↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
126/140

そして蠢く土の下・後


「あの……その……」

 帝国の公爵のサインとともに送られた手紙の内容に、騎士たちは絶句した。

「ヤバいこと沢山書いてありますね」

 それで済ませる賢者の豪胆さを海竜との闘いの前後には何よりも頼もしく思えたものだが、今は別種の恐ろしさを抱かせる。


「あとトートは安全です。十数年、数十人にいたって施された、二十年以上たっても稼働し続けている数々の魔法をきっちり解呪してある。謙遜なんか必要じゃないよ」

 感心しながら微動だにしないとトートを見ているセレマリオンに、白蛇は問いかける。

「殺さないのか?」

「逮捕するからダメです」


「ろくなこと知らないから弄らないで渡されたんだぞ」

「それを誠意と定義づけることが今求められているんですぅー」

 闇竜の機嫌を損ねてしまうとは思いながらも、必要なことを訪ねるしかない。ドミクは気合を入れて質問をした。

「弄られていない、とは」


「そのままの意味です。記憶とか消されたりゆがめられたりしてないし、特定のワードを喋れないようにしたり、ある条件が揃うと脳の血管が切れて自然死したように見せかけたり。そういうことがされていないということです」

「自害用のあれこれだけではないのですね」


「巡回騎士はムドラ相手の戦いが多いだろうし、対人も野盗や密入国者や密猟者ばかりだろうね。実際に彼を護送するのは君たちになるだろうし、不安を無くすためにも説明しましょうか」

 賢者も白蛇も怒ることなどなかった。彼らの事情を鑑みてくれている。


「スパイとか工作員というものには、どんな末端の存在にも様々な術をかけておくものです。彼ら自体はろくな働きをできなくても、その人物に施した術が病を運び竜脈を乱し混乱をもたらす。情報を仕入れ、場を掌握し、人を操り引き込むことができればそれに越したことはないけれど、そんなことができるのは一握りの天才でしょうから」

「トートは天才の方だったのでは?」


「慣れただけに見える。行き当たりばったりの取り繕いが目立ったからな。無論、それも才能とは呼べるだろうが」

「多分もっと早くにこの国を去る予定の人員だったのでは?少なくとも蜜柑戦争時に死んだことにして逃げる予定だったと思いますよ。職人議連の徴兵も彼を戦地へ行かせるための下準備。そしてそれは、街と人を媒介に毒を広げるため。善良な男が一人でその企みをひっくり返してしまったのですが」


「その、調査隊のみなさま方は友人のお父さん凄いんだね、というような感じでいましたが……冷静に考えなくとも凄まじい功績ですよね」

 砕けた口調の女騎士にも闇竜たちは耳を傾ける。

「帰国したら自分の立ち位置や意見を調整して言いたいことも言えなくなるのだから、今はアナト君のお父さんつえー!、新規エピソード良かったね!でいいんですよ」

「その功績を表立って称えることができないのが悲しいですね……」


「無かったことにされていたからねぇ。……海竜騒動とともに白日の下に晒された色々な事件……これからどう転ぶのかわかりません」

「でもあそこまで来たら倒すしかなかったぞ」

「それはわかっておりますよ。大丈夫、ソラールのこと嫌いになんかなってません」

「うむ」とソラールは嬉しそうにぐりぐりと小さな頭をセレマリオンの頬に擦り付けた。


「正誤じゃなくて好き嫌いで語ってほしいんだって」

 闇竜との付き合い方を説明されましても、と言える勇気もとい無謀な愚か者は騎士になれない。つまりこの場にはいない。みな黙って拝聴していた。

「俺はもう人間の理性とか悟性を信じない。そこから導き出される正しいとか間違いとかそういうのもな。そんなもの、刃物突き付けたら剥がれ落ちる程度のものでしかない」


「そうですか?愛情だって」

 自分が死にそうになったら投げ捨ててしまうのでは、と賢者は経験則から答えようとした。その中の大半はこの闇竜に同道されているから、言わずとも彼には知られていることだが。

 しかし彼は首を振る。


「統計的に愛や友情や正義や慈悲の方がそこで踏ん張れている確率が高い。だから俺は、自分の大切な人や自分すら諦めて逃げ出して手放すための言い訳として理性というものを人間は尊重してきたのだと考えている。大体理性は俺たちが管理しやすいように搭載したものだから、まぁ管理者に都合よくなるのは当然だ」


 闇竜は、言葉も無く聞き入るしかない人間たちに話を続ける。

「ほら、自分は尊き使命があるからここは生き残るべきだと判断した、とか勝算のない命を捨てる行動はバカのすることだ、とか言って家族見捨てたり無実の者を密告して殺したり井戸に毒流したりすることを正当化したりするし」


「耳が痛い話ですな……」

 ドミクは戦時中に見た様々なことを思い出し、気分が滅入る。

「感覚と感情でいいんだ。さてどうする人間たち。真実が隠されるには理由がある。欺瞞が覆い隠しているのか、ただ人々が目を伏せているのか、そこは些末な問題だ。ケースバイケースでしかすぎない」

