↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
120/140

冷たい指先・5


 ソラールが自然に不自然な登場をしたせいで全員が驚いた。とくにヒューイは泡を吹くほどの衝撃を受けている。

 それを見たミネオラは、自然に彼の前に立って手を握ってあげた。ハニーベルは幼かったはずの妹が当然のように誰かを思いやり動ける精神を持ち得ていることにもう驚きはしなかった。その代わり自分を少しだけ恥じていた。


「お、お主どこへ行っとったんじゃ」

 城の中からガラクテアが飛び出てきた。彼女は城内の異常が無いか調べてくれと要請され、面倒がりながらも仕事をこなしていたところだった。

 ソラールは真っすぐ遠くの海の方を指さす。


「海底。海の汚染を元に戻してきた」

「……あぁ……誰より得意分野じゃな、それ」

「過重労働で動作不良に陥り廃棄寸前になるまでやってたし」

 う、とガラクテアが複雑な顔で停止した。どの命令も判断も彼女が下したのだろうと今のシトロンにはわかるようになった。そういうことの積み重ねで彼女が銀河の女王から失脚させられたことも。


 そんな真面目なことを考えていたシトロンだったが、祭壇が瞬時に大炎上した衝撃で思考が頭からすっ飛んでいった。攻撃か何かと思う早く、一仕事終わった感じのソラールが目に入った。

「ちょっと!!!!!何か言ってからしなさいよ!!!!!!!」

 ハニーベルがブチギレながらソラールに詰め寄ると、彼はほんの少ししょぼんとした顔を見せた。


「本当にごめんね、私が気がつけば……!」

 セレマリオンはシトロンたちに頭を下げようとしたため、すかさず肩を掴んでそれを阻止する。

「いやセーレは悪くないし。……まぁいいか。元より今ここでするのは、オレらのためのお別れ会なんだから」


 突然炎上したことを除けば、理想的な火勢である。混乱は鎮まり、全員がなんとなしに静かになっていって、ごうごうと燃え上がる火を黙って見ていた。不思議なことに熱は感じないし風にあおられて必要以上に燃え盛ったりもしない。

 そして合図があったわけでもないのに、黙祷を捧げ始めていた。

 両手を胸の前で組む者、祝詞を小さく口ずさむ者、空に指でシンボルを切る者……図らずも何か国もの人物がこの場に揃ったことによって、様々な祈りの形が見られていた。


「姉さんは、そういうの管理工程が増えるだけって今でも思ってるの?」

 ソラールの問いに、ガラクテアは答えられなかった。かつての自分と今の自分に、言いようのない断絶を感じていた。それが力を失い地球に戻ってきて子供たちと遊びまわる、ぬるま湯のような日々と関係しているとは考えたくもない。

 沈黙で答える姉のような存在に、弟のような存在はかすかに表情を和らげた。


「いいや、わかった。即答できないなら、それがいい」

 あまりにも人間のように表層を変容できているソラールを確認し、ガラクテアは対話をしてみよう、と思った。

 人間のようにそう思った。


「妾は太陽を見た」

「そりゃ俺がいるし」

「人々の瞳の中に」


 ソラールは黒い目を伏せた。火で起こった風が彼のスーツや髪をたなびかせて、芸術品のように見えていた。

「それはどうだろ」

 零か百かというドラゴンが答えを濁した。それもまた意外だとガラクテアは感じた。


 だがセレマリオンはどこか不愉快そうに「いいえ」とソラールのスーツの裾を引っ張ってきた。

「ずっとみんなの中にいたんですよ。太陽(あなた)は。それをドラゴンたちも人間たちも見るようになっただけです」


 ガラクテアはなんとなく、ソラールにとってのセレマリオンは、自分にとってのシトロンとレウカのように思えてならなかった。とはいえ、それほどまでにシトロンたちと深い仲ではないとも思うし、ソラールたちも浅い仲ではないとも思う。

 不可思議な感覚を追いかけているうちに、弟を名乗るドラゴンが困った様子を見せていることに気がつき、なんだか面白くもなってきていた。


「俺への信仰はとうに果てたものだと思っていたんだけど、なんかそうでもないみたいだなぁ」

 人々の前に立ち、海竜と立ち会ったあの姿を、それを見た人々の姿をガラクテアは思い返す。かつてそれは自分にだって向けられていた”それ”を。

「妾への信仰は」

 それ以上彼女は言葉を続けられず、口を噤むしかなかった。


 ドラゴンたちが炎を通して己を見ている時、人々はしみじみと犠牲を向き合っていた。また号泣するブーシュカは、ロッコの袖で涙を拭っている。潮風で少しぱりぱりになっていた袖が今度は伸びていき、ばあやに「あんたが洗うんだよ」と窘められていた。


