冷たい指先・4
レウカが落ち着いたのを確認してから、セレマリオンは静かに話しかけた。
「埋葬すると面倒が起きそうだ。火葬にしよう」
気遣いができているようでできていない発言に、イクシアは乾いた笑いを浮かべる。
「言い方を少し変えていただきたい」
「ごめん、確かに」
申し訳なさそうな恩師に、レウカは気にせず笑いかける。
「いいんです。おっしゃっていることは正しいのですから。体裁だけ取り繕っても同じことよ。この子を置いて行ったら、何かに使われてしまうかもしれない」
「あの、今ローマンデルジェイの方々が火葬の準備をしているそうです。カジミール隊長の許可をいただき城の敷地内で行うと聞きました」
イクシアの言わんことを理解し、レウカは頷いた。
「じゃあ場所をお借りしたいわ。悪いけど」
「伝令に行ってまいります!」
「ここは見とくわ。助かる」
ハニーベルに護衛を任せてイクシアは走って行った。
「クラーラナ・オーデと何かお話しましたか?どのような雰囲気だったでしょうか」
賢者は「う~ん」と考えるそぶりを見せた。
「多少はね。雰囲気と言えば、最後の最後に子供みたいなことを言ってたよ。でもきっとあれが彼女の真実なんだろうと思う」
「教えていただけたりは」
「そこまで非道なことはできないよ、ごめんね」
「いいんです」
ハニーベルは目の前の会話に信じられないと言った様子で、あんぐりと口を開けてからつっかかった。
「教授、ちょっとあっちに同情していませんか?」
「していたとして、何か問題が?」
あまりにもさらりとした返事に、瞬間的な怒りの矛先が迷子になった。
「う……スパイに回す気があるなら教え子に回しても」
「ベル、本人たちが納得しているのです。あなたが納得できないというならあなたの言葉だけで語りなさいな」
まさかのアナトに窘められ、彼女は静かにするしかない。
「……首輪と足枷をつけられた迷子、って感じの女性だったな」
その忠心に応えようとしたのか、賢者は補足のように付け足した。
「だからといって許されるわけではないけれど、着飾らされたスカートの下で、一生鎖の音が小さく鳴り響く生活には思うところがある。私にも覚えがあるからね。だけど君たちは彼女のことを考えても考えなくてもいいし、知ろうとしたり知らないままでいようとしたり好きにするといい」
セレマリオンは三人に、彼女たちがいつか必要になるかもしれないことを教示する。
「そして何より、そういった彼女の事情や自分の感情に引きずられなくていいんだよ。ただ自分が大きな決断をするために、その前にはどんな選択をしたのか、というのは心に留めておこうね」
それが余計なお世話でも一度も使うことがなくてもすぐに忘れるとしても。
いつか誰かに”ずるい”と泣きたくなる気持ちを、もっと早く外に出せるようにと願って、何よりまず己を知りなさいと言い続けるのだ。
城の裏、銀山に続く道が閉鎖されたことに伴いぽっかりと開けた広間があった。その中央に簡素な台座が、壊れた石材や木材を上手く使って組まれている。
レウカたちが到着したころにはもう夕方になっていた。朝にトートを逃がし昼前に海竜と戦い昼過ぎに姉の変わり果てた姿と再会したレウカは、時間の流れがなんだか曖昧に感じられていた。
腕の中の子供はぐずったり暴れたりはしない。でもなんだかだんだんと重たくなっていっている気がしていた。
台座の近くにコウジロウとグロッグが疲れた様子で座り込んでいる。
「もしかしてあれを」
作ったの?と聞くより早くコウジロウがグロッキーな顔で答えた。
「大した魔法が使えないから手作業で組み立てたんすよ……」
「げほ、ほんと大変だよ、げほげほ」
座り込んで咳をするグロッグに、三人は新鮮に驚いてしまった。浸食の影響がだいぶ弱まってることに今更気がついたハニーベルは、海上での戦いの件も含めて彼に感謝の念をきっちり伝えなければいけないと心に決めた。今必要なのは労わりだろうから自分の気持ちの押し付けは後にしておくべきだ。
「なんか久々っすよね」
「こっちがデフォルトみたいなもんだけど暴走状態ってこと忘れないでいたいわね」
何やら作業をしていたキノトが軽い足取りでレウカたちに近づいてきた。
「レウカ君が来てくれて助かった!ここにいる面子では火勢に自信がなかったからね」
