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冷たい指先・3


 未だ揺れ動くブルトーヌで、首都のランドマークでもある時計塔で隠し扉がこっそり開いた。その中に一人の軍服を着た女が入って行く。

 民間人はまだシェルターにいるため夕方の街中であっても彼女の姿を見た者は誰もいなかった。


 扉内部は狭い道が続いていて、しばらく進むとティキ銀山の廃坑と繋がっている。フーガーの死により著しく銀の産出量が減ったせいで主要鉱区の大半が廃坑となったこの銀山には、唐突な閉鎖や二転三転する開発方針のあおりを受けていくつもの鉱員詰め所やそこに設置された道具などが放置されたままでいた。


 そんな中、トロッコとその線路だけは新品のように整備され、準備されている。女は慣れた様子でトロッコまで向かい、唯一の荷物である小さなカバンをそっと足元に乗せた。

「悪いけど回収させてもらうよ」

 突如闇の中から聞こえた声に反応して武器をとろうとするも、反応できないスピードで女は壁に叩きつけられてしまった。


 磔にされた女は指一本動かせず、暗闇の中声の主を探す。

「おっと、自害装置ももう取り除いたから無茶はしないように」

 どこでもない暗闇の中から、セレマリオンが浮かび上がってきた。浮上、出現、転移、どの表現もしっくりこない。女は混乱する頭と張り裂けそうな心臓をなんとか制御しようとした。

「あなた、どうやって」


「あぁ、魔法をかけられたら術者もろとも爆発する魔法が君にはかかっている。でも私はその魔法を転換し拘束魔術に書き換えただけだから、その呪いは発動しないけど解除されたわけではない状態なんだよ。

 ただその呪いだか監視魔法だかを消去及び終了させると君は死ぬんだろうと思ってね。

 その上で君自身の意志で行える自殺方法も奪ってある。教えられた手段のどれもがとれないからそこまで動揺しているんじゃないかな」


「……あたしは……死なない?」

 セレマリオンは手の先に光を灯した。それをライトのように空中で留めて、女の、クラーラナの姿が鮮明になった。

「そうだね。自由まであと一歩というところだ。少なくとも私は君を死なせたりしない。真実を語り罪を償ってほしいからだ」


「余所の国のことに首を突っ込むおつもりなわけ?賢者様」

「流石にばれてるか……」とセレマリオンは苦笑いを浮かべた。

「闇竜まで介入させて、自分が何をしているかわかってる?あんたと闇竜はカレンシア陣営に属していない、というお題目でカレンシアは守られていると思うんだけど」

 クラーラナは貴族の妻でも気楽な女性でもない顔で馬鹿にするように笑った。


「どうだろう。私がカレンシアにいることは割と知られているからね」

「……は?」と彼女が顔を歪めても、賢者は気にせず説明を続ける。

「ソラールが一国に肩入れしているという情報があればどの国でもやっていけると思ったのかもしれないけれど、案外知られているものだよ。例えば帝国、知っているとも」


「は……!?な、なんですって……!?」

「あの国がカレンシアに敵対行動をしていながら明確な宣戦布告をしていない理由をイストリアとその他のドラゴンの存在だけだと思っていたのかな?皇国だって知っているよ。その上で三国は成り立っている。三大王国と言ってこの三つが出てくる理由はそういった古くからの情報戦争の勝者というところもある」


 セレマリオンは空中に三つの光を追加した。蒼のカレンシア、緑のバートイザ帝国、銀のブレアルネイソル。そして白のワジェンデイクはそれらより少し控えめに輝いている。クラーラナは彼女の立場に相応しいほどに察しがよく賢かった。ワジェンデイクも闇竜の存在を知っていると言外に言われているのだと気づくと、唇を噛みしめるしかない。


「レコメダが知ったからなんだ、という話さ。君がどの陣営の誰の使いであっても、それは武器足りえない。だから戦うことは後に取っておいて、今は降伏してもらいたい」

 クラーラナは無言を貫いた。

「質問が無いならこのままカジミール隊長に引き渡すよ。彼なら信用できる?」


「信用?」と嘲笑う声を投げかけられても賢者は動じない。

「捕まったスパイの末路なんてろくなものでもない。おまけに君は外国人で大貴族の妻で女性だから、罪も罰も関係ない扱いをされる危険性は高い。けど私はそういうのもう見たくないんだ。人道的な扱いをしてもらえないなら引き渡さない、そういう感じでいこうと思うよ」


