灰のなかに何をひろえり・4
レウカは、グロッグが呼び寄せたドラゴンは氷を司っているものだと見当をつけた。吹雪の中に姿を現した彼女は、楽しそうに声もなく笑い、歌っている。更に空気が凍ったような感覚に襲われ、とくに魔力の少ない兵士たちから意識が朦朧としている様子が見えた。
「はしゃぐな。津波をなんとかしろ」
決して調査隊の面々には出さないような冷酷で攻撃的な声で、グロッグはドラゴンを叱責した。しかしドラゴンはくすくす笑いながら街全体の温度を下げるばかりで何もしない。
「愚図が……聞こえないのか?」
グロッグの殺意を煮詰めたような視線に、無関係の兵士たちが凍えて身動きがとれない。魔法的なものと精神的なもの両方で寒さを感じる彼らに哀れさを抱いたかのように、ドラゴンははいはい、と肩をすくめる。その間も彼女から一切の声は聞こえていない。だがレウカには時折、彼女の笑い声や短い言葉が聞こえているように思えてしまう。
氷のドラゴンは、迫りくる津波を”見た”。
たったそれだけのことで、海竜の真後ろで津波が凍ってしまった。
港に迫るような巨大な氷の壁が完成し、それは陽の光を遮り港を翳らせた。
「な、なんですかこれは!?」
ドミクは情けない声を上げた後、すぐに咳ばらいをした。経験豊富な騎士であってもここまでの規模の魔法は初めて目の当たりにしたようだった。それは各陣営の兵士たちも同じようで、みんなポカンと口を開けて見上げるしかない。
その眼中に、海竜の姿は無い。みんな一様に海竜をスルーして凍った津波ばかりを見ていた。
海竜は自らの思考プロセスに原因不明のノイズが増していく様を更に強く観測していた。
「流石に質量が凄いから砕いても津波に戻る。このまま凍らせておくから、その間に」
「わ、わかったわ。なんとか!なんとかします!」
レウカの裏打ちの無い言葉でも、グロッグは眉間の皺を多少緩めた。そして「がんばれ~」といつもの調子で応援するのだった。
その間も背後のドラゴンには目もくれず、まるで彼の周辺だけ切り離されたように吹雪に包まれている。
「あちらの応援に行きます。アナト、出れる?」
『おほほほほ!!猫空間の中にはマッサージ機なる謎の機械もありましてよ!そのおかげで元気百倍ですわ!!!!あ、あと一分でコース終了です』
「では猫ごとついてきてちょうだい。ドミク、王子のことも任せたわ!」
「はい!ご武運を!」
レウカはイクシアたちと猫ドラゴンを伴い砦から出立した。そしてより海と海竜に近いシトロンたちとの合流を目指して移動し始める。
津波が凍っても海竜の力を封じたわけではない。彼は呆然自失のように見えても次の手を用意している。空中にいくつもの黒穴を出現させ始めた。
「海竜様は良いドラゴンなんですよね!?だってブルトーヌをずっと守って」
すがるようなパンフェルの言葉は逆効果だったようだ。海竜は目を吊り上げて少女を睨みつける。
「矮小な存在が我の行いを自らの尺度で語るな!!!不敬である!!!!」
そして黒穴からパンフェルめがけて、凄まじい水圧の水弾が射出される。シトロンが咄嗟に鉾槍に光をまとわせて水弾を斬り割るが、水弾はそれで消滅せず真っ二つになったまま後方まで飛んでいき、地面に着弾して爆発した。
近くに隠れていたワイヤンの甲高い悲鳴が当たりに轟く。
「とっとと逃げてろ!」
「そうするぅ!!!」
次いで射出された水弾から二人を守ろうとして、近くにいた兵士たちがバリアを張った。だが水弾が直撃してすぐにそのバリアは割れてしまい、兵士もろとも二人は吹き飛んでしまう。シトロンは空中でパンフェルの身体を抱き留め、そのままなんとか回転させて、肩から地面に着地する。
「だ、大丈夫!?」
パンフェルは慌てて起き上がり、下敷きになってくれたシトロンを心配した。シトロンは大丈夫だと返事するように片腕を上げてから、上体を起こす。頭と腕と肩を簡単に確認して、片時も離さなかった武器を握り直し立ってみせた。
頭からは多少血が流れているが怒りに支配されている彼女にはどうでもよいことだった。シトロンは穂先を海竜に向け、耳鳴りを引き飛ばすほどの声で叫んだ。
「矮小なお前の器を更に粉々にしてやるよ!!爆散しろ!自斃する魂の輝き!!!」
シトロンは腰を落として竜を否定せし蒼鉾槍を両手で構える。そしていつものビームではなく、穂先から砲弾のように光球を発射した。一メートル程度の光球は目にも止まらぬ速度で海竜めがけ飛んでいく。
「こ、この力は!?」と叫んだ海竜は咄嗟に水弾をぶつけるが一瞬でかき消され、光球が彼の身体に着弾する。
そして轟音を響かせながら大爆発をした。だが爆発は一度で終わらず黒穴の魔力に反応して連鎖爆発をした。海竜の身体にいくつもの傷がつき、傷口から黄緑の血が噴き出した。
「な……なんだお前は……ガラクテアの力を使えるのか……!?」
「知らねーよ!ってか知らねーのかぁ!?偉大な存在なんじゃねぇのか!?全知全能でもないくせに偉そうにするんじゃない!!」
出血ハイになったシトロンに煽られ、海竜もまた我を忘れて海底から這い出るような重苦しい咆哮を上げた。その咆哮で顔横の羽のようなヒレが開くと、そこから水の針が射出された。
