祭壇地区。

 もう一つが彼女たちを虐げていた町民たちが、比較的人間的な暮らしをしていた居住地区です。居住地区の住民はイストリア目当てに祭壇地区に住みたがっていました。


 恩恵が欲しい、ドラゴンに守られたい、ドラゴンに愛されたい。

 子供たちを押しのけながらそう言ってのける大人たちに嫌気がさしていたイストリアでしたが、それでも争いからは彼らを守りました。


 そして彼らはかつて自分たちを追いやった民族を滅ぼしたいと言い出し、何度もイストリアに頭を下げて「我らの願いを叶えたまえ」とほざくのです。

 一も二も無くイストリアはそれを拒否しました。


「ちょっと意味がわからないな。何を言っているんだい?自分たちで勝てないくせにどうして戦いたがる?自分だけで武器を持って街を出なよ」


 大人たちはもごもごと言い訳を繰り返しながら、結局街を出ていく人はいませんでした。


「あの人たちはあんたに言うことを聞かせたいだけなのかも」

 ファーリェンは賢く、美しく成長していました。


「あのね、イストリア。あぁいう感じに優しくて強いあんたを利用したがる人間は沢山いるの。だから、誰の言うことも聞いちゃダメ。自分のやりたいことだけやってよ。あたしのお願いだって簡単に聞いちゃダメよ」


 目が見えなくても彼女は世界が見えています。イストリアは彼女と話す度に、自分はまだ若く何も見えていないことを痛感します。

「わかったよ。僕はきちんと、僕の力の使い方を考えなくてはならない」


 そうして人とドラゴンが分かたれ始めた世界であっても、共に歩み始めた人とドラゴンが言葉と心を交わしている時にも、悲しみの種は育っていきます。



「捧げものが足りないのでは?」

「だから愛してもらえないのでは?」

「ならば彼の愛する者を捧げればいいんだ!」



 祭壇の上、イストリアの御前に、少女の生首が置かれました。

 美しい草花で飾られたその捧げものの顔は、よく知っています。


 まるで水面と葉の間から顔を出して咲いた蓮の花のような。



 そこからは何も覚えていません。

 イストリアがふと気がつくと、そこにはもう何も無くなっていました。

 祭壇も人も二つの区画もありません。それどころか辺り一面荒野が広がっていました。そこら中に澱んだ風が吹きすさび、今なお大地を切りつけ草花を枯らしています。


 あぁ、自分がやってしまったんだ。

 怒りと悲しみと絶望と虚しさと、その他様々な感情が渦巻いては消え、飲み込まれては染みわたり、ほとばしっては吐き出されました。


 そうこうしていると、突然夜空に輝く満天の星が語りかけてきました。

『お前はどう生きたい』

 低く優しい声でした。宙にはこの悪しき風も届いていないようです。


「わからない」

 素直に答えると、声の主は『そうか』と短い返事をして少し黙りました。

『ならばこれより千年の後、再び問うことにする。

 その時にまだ同じことを言うのであれば、お前にふさわしい裁きを下そう』


 イストリアは声の正体が誰だかわかりました。創世竜の中に一柱だけ、裁決を担うドラゴンがいたからです。彼は他の創世竜に対してもあらゆる審判を下し刑を執行する権限を有しています。

 そしてつい二千年ほど前、銀河の女王に対してその権能を振るい、この銀河全てを解放してみせたドラゴンが今、イストリアというちっぽけなドラゴンのため約束を交わしてくれているのです。


『ただ、死にたいのであればいつでも空に願うがいい。その程度ならすぐに執行してやる』

「死にたくなければ千年生きねばならないのですか」

『それもまたお前への罰だ』

 幼い風竜にも伝わるように、声の主は言葉を尽くします。


『お前の所業のうち絶対的に過ちだと指摘できる箇所と言えば、怒りからの虐殺のみ。その罰がこれから過ごす千年だと思え。

 それ以外の……人間に介入したこと、守りたい者を守れなかったこと、そういったことは俺が裁くことではない。お前にも考えがあり、その上で選択したのだから。挑戦して上手く行かなかったことを責めることなどしないさ』


 イストリアは首をかしげました。

 自分は間違えたのだ。ファーリェンを守りたいなら、あの大人たちを殺せばよかった。

 無辜の人々を殺したくないのであれば、ファーリェン一人の死を我慢しなければいけなかった。


 それらは罪ではないのか?

