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デイ・アフター・4


 準備が完了したと報告を受け、仕事の終わった従者たちから猫ドラゴンに乗り込み、ひそかに視界から消えていく。確かにこれ戦争に使ったら大変なことになるな、と思うが、そういうことにこの猫たちは協力してくれないな、とも思いシトロンは考えるのを止めた。

「じゃあ出発の邪魔にならないように、私たちはお城の方へ行くわね。みんな本当にありがとう、元気でいてね。私たちもなんとか生きてやるわ!」


 赤ちゃんを抱っこしなおした彼女の車いすをパンフェルが押そうとすると、それをニーサはやんわり止めた。

「私抜きで話しててよ。あなたずっとみんなと一緒にいたでしょ?私のことはいいから」

「でも」と言う声は「あたしがお連れ致します」と近くにいた兵士の声で遮られた。


 ニーサはその兵士に感謝を告げ、一行に手を振って親子で去って行った。少しだけ離れた城のロビー近くで、今度は別の兵士たちに赤ちゃんを目撃されて囲まれている。

 その奥にバジルがいた。メイドたちに連れられて、レウカに小さく手を振る。

 しかし思うところがあるのか、彼はこちらに駆け寄っては来ない。レウカは彼の心情を優先し、自分からも近寄らないことを選んだ。


「いいのか?」

「昨晩ちょっとだけ話したの。お手紙もあげたわ。……頑張るって」

「そうか」

 シトロンはもうそれ以上は言わなかった。二人が話し合って決めた距離なら、自分は見守るだけにしようと思ったのだ。


「そうだパンフェル、君は絶対にいい職人になれるよ。だからこうしよう、未来の僕のお祝い事に君の作品を予約しておく」

 キノトの申し出にパンフェルは大喜びする。

「え、いいの!?じゃあ結婚式がいい!あたしそれで職人になりたくて~じゃない!」

 そしてノリツッコミ。


「励まそうとしてくれるのは嬉しいけど、みんなあたしの作品見てないでしょ?」

「でも僕=美だろう?つまり僕=芸術でもある。芸術を司っている皇子の言うことなのだから、正しいに決まっているじゃないか」

 無茶苦茶な理論に困りながらも悪い気はしないのか、にやつく顔を抑えていない。


「も~勇気は出るからそれでいいよ!じゃああたし、これからもちゃんと勉強する!いつか本物の銀細工職人になって、みんなに素敵な逸品を作ってみせる!ミネオラちゃんには特別に二つ作っちゃう!」

「ふふ、ありがと」

 そうしてパンフェルは改めてみんなを見た。


「だから、だから……頑張るよ。色んな人とか、色んな場所無くなっちゃったし、まだ色々ぐちゃぐちゃで滅茶苦茶なままだけど、諦めない!」

 潤んだ瞳から涙はこぼれない。最後まで笑顔のまま、彼女は大きく手を振った。

「最高の人生送ってるとこ見せてあげるから!みんなも元気でね!!!」


 馬車が出発する。その少し上の猫空間から一行は見送る人々を見ていた。

 城を離れ山道を下り、ぶち壊されたバリケードの跡を見ながら関所へと向かう。生々しい血の跡はあるが、もう兵士たちは普通に働いていた。

 先導する小型馬車に乗っていたカジミールは最後に馬車から降りて、過ぎ去っていく客人たちにブルトーヌ式の敬礼をした。


「さようならブルトーヌ。灰色の国、荒野で生きる針山と港の国。いつかまた、ここに来ます!」

 届かないとわかっていても、レウカは手を振った。

 もう大切な人のいない塔を最後に見上げる。

 悲しみが深すぎて、どうしていいのかわからない。

 だから今は、この国と人々が健やかであれと祈るしかなかった。






『あ、銀細工買うの忘れた……げほげほ』

『今言うんですかぁ?』

『お土産とか買える雰囲気じゃあなかったものね』

『おほほほほ!後日みなさまにガレッドル銘菓の詰め合わせを贈呈いたしますわ!!!』

『そこはブルトーヌのじゃないんすね……』



 馬車を見送り、ニーサを病院へ送ったパンフェルは、砲撃に晒されて甚大なダメージを追った灰洞街を歩く。職人議連オフィスは未だ屋根の上に氷が刺さっているだけで、そこまで壊されていない。しかし作業が終わるまでは関係者ですら立ち入り禁止と書かれており、あまり近づくことも許可されていない。

 大貴族の資金をふんだんに使った新しい建築物だったからだ、と思うとなんだか周囲の潰れた家々に申し訳ない気分も出てきて、少女は足早にその場を離れた。


 彼女が次に訪れたのは土産屋が立ち並ぶ区画だ。健康な市民はいち早く清掃活動などに駆り出されていることもあり、土産屋近くにも数名が簡単な撤去作業をしていた。顔馴染みがいたために声をかけようとして歩き出すと、その前に店の中の陳列物が目に入った。

