かぜのりゅうのおはなし・前
昔々、千年ほど前の話。
つまりドラゴンにとってはそこまで昔でもない昔、荒れ果てた無人の大地に一匹のドラゴンが生まれました。
この惑星に新たなドラゴンが生まれたのはもう、誰も覚えていないくらいの昔のことでした。
生まれたばかりの彼のことを、皆が祝福しました。
北風、西風、南風、そして東風を司るドラゴンたちが彼を迎えに行きました。
そして彼に名前を授けます。
”イストリア”
いつか君が歴史になりますように。それくらいに長く生きますように。
そう願いを込められた名を授かった赤ちゃんドラゴンは、自らが司る風がどのような風かはわからないまま空を飛びました。
綺麗な蒼い身体と二枚の大きな羽で風に乗り、四風ドラゴンの導きで様々なことを教わりました。
すでに人の世界であるということ。
ドラゴンはいなくなったわけではないということ。
共存できる場所がどんどん減って行っているということ。
このままでは魔法もドラゴンもいない世界になっていくということ。
現存する最後の創世竜ウラノスはそれでも構わないと考えていること。
闇竜は放浪し、氷竜は狂乱し、水竜は殺されて、光竜が追放されたこと。
星竜ウラノスが暫定的に全てのドラゴンと世界の頂点に立ったものの、世界はドラゴンの管理から離れて自由に生きるべきだと主張していること。
多くのドラゴンが彼の考えを支持して少しずつ管理と支配を止めていったこと。
その結果、全ての力が枯渇し尽くしてただ滅びるだけだったこの世界に、新たにイストリアが生まれたこと。
四柱のドラゴンは、イストリアが一人で生きれるようになった頃、揃って眠りにつきました。
彼女たちはもう限界だったのです。
彼女たちは眠りにつく直前、イストリアによく言って聞かせました。
『私たちは死ぬわけではないのです。ただ見えなくなるだけ』
『いつかあなたにも私たちが見えるようになるわ』
『それか先に蘇るかもね!』
『どっちだっていいわ。どっちだって寂しいわよね。でも、忘れないで。私たちはあなたのことが大好きよ。見えなくたってずっと一緒にいるからね』
『さようなら私たちのイストリア』
『おやすみなさい』
イストリアは一人ぼっちになってしまいました。
しかしそれは、更に自由にこの惑星を吹きすさべるということです。
彼は四人が起きた時に沢山の冒険話をしてあげようと思い、世界中を飛び回りました。
氷竜の身体を大地として生まれた北極の国々を見ました。
星竜のいる南西にはちょっと怖くて行けませんでした。
雷竜が治める国ではいつだって戦争がありました。
東の島々の澱んだ風は嫌いなので近づきませんでした。
そして世界の中央にたどり着きました。
かつて古王国があった場所です。
闇竜が壊した大地です。
その土地に、新しく住み着いた人々がいるようです。
彼らは北の遊牧民たちでした。古王国が滅びた跡地に集まり、彼らの遺産を利用して細々と生きていました。
土地は死に、人々の活気も無い。どうやら勢力争いに負けた人々です。彼らには加護が必要でした。だからイストリアの姿を見ると捕まえようとしてきたので、慌てて空に逃げました。
上空から見たスラムの中に、ある少女が目に入りました。
彼女は目が見えませんでした。しかし生活のためにゴミ山から使える物を探して毎日手も足もボロボロにしながら働いています。
そんな彼女に周りの大人は意地悪をしています。彼女が見つけた鉄くずをこっそり別のゴミと入れ替えたり、相場よりうんと安い換金レートにしていたり。
イストリアは四風たちに教わった変化の魔法で人間になりました。
体と同じ色である蒼い髪の美しい少年でした。
少女と同い年、十歳にも満たないくらいの男の子の姿ならば怖がらせないだろうと思ったのです。
そうしてスラムに入り、ゴミの山を漁る少女に問いかけます。
「ねぇ、君騙されているよ」
「なんのこと?」と狙い通り少女は身構えることなく会話に応じてくれました。
「さっき君が見つけたものは古王国の燭台なんだ。でもあの大人たちは鉄の棒とすり替えて君に渡したよ。その鉄の棒だって三ペイクスは貰えるはずなのに、一ペイクスしかあげなかった。君はもっと怒っていいんじゃないの?」