「あれは毒を凝縮しておる!あやつ、きちんと仕事はしていたみたいじゃの。海に流れた毒をあぁして自らの体内に回収していたようじゃ!」
水と毒で出来た無数の針が地上に迫った。だが、空を駆ける人影と聞き覚えのある声がそれを防いだ。
「マッスル・ショットダウン!!!」
猫ドラゴンより飛び出たアナトが、毒針を全て叩き落とした。華麗に着地した後、いつもの高笑いで自らの帰還を印象付けた。
「おほほほほ!!!わたくしはやはり愛の戦士!守りにおいて最強!」
すぐに次弾を発射しようとする海竜だったが、発射直前に上空から伸びてきた蛇腹剣で針を折られ、それが発射口に詰まり爆発した。
「ヒューイ!いい動きよ!」
すでに慣れ始めてきた様子で剣を振いながらハニーベルは笑った。
「がっはっは!俺様大活躍ぅ~!!」
戻ってきた二人のテンションの高さに思わず笑みがこぼれたシトロンだが、ふとヒューエトスの手からロープが伸びていて、その先に人間がぶら下がっているのを見つけてしまった。
「あれ捕虜だと思うんだけど死んでないか?」
「ギリギリ生きとるな」
余裕を取り戻してきたシトロンたちに気がついた海竜は、口の端から出る血を止めることもしない。
「何故だ……何故こうも逆らう!!何故我の裁きを受け入れない!貴様らの命に価値などない!我の勅命こそ絶対である!!!」
「海竜リヴヤタン、どうか退いてはいただけないでしょうか」
兵士たちを少しだけ後ろに下げ、レウカは海竜の前に立った。真っすぐと巨竜を見上げ、語りかける。
「……カレンシアの姫か。貴様こそ退け。我は寛大だ、あの子竜から貴様を取り上げることは気が引ける」
今までの会話の中で一番温和な声を海竜は出した。
「風竜イストリアなら、私が死んだとしても立ち直れるでしょう。今は彼の話は結構です」
「ほう?これまた随分と薄情な人間もいたものだ。ドラゴンが人なんぞを選び共に生きることにどれだけの痛みを伴うか……」
レウカの困惑する様子を確認し、海竜は少しだけ彼の言うような偉大なる王の顔を見せた。
「まぁよい、我は偉大なる地球の王。貴様一人程度なら死なさずにこの海より吐き出してやろう」
「寛大なる海の主よ、ひたむきに自らの役目を全うしてきた尊きお方よ、確かに人々は過ちを犯しましあなたの慈悲を軽視しました。しかし、人々は目を覚ましました。多くの人々がこれから過ちを正していけることでしょう。どうか今一度我々を」
「信じてくれ、などと言うつもりか?それは無理な話だ」
途端に海竜から放たれるプレッシャーが増す。流氷が不穏な動きを見せる。氷の下の水流が戦慄いているようだった。津波を押しとどめる氷に厭な軋み音が聞こえる。グロッグはため息とともに魔力を強めた。
「……おしゃべりは飽きたぞ、姫。時間稼ぎをしているのはわかる。この間に下手人でも探していたのか?無駄なことだ。我は最初からこの国を許すつもりなどはないのだから」
水弾で吹き飛んだ後、気を失っていたペンゼが目を覚ました。そして今聞いたばかりの言葉を信じられずに、痛む全身をなんとか動かしながら問い返した。
「しかし、私と、約束を」
海竜は這いつくばる哀れな人間を無表情で見下していた。
「貴様はドラゴンと塵との間に契約が成立すると本当に思っていたのか?完全なる裁きを執行するために必要な魔力を溜めていただけに過ぎない」
それは嘘ではなく、突然海に残っていた流氷が割れ始めた。そして海がどんどんと渦巻いていく。グラグラと揺れていた氷の壁も次々と割れ、大量の水が水底に引きずり込まれる大渦になった。その中には氷漬けにしてあった三隻の船も入っている。街を砲撃したとはいえ、死なせるつもりは微塵も無かったハニーベルは、目の前の光景に顔を歪ませた。
全てが大渦に引きずり込まれて行こうとしていた。桟橋や船の残骸が崩れ、海に飲まれる。砂浜や岸壁が削られて海に吸い込まる。暴風が吹き荒れ、巻き上げられた網やレンガが人々を追い越し海中へと消えていく。
浮き上がりそうな身体をなんとかするために、倉庫にしがみついたり仲間同士手を取るしかない。
「ふははははは!!ガラクテア!!!人の子にも及ばぬその哀れな魂を恥じるがいい!」
「のじゃぁ!?調子に乗り寄って!」
「ってかお前はなんでこの風の中普通にふよふよ浮いてんだよ!」
時折飛んできた看板などがぶつかるとよろけるが、ガラクテア自身は全く吸い込まれていない。シトロンはとりあえず彼女の胴体に掴まっているが、ふよふよと飛んでいるにも関わらず揺るがぬ安定感というものがあった。
海竜はガラクテアの様子など気にしていない。確かに大渦には飲み込めずとも、彼からするといつでもいくらでも彼女を始末できるからだった。
「ウラノス様の御光が顕現なされた時はどうしたものかと思ったが、やはり天は我々ドラゴンの味方である!!!我の名を呼ぶことを許可する!!!!今際の際に我の名を唱えるがいい!!!」
「いい加減にしろよ、リヴヤタン」
調子に乗ったドラゴンの名は、諫めるために呼ばれたのだった。
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