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灰のなかに何をひろえり・2


「な、なに!貴様!!!我より高く!!!」

 自らの上を軽々と飛び越え海へと向かう雨竜と少女を見て、海竜は腹を立てていた。怒気に溢れた声を上げて二人の行く先を見ようと身体を反転させようとして、眼前にてほくそえむ銀河の女王に気がつき動きを止める。


「つまらん人間と手を組んどるんじゃ。おもしれー女と組んどる妾たちのほうが高く飛べるに決まっとるじゃろ」

 のじゃのじゃのじゃ!と不快な笑い声を上げるガラクテアに、海竜は更に怒りの念を強めた。

「ふざけたことを言えるほどの余白が貴様にあったとはな……!」

 それと同時に、見覚えの無い彼女の挑発行動に違和感を抱いていた。


 二者の睨み合いで更に緊張が増したペンゼは、額を何度も地面につけながら懇願を続けるしかない。

「どうか、どうか海竜様!お気持ちをお鎮めください!まだ正午ではありません!今私の私兵が荒野を捜索しておりますから、なにとぞ!」

「貴様がそうやって頭を下げるから、寛大な我は六日も待ってやったのだぞ!!!!」


 ペンゼに視線を向けたシトロンは彼よりも後ろ、半壊した倉庫に隠れているワイヤンを見つけた。周囲の従者は彼の家の御者や馬車番たちだった。

「ワイヤンどうかしたのか?」

 シトロンの呼びかけに、決してそれ以上近づきはせず、彼は独り言のように「ペンゼ卿、マジかよ……」と力なく呟いている。


「あ、ボクはすぐ帰る。ペンゼ卿に足の速い馬車を貸してくれって言われて同道しただけなんだ、正午までには帰れると思って……君たちだって我が家のシェルターに来てもいいけど。……」

 状況だけ説明しようとしたのだろうが、彼も相当混乱しているようであった。そしてワイヤンは、彼らしからぬ厳しい表情で黙ってしまった。


「犯人がいないのであれば貴様らに鉄槌を下すのが我が役目!海を穢すブルトーヌにこの星での居場所はないと思え!」

 昨日のような巨大な竜巻が流氷の欠片を巻き込んで立ち上った。眷属か何かのように海竜の周囲にそびえる竜巻たちに海も風も荒れ狂い、灰洞港に残る面々は風にあおられないように踏ん張るしかない。


「……デュノール様でもいいんじゃないか?」

 強い風と、残骸たちが軋む音の中で、ワイヤンの声は何故かよく聞こえた。

「みんな聞いてくれよ。パパとママが長年この国のこととか色々調べてたんだ。そしたら、帝国のスパイと王様がグルで、国内で彼らが動きやすいように手助けしてたってわかったんだよ!」

 突然の大貴族の息子の告発に、兵士たちは動揺した。


「王様とか大貴族が仲間にいたから誰も気づけないでいたんだって!毒が王様と関係あるかどうかは知らないけどさ!でも王様じゃん!トートが好き勝手やれたから毒が流れて海が汚れて海竜様が怒ってるんだろ!?じゃあ王様を差し出せばいい!生贄としての格も十分あるだろ!!!」

 言い方は癇癪のようであるが、この騒動より以前からずっと彼は考えていたのだろう。だからこそカジミールの前での失言に繋がったのだ。


 兵士たちは眼前の海竜に、こんな事態になっても出てこない王や大貴族、その代わりに前線に立つ異国の少年少女を交互に想った。

「そ、そうかも」

「デン家の御子息がそういうなら」

 誰かからの口をついて出た言葉に、次々と賛同者が現れる。


「デュノールは良い王じゃない!死んだって別に……」

「そもそも今の状況全部あいつのせいって言うの?」

「ふざけてるわ……!」

「城に向かった隊長も戻ってきていない!何かされたのかも」

「さっきの光もなんなんだよ!そういうのが使えるならさっさと使えよ……!」


 瞬く間に、戦火のように広がった不満と不安は、海竜のプレッシャーや魔術による強風など関係なく、彼らの足元を揺るがしていく。

 まるで隠されたものや無かったことにされてきたものの反動だとシトロンには感じられた。



 地上でのいざこざなどいざ知らず、海上を駆け抜けたヒューエトスとハニーベルは、沖合の流氷の合間に見える船舶へと狙いを定めた。港寄りの飛来物を見て警戒しているのか、先ほどまでの雨のような攻撃を控えていた。

