デイ・アフター・3
パンフェルとニーサと、彼女が抱く小さな小さな赤ちゃんを見て、一行は驚いていた。
「生まれたてほやほや!!!!!病院に移動するついでにお別れとお礼言いたいって!!!!」
ハイテンションなパンフェルに、疲れが見えるが元気そうなニーサの近くで赤ちゃんは気にせずぐっすり眠っている。
「シェルターで産気づいちゃって。かなりの安産だったんだけど、環境が環境だったからなんだかんだ疲れたのよ。シェルターの中に丁度お医者さんが何人かいて助かっちゃった」
「大変でしたね……ご無事で何よりです」
シトロンたちは赤ちゃんを囲んでわぁ~っと小さく歓声を上げる。客人の来訪に気がついた学生たちも参加して、一気に場の空気が明るくなった。
「ミネオラちゃん、抱っこする?」
ニーサに呼びかけられてミネオラは赤ちゃんを抱っこさせてもらい、学生たちがキラキラした顔で見ていた。
だがそのようなほんわかとした優しい空気に、レウカは近づけないでいた。
「生まれることができた命は眩しいのぉ」
ガラクテアは輪から離れたままのレウカに寄り添うように呟いた。レウカは自分の手を見る。
「……そうですね……私は今、あの重みに耐えられないかも」
「そういう時があってもいいだろ」
いつの間にかこっそりと下がって二人の隣に来ていたシトロンが加わった。そのまま三人はニコニコと笑い合う人々をそっと見ていた。
「あなたのお父様に私が助けられて、あなたにこの子が助けられた。感謝をいくら言っても足りないわ」
ニーサの言葉に、アナトはいつもの高笑いを返す。
「わたくしもお父様も愛と正義のガレットランですもの。当然のことですわ!お~っほっほっほ」
「正直まだ不安だらけ。実はシェルターに入ることも最初拒まれたくらい」
「え!?」と思わず全員で驚いてしまった。
「でも港の人たちが首都の兵士たちをぶん殴って助けてくれたのよ。それでね……座り込む前に暴れて見るのもいいかもって思った」
「すまなかった、配慮が足りなくて」
申し訳なさそうなカジミールに、ニーサは苦笑いで首を振る。
「カジミール様はいいんですよ!ずっと私たちのために働いて……。あ、もし申し訳ないって思ってるなら、ダネイ様のお話を彼女にしてあげてください」
ぐ……とあからさまに嫌そうな顔を浮かべるカジミールに、アナトは興奮したように詰め寄る。
「隊長殿、お父様にお会いしたご経験が!?」
「あー戦時中の話になるんすよね?話しづらいことが……」
カジミールは長い間ため息と低い唸り声を交互に出して、眉間の皺をさらにさらに深めた。
そして沈痛な面持ちで頷いた。
「……………………俺の恥など、まぁ、捨ててもいいか……」
彼は南に広がる関所の向こうの荒野を指した。
「荒野に渓谷がいくつかあったろう。九年前、俺の率いる部隊は渓谷の上からガレッドル軍の一団を奇襲しようとしていた、その時、更に上……上空から……降ってきた」
「……わたくしのお父様が?」
友の助けを借りてドラゴンの真上に降ってきた女の父親だ。単独跳躍もできるのだろう。仲間がいたとは思うのだが、シトロンにはどうしても彼一人でやれたようにしか考えられなかった。
「着地と同時に部隊員を吹き飛ばしなぎ倒し、粉塵が止んだ時には俺の目の前に奴がいた。そして胸倉を掴んで持ち上げて、話しかけてきた」
『その灰色の髪に、銀の長剣。あなたさまはカジミール王子とお見受けする。あの部隊は重傷者を祖国に送り届ける一団なのです、どうか寛大であらせられる王子には賢明な判断を願いたい』
『貴様の言うことを信じろというのか?』
『……確かに、あなたにはお立場がある。突如襲撃してきた敵国の一軍人の発言を鵜呑みにするなど到底許されることではありますまい。
ではこうしましょう!