 無知と無力と過失は罪ではないのか?

 その罰は千年経たないと受けられないのか?


『お節介なドラゴンがお前を一人にしないだろう。そこまでの孤独は無いはずだ。

 だがな、幼きイストリア。

 お前はきっと、お前が今考えている以上に己のことを責め続けるだろう。その胸の穴を埋めることはとても難しい。だから、それが罰になるんだ。ひたすらに考えるがいい、幼きドラゴンよ。

 お前は何がしたい?どう生きていたい?』


 返事ができないでいると、声の主の気配はどんどん遠のいていきます。

『さらばだ、千年後に会おう』

 そして完全に誰もいなくなりました。


 イストリアは来る日も来る日もそこでじっとして考え続けていました。

 どうすればよかったのだろう、何がいけなかったんだろう。

 どうしたかったんだろう、これからどうすればいいんだろう。


 たまにドラゴンが顔見せに来るために、確かにそこまで無音で孤独ではありません。

 しかし日に日に、胸に空いた謎の穴が広がっていると感じるようになりました。


 ある日、無風の小島となったその場所にある一団が現れました。一人の御子を中心にした巡礼キャラバンでした。

 彼女たちは古王国の御子のうち、修行の一環で世界中を巡っていたために滅亡を免れた人々の子孫でした。


「もう自分たちが何代目なのか、この巡礼の終わりがあるのかはわからないでいたところ、先達の御子からお言葉をいただいたのです」


『悲しみに明け暮れるドラゴンがいるんだ。どうか、彼のことを気にかけてあげてほしい』


「それが先祖たちの祖国と同じ場所なのもきっと運命。私たちは、あなたと共に生きるためにまいりました!」


 イストリアがいくら無視してもその一団はめげずに荒れ地を開拓し、水辺を綺麗にし、風災の傷跡を乗り越えようと努力し続けました。

 十歳にも満たなかった御子が可憐な女性へと成長したある日、イストリアはふと尋ねました。


「君の名前は?」


 御子は大喜びで名前を告げます。

「カレンと申します。花と蓮で花蓮と書いたそうですが、今はそういった文化は失われてしまいました。御子である私にだけ残されています」


 同じ花蓮と言う字のファーリェンという少女がいたことを、彼は言いませんでした。

 でも、その日からなんとなく、人間たちと言葉を交わすようになりました。

 そしてカレンが五十を越える頃に、カレンシアという王国が生まれました。その間に何があったのかは、歴史書に描かれています。


 異民族との紛争やドラゴンと人の団結や、御子という古王国の文化を廃止して新しい生き方を模索し続けた人々のことは、全て記録されているのです。

 けれど千年もの間、イストリアはただの一度も人間達にファーリェンのことは言いませんでした。


 自分は至らないドラゴンだ、昔感情が高ぶって街を壊した、守りたかった人々を傷つけた、そういったことは時折王家の子供たちに話します。

 間違ってもいい、だが、間違った後にどう生きていくかは考えなければならない。そういう時は一人でいてはいけない。過ちを認め助けを求め話し合おう。その大切さを説くばかりです。


 イストリアは強いドラゴンではありません。自らが司る風がどういったものであるか、実は今でもわかっていません。それ故無茶をすると簡単に倒れてしまうため、他のドラゴンたちには彼が赤ちゃんにしか思えないようです。


 もうすぐ千年が経とうとしている頃、管理と支配を否定された銀河の女王が帰還せしめました。

 彼女がカレンシアの姫と契約をしたことから、イストリアはまた自らの思考に耽ることが多くなりました。


 人とドラゴンはどう生きていくべきか、その答えは未だ誰も出せていないからです。

 しかし若き風のドラゴンは、諦めることなく考え続けています。

 自分は何がしたいのか。どう生きていたいか。この力を何に使うべきか。


 そうして今日も、カレンシアの大地には彼の優しい蒼い風が吹き渡るのでした。



次は9日の20時以降に更新予定

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