「随分と傲慢」

「そりゃあね。嫌な思いをしないためなら私は結構強権発動するよ。つまり、自分のためだからそんなに怖がらないで」

 クラーラナは絶句した。自分の態度の根幹を恐怖だと見抜いたこの賢人が怖くてたまらない。だけれども、納得もした。同情は利用するもので、本気で向けられたら吐き気がする。だけれどこの人は自分のために相手を慮る。それなら受け入れられる。

 

「このままクラーラナ・オーデになれると夢を見た日もあったわ」

 口から出た言葉は紛れもない本心だった。

「殺しさえしなければ、なれたかもね」

 では君は誰なのか、とは尋ねはしない。


「それ以外のことは」

「私にはこの国と人々に対して君が行った全てを裁く権利は無い。だからとくに何も言わない。軽蔑はするけれど、祝福だってするよ」

 そう言いながら、セレマリオンは哀しい表情を向けた。

「でも君はジアンカ王妃とその子供を殺してしまったからね。償いを先にするべきだ。何を選びどう生きるのか、それは後にしてほしい」


「あんたはなんでこの国に?」

「海竜を放っておけなかった。人のためでありドラゴンのために……つまりこれまた自分のためだね。あとジアンカ君にも会いたかったし、レウカ君たちも心配だったから」

「それだけ?」と悪態をつきながらも、一貫した考えなのだと感心してはいた。


「賢者だのなんだのもてはやされてるけど、そういうしょうもない人間なんだよ私は。君を追いかけたのだって、”彼女”のためだ」

 そうしてセレマリオンは、トロッコの中に置かれたクラーラナの荷物からその中身を取り出した。そして魔法が施された包みを優しく抱きあげた。

「ちゃんと弔ってあげたいんだ」


「わたくしがただ王妃を殺しただけなら」

 今更どうにもならないのに、どうしてか尋ねてしまった。

 腕の中のそれが、採取してこいと言われた材料から子供に思えてしまって仕方がない。

「この国の人々に任せていたかもね。いや、どうだろう。先に走り出してしまったから」


「この国やわたくしの人生にあなたのような方がいてくれたら」

 気がつけば血が滲むほど唇を噛みしめていた。相も変わらず指先一つ動かせなくて、感覚の届かない指先が冷たくなっていく。

「カレンシアだけ、あの子たちだけ、ずるい……!」


 最後の最後に絞り出されたその言葉にだけ、彼女の本当の温度が込められているようだった。



 それからしばらくして、知らせを受けたレウカとハニーベルとアナトがイクシアたちを連れて時計塔に到着した。

「あ、この時計ほんとに崩れてない」

 ハニーベルはアンバランスなオブジェを見て、クラーラナに街の案内をされてた時のことを思い出していた。ついでにシトロンに煽られたことも思い出してなんだかムカムカしてもきた。


「ちょっと飛び蹴りしてみたいですわね」

「あんたがやったら流石に壊れるでしょ。えぇと、なんでか兵士が多いわね?」

 今この辺りに兵士たちが巡回する理由はないはずなのに、と言わずとも全員が同じように考えていた。それが遠征隊や調査隊の人員ではなく、ブルトーヌ軍の階級が上の兵士ばかりである。


「みんな!こっちこっち」

 セレマリオンは兵士たちの輪の中から出てきながら、レウカたちに呼びかけた。兵士たちは頭を下げてから仕事を再開したようだった。

「それで教授、お話とは……あら?その、手の……」


 布で包んだ何かを大事に抱えている賢者を見て、レウカは何も言えなくなってしまった。自分を呼んだ意味も、兵士がこれだけこの場にいる理由もわかってしまったのだ。

 気を失うまでの間に、真っ赤に染まった姉の腹が裂かれていたのもしっかりと確認してしまい、そのせいで更なるショックを受けてしまったのだ。


 まるで赤ちゃんを抱っこしているみたいにしているセレマリオンに、レウカはそっと近づいた。手の震えを隠そうともしないで、それでも逃げはしないで手を伸ばした。

「私が、抱っこしても?」

「……とても軽いよ、気をつけて」


 ゆっくりと”それ”を渡されたレウカは、ささやかな重みを確かに感じた。

 そして目を閉じて、甥か姪かもわからないまますでに会えなくなってしまった子供の安らかな眠りを祈るのだった。



次は明日の20時以降に更新予定

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