デイ・アフター・1
明朝、シトロンは夢も見ずに目が覚めた。亡くなった人が夢で最後の挨拶をしていく、なんて話を子供の頃聞いたことがあったが、そういうことは全くなかった。
薄情な女だとも、あいつらしいとも思えるし、それは自分の方かもしれないとも感じている。
待ち構えていたようなブーシュカとばあやに朝の支度をさせられながら、今日中にこの国を出発するというのはやはり弾丸ツアー過ぎやしないかと考えていた。
「魔力は正常と呼べるレベルにまで回復している」
「つまりまだまだ異常はあるんですね?」
広間では朝食を終えた面子が真面目な話をしていた。シトロンは彼女たちの会話をBGMにして朝食をとる。
ただふと気がついた。賢者の横に見知らぬ巨体の男性がいる。服装から見るに大貴族のようだが、それにしては威厳も覇気も無い。あれだけの体格ならばいるだけて威圧感が凄いだろうに。
「エトロ、あれ誰」
「クラーラナの旦那さんのペートロ・オーデ。朝一で賢者様にお礼を言いに来たんだ」
「あぁ、オレら出会う前に猫マラソンしてたもんな」
「略し方……」
「君たちは気にせずに帰りの荷物をまとめてね。ほら、猫たちはもう準備満タンだよ」
「その、大したおもてなしもできずに申し訳ない。私の家でもその、あれだったし、家内も……うぅ……」
大きな図体を縮こまらせるペートロをレウカたちが気遣う。堂々と他人の前で傷ついてみせたりして、客人である若い女に気を遣わせるとは随分な男だな、とシトロンの好感度が下がった。
「ところでデュノール王やクラーラナたちの件は」
「正式にカレンシアが捜査協力することになった。君たちと入れ違いで総監騎士の特使団が来る予定になったよ。今我々が踏み込めることは少ないかな」
「そうですか……」
「私の権限で言えることの中で調査隊の活動内容に直接関係ある事柄としては、バジル王子たちに王妃の魔力が受け継がれていなかった理由くらいだね」
「ということは、クラーラナの仕業ですのね?」
「クラーラナが薬を盛っていたことは自白したよ」
ペートロはとうとう座り込んだ。
「実物も提出されたけれど、捜査の優先権はブルトーヌにあるからね、私は触れもできなかったから詳しくはわからない。特使団がこれ以上の調査許可をもぎ取ってくれたらいいんだけど」
「ルザルグ将軍が直接来るわけじゃないっすよね?」
「将軍が国外に出るにはリスクが大きすぎるわ」
「それにカレンシア、ひいては調査隊に情報を漏らすということはワジェンデイクやブレアルネイソルに情報が流れるということでもある。慎重にはなるだろう、げほっ……」
そんな時、イクシアが足早にレウカたちの傍へと近づいた。
「ペンゼ卿の帰還です」
彼女の報告からほどなくして、ペンゼが屋敷に帰ってくる。色々と思うところはあるが、屋敷を提供してくれた彼に素直に感謝してやるか、とシトロンはさっさと朝食を終えてペンゼの元へ赴く。
疲労からかやつれてくたびれた様子の彼だったが、シトロンを一目見て頭を下げた。
「ありがとうございますシトロン様!……セドラ様のことはとても残念です、しかし、本当にありがとうございます……!」
心底安堵した様子と港での発言を総合するに、彼はどうやらセドラが助けた親子の母親に惚れているようだ。シトロンはこのままこの会話を上手く転がせる自信がないために、話を変えることにした。
「事情聴取は終わったのか?」
長年あの王に取り入っているだけありその辺りの機微には敏感な男であるらしく、ペンゼはそれ以上何も言わなかった。
「休憩です……。……みなさま、今回は本当に、ご迷惑をおかけしまして……。みなさまを信じていたら、きっと別の未来があったのでしょうね」
「そりゃあ、まぁ」
ソラールがあまりにも普通に言うために、セレマリオンは慌てて白蛇に「し~!」と言いきかせていた。マジのマジで違う未来になったんだろうな、と言いたくなったシトロンは早急に次の言葉を探す。
「調査隊に勝手に救助要請を出した大貴族ってあんただったんじゃないか?」
ペンゼは目を丸くして頷いた。
「はい、そうです。王や他の大貴族たちは動く気配がなくって……」
彼はあえてペートロから視線を外している。
「私てっきりクラーラナがそうだと信じてたわ」
「あの女はむしろあたしたちが来て心底面倒に思ってたでしょうね」
「あぁ、そういえばトートが君に疑いを向けさせようとしていたんだ。その時、移民の女に入れ上げている、というようなことを言っていた。君の行動はスパイたちにばれていたし疎まれていたようだ。一歩間違えればあの親子が巻き込まれていたかもしれないね」