そう言ってビカラやエトロなどを堂々と指さした。二人は「あーはいはいそうですよ!」「力不足で申し訳ありません……」と対称的な反応を見せている。
「あら珍しいじゃない、謙虚な気持ちとかあったの?」
「実力があるからこそ至らぬ時は認めるとも。なんたって僕は強い、強がる必要など無いからね!」
けらけら笑う彼女の様子に毒気を抜かれ、ハニーベルは身にならない棘を捨てる。
「あっそ。火ならあたしも協力できるわ」
「ではセドラさんの次に」
「一緒でいいだろ」
イクシアに連れられてシトロンがやってきた。説明を受けたのか、レウカの腕に抱かれたそれを物ではなく子供として見ているような視線を向けている。
「いいの?」
「セドラもオレらもそんなこと気にしないし、その子も一人じゃ寂しいだろうし。ブルトーヌ式のお葬式はちゃんと王妃様ともどもするってさっきカジミールが言ってたから、そこまでちゃんとしたのしなくてもいいんじゃないか?賑やかな方がいいかもっていうオレらの自己満足でもさ」
「……そうね」
「じゃあちょっと飾りを変えるです」
ビカラは近くにあった柔らかい布と花の入った箱を持ってきて、ふかふかのベッドのように敷き詰める。それを手伝おうとしたアナトは、一輪の黄色い花を手にして驚いていた。
「あら、これはマーヲロンのお花ではありませんこと?何故ここに」
「お花屋さんがくれたんです」
広場の隅に、臨時の花屋のようなものがあった。いくつものバケツを乗せたカートがあり、その中には色とりどりの花がある。その前には女性と小さな娘が花の面倒を見たりどこかに運んだりとあくせくと動いていた。傍では学生たちが真剣に花飾りを作っている。
「セドラが助けた親子が、花屋で働いてたんだ。どうせ廃棄になるからって店長のばあちゃんも許可くれて、全部使ってくれって。マーヲロンはまぁざっくりいえばうちの山の麓の国だから」
「あぁ、より故郷に近い花があるといいってことね。素敵じゃない」
そう言いながらもハニーベルの視線が花や花屋ではなく、学生たちに向けられている。
「ミネオラなら見ての通り花冠を作ってるよ」
「別にあの子のことばっかり気にしてないわよ」
ミネオラは真剣な目で花を編み、セドラの旅立ちを少しでも彼女の好む華やかさを増やそうとしている。そんな彼女たちに指導しているのは、意外にもヒューエトスであった。
「その花は茎を手とかで温めると柔らかくなるぞ!あと花びらをむしってから真ん中を喰うと滅茶苦茶美味くなる。花びらはなんか茶とかに使えるらしいぜ!はっはっは」
「ヒューイ君は物知りだね」
学生たちは感心したり「いや食べはしないよ」と返している。彼の優しさに心が軽くなったのか、死にそうな酷い顔は引っ込んでいる。
「そろそろいいですか?陽が沈む前に全ての火が消えているようにしたいので」
段取りなどに色々と協力してくれている兵士が、申し訳なさそうに小声でロッコに話しかける。
「あぁすみません。そうですね、時間をかけないようにします~」
それを見た各々は作業を切り上げたり早めたりして準備を終わらせた。
レウカは祭壇の上に、優しくその子を置いた。ビカラはブルーデイジーの小さな花束を包みに寄り添うように捧げた。
「ありがとう。とっても綺麗ね」
「えへへ、そうでしょうそうでしょう!」
学生たちや手の空いた兵士たち、そして調査隊の面々も次々に二人を囲むように花を飾り、最後に花冠を沢山置いた。
「カレンシア流で悪いわね」
花冠を一緒に埋めるのはカレンシアの葬儀の仕方だと、シトロンはあらかじめ学生たちから聞いていた。賑やかなのが嬉しいと思って学生たちの申し出を受け入れたが、想像よりも色とりどりで華やかで、セドラによく似合っていると思っていた。
「いや、うちじゃあ花は貴重品だったから、マジで喜んでると思う。オレもあいつが綺麗な感じで旅立っていくのはすごく嬉しい」
「そう……ならいいわ」
ある意味喪主の二人が心の準備ができたと見て、キノトが「はいはい注目」と手を挙げた。
魔法が使える面々が彼女の前に集まる。
「魔力はまだ安定してないけど、これだけ人数揃えてるなら」
「俺がやろうか?」
突然彼女たちの輪の中にソラールが加わっていた。
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