 静かに泣いている学生たちの中、ミネオラだけは潤んだ瞳から涙がこぼれないように懸命に堪えていた。そんな彼女の手を、小さな手がきゅっと握ってきた。

「泣かないのか?」

 ヒューエトスは先ほどまで闇竜の出現に泡を吹いていたが、少し落ち着いた様子だった。人の子に気を回せる程度に回復した彼に、ミネオラの中にじわじわと安心感が溢れていく。


「もう沢山泣いたから……。セドラさんに心配かけないように、もっと強いわたしにならないと」

 それを聞くとヒューエトスは子供を見守る大人みたいな、仕方がないなぁという表情を彼女に向けた。

「ま、俺様が思うに、お前の強さってそっちじゃないと思うけどな。せいぜい悩んで大きく成長しろや」

 首をかしげても彼は何も言わない。


 誰かが何か小さな声で話したのは、それが最後だった。

 そこからは誰も会話することなく炎が燃え尽きて二人が天空へと旅立っていくまで、静かに炎を見つめていた。


 シトロンとレウカもまた、いつの間にか手を握って立ち上っていく煙の先を見つめていた。



 その様子をカジミール夫妻は城から眺めていた。まだ仕事は残されている。移動の際のほんの小休止で葬儀の模様を確認することにしたのだ。

 エドミーは、そうは言うが夫が世話になった恩人としてではなく、年若い子供たちとしての調査隊を気にしているのだとわかっていた。

 カジミールはつつがなく行われている見送りに肩の荷がまた一つ降りたような感覚があった。


「子供たちが寂しがってたわ。次の件が片付いたら無理やりにでも休みに帰りましょ」

「そうだな」

 短い返事はいつものことだ。だが機嫌が悪いわけではない。彼は自分の立場上、どんな些細な問題に対しても軽はずみに意見を表明することはできなかった。そのため沈黙が多くなってしまった。

 それでも、家族や部下たちに対して言葉を尽くそうとすることは忘れなかった。今もまた彼は何かを彼女に言おうとしばし思考している。


「ペンゼが保身以外を選ぶとは」

「あの母子よね?ペンゼ卿が気にかけていたのって」

 葬儀に参加していた花屋の親子を見やる。二人はセドラに助けられたものの、家屋の倒壊などに巻き込まれたために怪我もしていて、座って炎を見上げている。


「咄嗟に海竜と交渉するほどの想いだったにもかかわらず、これより前にその二人を屋敷に招き入れることができなかったとは」

「大貴族が避難民を迎え入れることには民衆からの反発もあるでしょうしね。帝国出身というのもあるだろうけど、どうかしら。これだけ異国の文化を消費しておきながら、結局彼らをブルトーヌの人間として認めていないように思えてたもの」


「それもこういった内部からの崩壊を許した要因の一つなのかもしれない」

「レコメダからの二人がスパイ活動をしていたわけだけれど、そのせいで外国人排斥の方へ行かないか不安だわ」

 エドミーの心配を、カジミールは笑いはしなかった。これからのこの国とは切っても切れない問題だと彼も理解していたからだ。


「この国がそうなったらごく普通に……生きていけなくなるだろう。とはいえ、貧困に喘ぎながら更なる弱者への差別を止められないのが人間だ。俺が面前に立ち許されざる行為だと声に出して批判すれば、流されやすい愚か者ほど踏みとどまるだろう」

「そうね、私たちがしっかりと導いていきましょう」


「……俺が城に留まっていたら何か変わったかと思うか?」

 珍しい夫の弱音に、不謹慎ながらエドミーはちょっとテンションが上がった。それを見抜いたのかカジミールの眉間の皺が更に深まる。

「ごめんなさーい。そりゃあ何かは変わっていたでしょうね。でもいい風に変わったとは断言できない。違う選択をすれば違う結果になるのは当たり前だけど、その良し悪しは結果が出てからじゃないと判断できないし」


「当然のことを言わせてしまったな」

 はぁ、とため息をついてカジミールは広場から目を離して歩き始めた。

「他人から聞きたい時だってあるわ、気にしないで」

「お前や子供たちにはこれから更に迷惑をかけることになる。後悔はしていないか?」


 今度は試し行為かな、なんとも珍しい、とエドミーは思わず笑ってしまった。

「面倒を避けたいだけの女なら、あなたみたいな素敵な男を口説いたりしなかったわ」

 呆れたような、やれやれという顔をするカジミールの手をエドミーは握る。

 王子の座を捨てても、結婚して人の親になるようないい年齢の大人であっても、ある日突然そう生まれついただけの重圧が、別の痛みを引き連れて襲い掛かってくることがある。


 カジミールは、あの若き姫や王子や兵士たちへと祈っていた。

 どうか彼女たちが友や家族の死を悼む間は、その痛みが彼女たちに降り注ぎませんように、と。

 それを聞き届けてくれるドラゴンは、もうこの国にはいないというのに、それでも祈ることは止められなかった。



次は明日の20時以降に更新予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。