「それは……そうかもしれません。気づきもしませんでした、そんな恐ろしい……。私の勇気が足りなかったのです。もっと早く色々なことに目を向けていれば」
「支配……」
レウカがポツリと呟いた。
「クラーラナが言っていたわ。この世界に生きる人々は支配されているのだと、本当の自由ではないのだと。その意味がわかりかけてきている気がします」
「そういえばオレらはクラーラナとちゃんと話してないっすね」
シトロンも同感だった。彼女についてのコメントは何とも言えない。ただ許されないとは言えるが、お前は許せるかどうかと言われるとそこまでの熱量が無い、が正しいと思った。
「精神の支配は周りから判別しにくく自覚も難しい。自他ともに自分で考えて選んでいるように見えているけれど、本当は強要や誘導を受けていたり、誰かの望むたった一つの道しか無かったりする。彼女がこれを本心から言っていたように思うの。それを私に言う理由には色々あったとしてもよ。
彼女は……自由だったのかしら」
ずっと黙っていたペートロは、ふらふらとした足取りで立ち上がった。
「申し訳ございません、自分がもっとちゃんとしていれば、彼女のたくらみなど見抜けたでしょうに」
「どうでしょうね、ごほ、見抜けぬ者として選ばれたのですから、げほげほ、無理なのでは?」
「辛辣過ぎるだろ」
彼はどんよりとしながらもグロッグの言葉を受け止めるしかない。
「……私もこれから事情聴取です。みなさまにもっときちんとした感謝を述べるのは、また後日改めてで良いでしょうか……」
「構いません、我らが姫も今はそっとしておいてもらいたいようなので」
ハニーベルの事務的対応を受けて、ペートロも納得する。
「それは……そうですよね。お悔やみ申し上げます……あの、教授殿」
「なんでしょうか」
「本当に王妃様を妻が」
外からは、ペートロの瞳が混乱と恐怖と愛情でぐるぐると回っているように見える。どこか狂気を感じるその瞳を向けるペートロは小柄なセレマリオンにとっては壁のようにも見えるはずなのに、賢者はまったく動じていなかった。
「記憶を読みましたし、本人も自白しております。それに今だから言いますが、あなたを閉じ込めていたあのシェルターの扉は、適当な魔法使いでは解除できなかったでしょう。高確率であなたはシェルターでその一生を終えていたと思われますよ」
彼はそのまま黙ってしまった。入口で待っていた従者に「時間ですよ」と声をかけられてやっととぼとぼと歩き出す。
ペートロの姿が見えなくなってから、シトロンは苦笑いを浮かべる。
「はっきり言うなぁ」
「あぁいう手合いは自分の信じたいものに全力ですがりついて破滅する。正解を選んだようだぞ」
ソラールはローブの袖から顔を出しながらセレマリオンを庇った。
「今のがなければ半年後武力蜂起して妻を逃がそうとして内乱でしっちゃかめっちゃか」
全員が速やかに今の言葉を聞かなかったことにした。その文脈がわかっていないペンゼには「今のは忘れるんだ、いいね?」とグロッグが微笑みかけておく。彼は短い悲鳴を上げながら何度も頷き、恐らくこの恐怖で忘れたと思われた。
「そういうの言わないでって」
「約束した。怒らないで。お詫びに早めてあげるから、五十年ほど」
ソラールが何を言っているのかわからない一行は、すがるようにガラクテアを見た。
「いや妾もわからん。なんの話をしとるんじゃ」
困惑に包まれる中で、レウカは時計を見て「あ」と声をあげた。
「そういえば、隊長がお話があると言ってたわね。もうすぐ時間だわ」
確認するようにイクシアに視線を送ると、彼女は元気よく肯定した。
「不穏だけど後回しにするか」
帰り支度は従者たちの仕事であり、調査隊の面々はあいさつ回りが仕事である。
「こやつは忌々しくもいつだって自分の意思で人間の味方じゃぞ」
フォローするわけではないが、というガラクテアの付け足した声の小ささに、思わずシトロンは吹き出して睨まれた。
「でも味方だからってオレらに有益ってわけじゃないっすからね」
「言うねぇ閣下」
「……今の聞こえちゃいましたかね?」
すかさずソラールの位置を気にすて冷や汗を流すコウジロウに、キノトとビカラはがっかりした顔で笑った。
「考え無しで言ったのかい?減点」
「あはは、ダサいですぅ」
次は明日の20時以降に更新予定




