灰のなかに何をひろえり・6
兵士を初め、様々な人間たちが国中を慌ただしく行き交っていた。非常事態宣言は未だ出されたままのため、民間人の多くはシェルターに残っているが、それでもボランティアなどを募った。そうして魔法の心得がある者や力のある者は軍の指示で細々とした作業を担っていた。
調査隊は一旦城に集まることとなった。港や街のことはそれぞれの部下に任せ、城で泥や靄の対応をしていたセレマリオンたちと合流しようということになったのだ。
しかし、屋根や壁が壊れて見晴らしのよくなった城には賢者の姿はなかった。唯一モローの遺体が安置している個所には囲いがしてあり魔法でも守られているが、その中にはいないようだ。
「それにしても、隊長が戻ってくる前に決着がつくなんてな」
互いの無事を確認しあうと、どうにも軽口が出てくるシトロンであった。カジミールはそういうノリには向かない男であったために、心底申し訳なさそうに顔をゆがめた。
「面目ない……」
「あ、すみません……」と即謝罪を決めるシトロンに、みんなの乾いた笑いが突き刺さった。
「悪いけどそもそも、隊長を港に行かせる気がなかったんだよね。万が一に備えて」
キノトの爆弾発言に「なんだと?」とカジミールが顔をしかめた。
「教授に隊長さんの足止めも兼ねてオレらを城に行かせるって聞いてたんすよ。王を本気で捕まえるためにキノトまで動員したのはある意味、えーと」
「餌だね!世界で一番リッチでゴージャスでファビュラスな罠だと思わないかい?僕がこちらに赴くなら隊長さんも来ないと行けなくなるだろう?」
キラッキラと光を振りまくキノトとそれをフォローするコウジロウに、カジミールはこめかみをそっと押さえて色々と抑えていた。ビカラもへへ、と悪い顔で笑った。
「この国にはまだ指導者が必要だから、悪いけどわかりやすい旗印として隊長さんがベストって教授が言ってましたぁ。あと非戦闘員だからわたしもこっちで」
「……その教授はどこだ?突如出現して海竜をブチ倒してさっさと消えた闇竜と何か関係が?」
「さぁ……?」
三人は首をかしげた。闇竜とカレンシアの関係をぼかしたいという意図ではなく、本気でセレマリオンが何処に行ったかわからないという様子だということはシトロンたちにも伝わった。
「何かあったのか?」
「モローを倒して、しばらくは膨張と爆発を続ける毒とか泥とかの対処をしてたんすね。街に流れ出しそうで結構大変だったんすよ。そしたらオレらに隊長の足止めと、バジル王子の警護とモローの死骸の保存のため、絶対にここから離れるなって言ってどっかに行っちゃったんすよ」
地面もところどころえぐれており、兵士たちもそこら中にしゃがみ込み治療を受けている。すぐに港へ行けなくて当然だが、かといって単独で動けるセレマリオンは港に来たわけでもない。
「そう言えば、突然見たことも無いような怖い顔になったんだ。丁度海竜が倒されたのとほぼ同時刻だね。海竜の死とトロイの異常魔力と浸食の名残りその他色々のせいで、国中の魔力が弾けたりかき混ぜられたり消えたりして滅茶苦茶になってるのはわかるだろう?だから教授どころか室内のみんなの気配すら探れなくて下手に動けなかったんだ」
「それを早めに直しに行ったとか?」
ふとシトロンは、レウカが会話に参加せずにきょろきょろとしていることに気がついた。不安そうに両手をぎゅっと握りしめている。
「どうしたんだ?」
「見当たらないの、魔力が安定しなくて」
「立ってるのもキツイですもんね!お姉様は何をお探しで?」
レウカはその問いに答えない。珍しい態度だ、と誰もが考えて、そしてすぐに、彼女の顔色がみるみるうちに真っ青になっていくことに気がついた。
玉座の間から先の道を封鎖している兵士に、レウカはふらふらと近づいていった。
「あの、私もここから先へ行ってはいけないのですか?」
「その……とくにレウカ様はダメだと教授殿が」
兵士たちは命令されただけで何も知らされていない様子だった。イクシアがさっとレウカの前に立ち、言い聞かせるように語りかけた。
「私も先ほど置手紙により命じられました。教授がお戻りになるまで何人たりともこの先に行かせるな、と」
シトロンは屋根の無くなった空を見て、この城の奥に何があるのか見てみた。魔砲台は屋根の崩落で落ちて壊れている。そう思うと中二階やバルコニーのあるこの先は確かに危ない。しかし何よりも、ここから進むと塔があるということに気がついてしまった。
王妃ジアンカが、レウカの姉があの塔にいたはずだ。レウカはイクシアたちのことなど見ていなかった。彼女はその奥にある塔だけを見ている。