 闇竜は珍しく、人間たちの前で自らの考えるところを語り始めた。


「問題の本質は、真実がなんだとしても、どうでもいいってところだ。それは社会構造の問題であり精神の問題であり……信仰の問題でもある。多くの場合最も重要すべき真実というものは、自分一人の心が創った事柄だけなんだ。それが自由の本質でもあると定義付けられるがな」

「大切なのは普遍的な事実としての真実が隠匿された事象と明るみにでた事象への対処と、各個人が持つ信仰めいた各個人にとっての真実を見極め、その上で何を思考し選択するか、と」


「流石俺のマリア。わかってらっしゃる」

「お褒めにあずかり光栄です」

 白蛇ははしゃいでいるようにしゅるしゅると軽快に賢者の首元を回る。

 そしてぴたりと動きを止めて、命令により、推薦により、矜持により、信念により、はたまた偶然によりこの場にいる騎士たちをじっと見つめた。


「西の古すぎて腐った小さな国が、攻撃をしかけてきていた。それを一人の男の献身が結果的に覆い隠した。そうして更なる混乱と腐敗と痛みをもたらし、境界を作り上げていたドラゴンが消えた。

 カレンシアは何を選択し、何を選択しないのだろう。お前たち一人一人がカレンシアにとっての真実を作り上げていく当事者だ。自由に生きろよ」


 小さな白蛇の発する圧倒的なプレッシャーに、騎士たちは歯を食いしばり耐えるしかない。

「気を失いそうです……」と一番若い騎士が思わず零した。

「正気でいろ、人間。それこそ愛や希望なんてものは目を開くのにちょうどいい。理性の信望者は感情を狂気と結び付けたがるが、大体において狂ってる奴ってのはそいつ本人にとって理性的だ」

「それが彼らの真実だから、ですか」


「そう。カレンシアの当面の敵は、自らを理性的だと”信じている””思い込んでいる”人間たちだ。理性と思い込みは真逆の性質のはずなんだけれど、そいつらの中では事実になってるからな。ドラゴンなんて大した存在じゃない。奴らはただの真実そのものだから、どうでもいいんだ。見て見ぬふりすればどうってことなくなってしまうんだ。今この世界からドラゴンたちが消えている、おかしくなっている、ということになっているように」


「真実は違うのですか?」と女騎士が尋ねる。

「どうでもいいだろ」

 そうだ、真実はどうでもいい、とは最初にソラールが言った。それだけの話だ。

「それなら私は、子供たちを支えてあげたいですね」

 ずっと考えこんでいた答えが出たようで、賢者は口を開いた。


「クラーラナはお前の教え子じゃないだろう」

 セレマリオンは少し悲しそうに笑った。

「昔、あなたがカレンシアではなくレコメダを気に入っていれば、彼女は私の教え子だったかもしれない。それが私にとっての真実ですよ。全てを救うつもりなど毛頭ないですが、目の前で自ら吐き出した毒に飲み込まれそうな人くらいは助けたいのです」


「まぁお前が選んだ全てを俺は肯定する。好きにしろ。それがお前の望む”家”を創ることに繋がるのだろうし」

「家が欲しいんですか?」

 女騎士の口出しに、ドミクは「こら」と小さく叱ったが、その必要はないようだった。


「うん。私の故郷はソラールの怒りをかって壊されたからね。大陸ごと消えた。民もみんな死んだ。それからは流浪の日々なんですよ。私は私の帰るたった一つの家が欲しくてずっと世界が平和になって誰も何も奪われないように、って思っているんです」


 あ、そういうヤバいのがカレンシアにいるんだ。女騎士は自分の口がそう動かなかったのを褒めただ、考えが甘かったようだ。

 そりゃ心くらい読めるわな、と自分をじっと見てくる闇竜に気がついて奈の国に伝わるという辞世の句を考え始めた。


「うん、カレンシアは自由な国だ。俺はそれが気に入っている。マリアに相応しい」

 ソラールはテンションが上がってきたのか、賢者の服の中を伝い袖を通り掌の上に出てくる。

 そして騎士たちと……その向こうに、内部に、背後にいる全ての人々を見た。


「だからどうか失望させるなよ、蒼の風吹くカレンシア」



 渦巻いているのは、人々の欺瞞と腐敗と陰謀ではない。

 そんなものは真実を覆い隠す程度のものでしかない。

 真に恐ろしいものは、それより深く根差したもの。

 この世界における絶対。


 創世竜という絶対の支配者なのかもしれない。


 騎士ドミクは、もう戦時中の悪夢を見なくなる気がしていた。狂気に飲まれいなくなってしまった、かつて栄光の中にいた騎士の姿も朧気になってしまった。


 彼はただ、姫の隣にいる光竜が力を取り戻すことのないように祈るのみであった。



次は5月5日木曜日の20時以降に更新予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。