あなたはただ、私に身を任せていればよい!!!』
『は?』
何をする気だ、などと言う暇はなかった。彼は荒野の岩肌に大きな一歩を踏み出し、胸倉を掴む手を振りかざして最後にその手を緩める。
『マッスルスロー!!!!!!!』
もうその時何が起こったのかは全員が理解していた。
調査隊はこめかみを押さえて頭痛を抑制しようと堪えていた。カジミールは哀愁を漂わせながら話を続けてくれた。
「俺はしばらく宙を舞い……丁度うちの魔法部隊の近くに落下する軌道だったために彼らがなんとか風魔法などで受け止めてくれた。俺を投げられた部隊は戦闘や追撃を諦め俺を探しに来て、その一団は無事国境を越えてガレッドルへと戻って行った」
「……まぁ、なんだ……うん……」
みんなが同情する視線をカジミールからアナトへと向ける。
彼女は珍しく、耳まで赤く染めて口元を押さえていた。
「お父様の新規エピソードが聞けたというのに、顔から火が出る思いですわ」
「お前に恥とかあったのか」
「えーと、胸倉を掴むのでしたわね?」
「オレで試すな!!!!ごめんなさいね!!!!」
シトロンは空を飛ぶ機会を逃した。
「小柄な男だというのに、よくあんな力があったものだと感心もしたが」
はぁ、とため息をつく隊長に、アナトは異論を呈する。
「小柄?お父様は山のように大きくて頼もしい方でしたわよ?」
「子供の頃のイメージなら、多分実物より凄く大きく見えてると思いますよ」
ふと近くで荷物のチェック作業をしていたエトロが話しかけてくる。
「うちも親が子供の頃死んだんですけど、実家に残ってた家族四人の背比べの跡を見たら、全然記憶の中とサイズ違いましたから」
「そういうことが……?あの、どれくらいの大きさか分かります?」
聞くべき意見だと判断したアナトは再びカジミールに問いかけた。
「俺の胸倉を掴んだ感じからして……大体この高さだろうな。俺は十八から一センチも伸びてない」
カジミールは自分の顎付近に手をやった。シトロンは彼を目測で百九十センチ程度の身長がありそうだと考えていたが、やはりそれくらいはありそうだ。
「十八でその背の高さ……」
コウジロウがひそかに悔しそうにしているのを気づかずに、キノトはその手の高さを確認する。
「僕よりちょっと高い。これかな?」
許可も取らずにコウジロウを引っ張りカジミールの隣へと連れてくると、おおよそ高さは合致する。ということは、大体百七十五センチくらいだ。グロッグより低い。
「えぇ!?わたくしとそこまで変わりないではありませんか!」
「す、すんません……」と傷心の男の子を置き去りに、アナトはぶつぶつと考え込む。
「えーと、戦争に行く前の印象が強いだろうから、八歳ぐらいの時の……」
失礼、とスカートのすそを気にしながら、少しかがんでコウジロウを見上げた。
あ、と彼女の口から小さな声が出た。
いつもの溌溂としたものではなく、どこか幼く舌っ足らずにも聞こえる音だった。
アナトの中に、周りの樹の大きさやドアの高さなどと一緒に、正しい父の背中が思い出された。
この世で一番強い人だった。この世で一番頼りになる人だった。この世で一番美しい人だった。
それでも、母との身長にはさほど差がなかったのだ。そのことについて父から何か聞いたことは無い。もう少し身長が欲しかったかどうかとか、それともなんとも思っていなかったのか。それはもう聞くことはできない。
しかし、等身大の父が逞しく、楽しそうに、自らの信じるままに戦っていた様は知ることができたのだ。
アナトはゆっくり立ち上がると、居心地の悪そうなカジミールとどこか楽しそうなニーサに頭を下げた。
「……隊長殿、ニーサさん、ありがとうございます。わたくし……久々にお父様に会えた気がしますわ」
顔を上げた彼女は清々しい笑顔を見せた。レウカは、この国に来る前に揺れていたアナトの繊細な心を想い、心の底から良かったと思った。
「良かった!カジミール様も浮かばれるよ!」とパンフェルが話を締める。
「そうだね。って隊長さんは死んでないよ」とすかさずミネオラがツッコミをいれた。
静かに凹んでいたコウジロウは、あ、と何かを思い出してパンフェルに話かける。
「シェルターで赤毛の男の子見なかったっすか?オレらと同い年くらいの」
パンフェルもニーサも少し考えてから首を振った。
「ん~?西大陸の赤毛の人って案外うちの国にいっぱいいるからなぁ、見てたとしてもわざわざ覚えてないかも、ごめんなさい」
「いや、いいっすよ。でも割と多いってんなら、意外と普通に逃げれたかもっすね」
そう言ってキノトをチラリと見た。キノトはホッとした表情をしていたが、その視線を感じてすぐさまキリリとした顔に戻った。
「僕のために聞いてくれたのかい?」
「いや~……え~っと」
「はっきり言いたまえよ、僕と彼と自分のために聞いた、心配した。それでいいじゃあないか。感謝するよ二人とも。あの子の無事を祈っておくさ」
「現地の友達でもできたのかい?それはいいことだね。さてみんな、そろそろ準備ができたみたいだよ」
セレマリオンに声をかけられ、兵士やそれぞれの従者たちが帰国の準備を整えたようだとその時気がついた。
昼前に出立できれば、だいたい明日の昼過ぎにカレンシアに到着できる。
シトロンはなんだかカレンシアが第二の故郷といって過言ではない存在だとふと思ってしまった。
なんというか、名残惜しいけれども、早く帰りたいなぁと感じてしまったのだ。
次は明日の20時以降に更新予定