「あれ?店長さん、あたしの習作なくなってるけど」


 店長は「ん?」と作業を止めて棚を見て、「売れたよ」と気軽に答えた。

「売ったの!?なんで!?ってか見習い職人の作品だよ!?価値なんて無いよ~!!!全然上手くできなかったのに!」

 半ばパニックになって手足をバタバタとさせながら事の重大さを訴えているが、店長は気にしている様子はない。


「大丈夫、買った人は見習いの物だってわかってて買ったよ」

「そうじゃなくて!そもそもなんで売ってるの!?」

 店長は帽子を目深に被り、ため息をついた。

「……トートがさ……職人のだけ売っても先細りするだけだって」

 意識の片隅に追いやろうとしていた名前が出てきて、パンフェルは動揺する。それを表に出さないように、混乱して間違わないように、深呼吸をした。


「トートさんが……?」

「見習いたちの作品もどんどん売って、観光客には再び銀細工を印象づけて、見習いには自信つけてもらうべきだって。そういうこと、たまにみんなで話し合ってたんだよ」

 上手く言葉が出てこない。店長は瓦礫の上に座り、肩を落とした。


「未だにあいつのこと、信じれないよ。なぁパンフェル、本当は」

「本当のことだってあったんだよ。でもそれだけ。本当に見習いのあたしたちのこと心配する気持ちもあった。でもそれは酷いことをしないって理由にはならなかったの」

 信じられないくらい自然に、はっきりと、心の底から言葉が出てきた。最初から用意してあったような気持ちだった。

 いや、自分で気がついていないだけで、とうに答えは出ていたのだと彼女は気がついた。


「優しい気持ちも楽しい思い出も嘘じゃない。本当だけど、全部が全部本当じゃなかっただけなの。いつだってその裏や中に、別のたくらみがあっただけ」

 それと同様に悲しい、悔しい、寂しい、痛い、辛いという気持ちも本当なのだ。彼との思い出や彼の見せた優しさで彼の行いや傷ついた自分のことを見て見ぬふりをしてはいけない。

 そう考えていたパンフェルの横顔を見て、店長はふっと笑った。


「……大人になったな」

「そんなすぐなる?」

 不思議そうな少女に、大人としての笑顔が帰ってくる。

「なっちゃうよ。子供って」


「……完全に大人になる前に、もっと素敵な男の人と出会いたいな~!」

 シリアスな顔から一転、いつもの彼女の顔でパンフェルは明るく笑った。

「銀細工はどうするんだよ」

「恋しながら取り組むし!人間いつだっていくつもの層があるんだから!で、買っていったのってどんな人!?」



 キノトは猫空間の中で、ドラゴンと星の銀細工を見ていた。

 店に入ったあの時、この作品の横にはしっかりとパンフェルの名が書かれていた。だが作品を先に見て、これは良いと思って、買おうとしてから知ったのだ。

「僕は買ったけど、あげれないなぁ」

 グロッグには悪いけどね、と彼女は機嫌よさそうに微笑んだ。


『国にいるお友達のためっすよね?』

『うん、げほ……まぁ身に着けてくれるとは思えない、げほ、から、チェーンネックレスとか欲しかったんだ』

『それならば部屋の鍵などを通して使ってくれそうですわね』

『そうそれ!ごふっ』


 そうして通信でだらだらと雑談をしている中、ビカラはふとうるさいあの人がいないことに気がついた。

『あれ?シトロンさんは?』

『そっとしておきましょう』

 すぐにレウカから返事がきた。それもそうかとビカラは納得し、同じくらいに納得ができない。


『お姉様は、その……』

 声だけでも彼女が本当に心配してくれているとわかり、レウカは苦笑いした。自分の不甲斐なさにだ。彼女だって色々と怖い思いや大変な思いをしたにもかかわらず、心配させてしまったからだ。


「私の心配をしてくれるのね?ありがとう。でも……ジアンカお姉様は八年間一度も私には手紙をくれなかったし、会いに来ないでって言うのもきっと本心だった。その理由の全てはわからないけれど、私の知っているジアンカお姉様なら、私たちはもう他人だと言いたかったのだと思う」

『そんな』


「だから自分のことを気にせず、背負わず、顔見知りがいつの間にか亡くなっていたくらいのスタンスでいなさい、と言いたかったのかもしれないわね。勿論、私が都合よくそう考えているのかもしれないけれど」

 レウカは思い出の中の次姉を思い出す。暗めの髪色だから他二人の姉に比べて大人しく見えはするが、誰より頑固で苛烈な面が母に似ていた。


「そういう考え方をする人だと子供の頃にはわかっていたの。ブルトーヌに行くと決まった時も、お姉様たちや幼馴染のスキピオ家に、自分は死んだものだと思って、と言っていたそうよ。

 八年越しに、それを私に言ってくれたのかもね。あの人の中で私はやっと大人にカウントされたのかもしれない」


『ちょっと悲しいです、そんなの』

 ほんの少しだけ言葉を選んで、ビカラは呟いた。

「大丈夫よ。イースの前ではわんわん泣くかもしれないわ」


 一方、猫空間内のセドラの部屋の床に、ローマンデルジェイの若者たちは寝転んでいた。

 何を話すわけでもなく、四人は寝転んで天井を見ている。

 かすかな寝息を立てるロッコに腹を立てたのか、ブーシュカは無言で彼の胸の上に上体を預ける。うぅ、と唸る声に「失礼な男でございますね」とくすくす笑った。


 ガラクテアは無言でシトロンの横へと行き、一緒に寝転ぼうとする。

 だがその身体は宙にふよふよと浮き、気を抜けば猫ドラゴンにも置いて行かれて壁に叩きつけられる。

 上手く共有もできんのう、口にすれば共有できる言葉を彼女は言えずに、そのまま浮いたままでいた。

 



次は明日の20時以降に更新予定

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