「……道を開けてください」
「しかし姫様」
「これは命令です。そこを開けなさい」
大小さまざまな作業音や、人々の号令などの声が外に響いている。しかし王城の中は異様な空気に包まれていた。ここまでくると、もう察しがついていた。セレマリオンはきっと誰よりも早くその異常に気がついてしまったのだろう。
「ジアンカお姉様の魔力が見当たらないの、お願い」
レウカはイクシアに、バジルにという幼い甥に聞こえないように小さな声で懇願する。
イクシアは動揺して息を飲む。それが隙になった。レウカと目が合ったイクシアは、自分の身体が指一本動かせないことに気がついた。それは兵士たちも同様で、それを見届けたレウカは彼女たちの横をすり抜けて行ってしまった。
「ごめんなさい!」
膝下丈のワンピースの裾を翻してレウカは走り去った。
「オレが追う、待ってろ」
シトロンはイクシアの横を通り過ぎながら声をかける。彼女に目線で頼むと言われた気がしたために、そのままふわりとついてくるガラクテアと共に階段を駆け上がった。
ハニーベルとアナトもそれに続き、城を駆け抜けた。離れの塔へと続く廊下を渡り、また階段を上っていく。嫌な雰囲気がずっと続いていて、石造りの乾燥した空気の中にかび臭い香りが更に不安や陰湿さを浮き彫りにする。
階段の上にレウカが立っていた。塔の頂上には綺麗な大扉があり、造りを見るに、そこには部屋があるはずだ。だがレウカはその内部には入らずに立ち尽くしている。華奢な背中が震えている。
「レウカ、オレだ。そっちに行っていいか?」
興奮しているかも、動揺しているかも。そう考えて声をかけたが返事は無い。ガラクテアは先んじて一人で彼女の元へと飛んでいき彼女の様子を見る……より前に、室内が目に入りその顔を大きくゆがめた。
「お主ら……早う来い。現場検証くらいはできるじゃろう?」
その問いかけに覚悟を決めた三人は、静かに階段を上がり、レウカの後ろに立つ。扉の外から見えた室内には、豪勢なベッドと……その上で横たわる血まみれの女性が目に入った。
三人は息を飲んだ。レウカは糸が切れたように気を失い後ろに倒れこみ、シトロンは慌てて彼女を抱き留める。
アナトは最愛の姫を任せて部屋へ入った。血だまりを避けて女性へと近づき、顔をそっと覗き込む。そして沈痛な面持ちで指を振り冥福を祈った。
「この方はお見かけしたことがありますわ。随分と痩せてしまってはいるけれど、カレンシア王家の次女、ジアンカ様であらせられます。残念ながら、もう……」
ハニーベルは魔法で何かを調べており、部屋の中を忙しなく歩き回る。今の状態ではあまり魔法は上手く使えないはずだが、それでも凄まじい集中力を用いてなんとかものにしているようだった。
「血中魔力の散逸具合を見るに死亡推定時刻は……海竜討伐後、かしら。死因は出血多量によるショック死と推定。魔法ではなくて普通の大型の刃物で……生きたままお腹を割かれたようね。
……………………妊娠中だったわよね?」
「そう……お聞きしましたわね」
遺体の傍に立つ二人の雰囲気から否が応でも察された。それを何を創るために奪っていったのかも、シトロンには見当がついていてしまった。
「セーレは犯人を追いかけていったってことか?」
「恐らくは。教授殿のことですから無茶はなさらないでしょうけれど、心配ですわ。しかし……今のわたくしたちには、あの方をお助けできませんし、姫様の方が心配です。小隊長たちをお呼びしましょう」
「呼ぶまでもなく来てくれたようじゃ。奴らに任せようぞ」
決して遺体に近づこうとしないガラクテアは、下から聞こえてくる足音に道を譲るように天井近くに飛ぶ。そしてすぐにシトロンの後ろから、イクシアの声が聞こえてくる。
「な、なにひゃありましひゃきゃ?」
まだ痺れているようだった。そんな彼女を支えてきたのはエドミーであった。二人の後ろからはカジミールが来ている。王妃の部屋に男が入るわけにはいかないという配慮からだった。
三人は部屋の前で倒れこむレウカとそれを抱えたシトロンを見て、最悪の事態を察したようだった。
「私が入るわ、あなたは」
「応援を呼んでくる。何かあれば全て彼女に言ってくれ」
カジミールはすぐさま来た道を走って戻っていく。二人は部屋に入り、信じられないと言った表情を浮かべた。
しかし無残な姿で横たわるジアンカは、全てわかっていたことだとでもいうような、静かな顔を浮かべている。
それはまるで、生きている間から全てを諦めていたようであった。
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