少女は笑いました。
「だって殺されたくないもーん」
イストリアは唖然としました。少女は続けます。
「殴られるよりずっとマシ!前はお金と見せかけて似た石とか渡されたり、袋を揺らしてお金を払ったふりとかされたりしたよ。でもあたしがちょっとだけ魔力があって、珍しい物を見つける能力があるってわかってからはちゃんとお金を貰えてるからさ。心配しなくていいよ!」
少女はなんともないようにけらけらと笑いながら仕事をしています。
「あんまり文句言ったら殺されちゃうからね。君も気をつけなよ……って言いたいとこだけど、君っていい匂いするね。スラムの子じゃないんだ、じゃあ大丈夫かも」
「匂い?」
「うん、すっごく安心する。鼻か利かなくなったら危険な物とかわかんなくなるから。
あぁえ~っと、匂い自体も安心する感じだよ。なんだろうな、よく晴れた日の空って感じがする」
そして少女は首をかしげた。
「この奥に何かいい感じの物があるっぽい。どいてて、この瓦礫崩すから」
「どうやって?」
「何か細かい物を引き抜いて、逃げるの。いつどこからか崩れるかはやってみないとわかんない」
「危ないよ」
「でもあたし、お姉ちゃんだから。スラムにはあたしより年下の子もいるからね」
「お金があったらいいの?」
「お金と家とご飯かな。守ってくれる大人も欲しい。でも全部無理だから……せめてお金。それでご飯を少しでも……」
「わかった!」
イストリアは、この可哀そうな女の子のために何かしてあげたいと思い、心が願うままに祈りを捧げました。
大きなドラゴンの姿に戻り、少女を守りながら、瓦礫の山を吹き飛ばします。
そこには祭壇がありあました。
古王国はドラゴン崇拝の本拠地で、数々の神事に必要な魔法具がありました。その中でもこの祭壇は御子がドラゴンの言葉を授かる場所として重要視されている場所だったのです。
イストリアは祭壇の後ろ、ドラゴンの座する場所に降り立ちました。そして祭壇を挟み、少女に再び問いかけます。
「僕は風竜イストリア。君の名前は?」
「……あ、あたしは、名前とかないです、ドラゴン様……」
急にかしこまった態度をとられてイストリアは悲しくなりました。
「じゃあ僕が名前をあげるよ。えーっとね」
自らが吹かせた風に乗ってスラムに花びらが舞い落ちました。
「ファーリェン」
「ファーリェン……?」
「昔はこの辺りにも蓮が群生していたと聞いたんだ。花をつけた蓮を古王国の言葉でファーリェンと言うそうだ。それを君の名前にしよう。ささやかな香りだけど、清廉なんだって」
「あなたも知らないんですか?」
「うん、知らないんだ」
ずっと強張っていた表情の少女は、そこでまた先ほどまでのような笑顔を見せました。
「なんだ、ドラゴン様も知らないこととかあるんだ!」
「僕は生まれたばっかりだからね。君の方がきっと物知りさ。だけど僕は大人の姿にだってなれるよ。だから君を守るよ!」
イストリアは生まれたばかりの赤ちゃんでした。
幼児のまま、守りたい子供を見つけてしまいました。
しかしどのドラゴンも、彼を止めはしません。やっと生まれた新しい命に、自由に伸び伸びと生きていてほしかったからです。
そしてイストリアはスラムの人々を中心に加護を授けました。
御子としての役割はファーリェンに任せました。
癒しの風を吹かせて恵みの雨を引き寄せ、土を生き返らせ、波を制して人々を助けます。
スラムはだんだんと綺麗になっていき、人々にも活気が戻ってきます。
ファーリェンが十六歳になる頃には、そこには小さくも立派な街が出来上がっていました。
順風満帆に見えたその街に、北からの侵略がありました。この地に逃げ延びた民族を追い立てた連中です。
ドラゴンであるイストリアがそんな連中に負けるはずがありません。
大きな風を吹かせたら、たちまち彼らは逃げ帰りました。
イストリアと小さな街は、戦争に勝ってしまいました。
その恐ろしさを、幼い子供たちが知る由などなかったのです。
次は7日の20時以降に更新予定です