「がはははは!じゃあ降りるぞ!標準こっちに向いてんぞ!頑張るか!」

 ドラゴンは背に乗せた人間の返答も聞かずに降下し始める。


「こうなったらやるしかない!まったく、竜になんて乗ったことないのに!!!」

「お前はな。だが乗せてわかった。先祖はブイブイ飛竜を乗り回してたみたいだぞ?」

「え?飛竜に乗ってたのはローマンデルジェイ人じゃ……。いえ、待って」

 ハニーベルは母からもらった蛇腹剣を握りしめながら、教育係に繰り返し教えられてきた一族の話を思い出した。


「……お母様は北の遊牧民の血を引いていたわ、そういうこともあるでしょう。この赤い髪をなびかせて、空を駆けていたのかもね。じゃあ、あたしにだって乗れるわよ!一気に船まで行って!」

 負けず嫌いな優等生は、いとも簡単に腹を括ってみせた。ヒューエトスは高笑いをしながら「おう!」と景気よく返事をして船へと近づくコースをとる。


 船舶も彼女たちに狙いを定め、次々と氷の砲弾が射出される。氷の弾幕を避けながら近づいていくと、突然回転して旋回し、距離をとる。

「ちょっと」と言おうとしたハニーベルは、他にも立往生していた船のいくつかからも砲撃を受けていたと気がついた。


 この海には本当に事件に巻き込まれた民間人と、それを装い侵入してきた何者かが同時に存在している。一隻ではない。左右の船からも撃たれてきれいるというのは、正直に言うと。

「鬱陶しい!」

 ハニーベルは得意の炎魔法で空中から降り注ぐ炎の雨を召喚してみせた。向こうも想定していたのか、一時砲撃を止めてバリアを張ってやり過ごそうとする。


 だが熱は防げない。その魔法による炎は船体表面や周囲の氷を溶かしていく。ハニーベルの魔力が溶けた水に交じり、船体に描かれた魔法陣の上に到達する。

 すると、魔方陣は浸食されたように陣の一部が溶け、バリアや魔砲台が動作不良を起こし始める。

「おぉう器用なもんだな!」

「学校で習ったわ!それに……」


 通常魔法陣というものは、よほどの力量差が無い限りはそうそう魔法陣自体に干渉できない。魔方陣によって出現する事象への対応とはロジックが違う。だが、そこを可能にする魔法だってもちろんあるのだ。例えば。

「ミネオラの呪法!この距離まで来てるもんな!!!!」

 学生たちが手伝っていた防護陣製作の中で、ミネオラが得意の呪法などのデバフを担当していたという話を聞いた時、ハニーベルはそれがここまでのものとは思っていなかった。


「港一帯の防護陣と接続されているからってのもあるけど……えぇ、あの子の魔法、届いているわ。なら姉として!あと二隻くらい潰してみせないとね!」

 同じ方法で二隻目が煙を上げる。これ以上は同じ手は使えないが、どうやら残りはあと一隻のようだと二人は気がつく。いくら待ってもそれ以外からの砲撃や魔法による援護は見られない。当初吶喊しようとしていた船がメイン砲撃を担当していたようで、左右に守るように控えていた二隻は魔砲台こそ積んでいたがバリアにそこまでの強度は無かった。


 裏を返せば、最後に残ったその一隻のバリア強度は桁違いだった。ハニーベルは通常時ならともかく、慣れない空中で一人で、しかも速攻を決めなければならない今の状況ではそれを打ち破ることは難しい。

 だが彼女はいつも一人で色々とできるというだけで、常に一人で事を為す女ではない。

 できないのであれば、できる者に任せればよいのだ。


 船の内部では、防寒服に身を包んだ男たちが怒号を上げている。

「小竜と女一人だけだぞ、さっさと落とせ!一発でもあてりゃあなんとかなるはずだ!」

「しかしこちらに近づけないようです!このまま消耗を狙えば」

「……待て、なんで急旋回を」

 未だ敵が健在だというのに、二人は船から距離をとる。


「じょ、上空に!!!魔力反応!!!あの女とドラゴンのものとは違います!!!」

 観測手の言葉で可能な限り全員が上を、目視や魔法で見上げる。

 そこには。

「周囲の魔力だ、俺たちと同じで、でも、あれば」


 船が翳る。上空には、陽の光を遮るほどに巨大な氷の柱があった。

 周囲の魔力と流氷を利用して……いや、直接吸い上げてその体積を増していっている。そして砲撃を繰り広げていた三隻以外の船舶は、彼らを閉じ込めていた氷から解き放たれたために徐々にその海域を離脱していっている。


 その全長は船からは見えない。柱だ、と感じたのはハニーベルであった。

「そのまま落として!!!」

 彼女の声に応えるように氷の柱は落下した。そしてターゲットがその場に標本の蝶のように、流氷に縫い留められた。ハニーベルにはその光景で氷が釘とか楔みたいに見えてきた。そしてすぐさま船が凍っていく。


 船だけではない。脱出しようとした船員や他二隻も巻き込み、一気に薄い氷が包んだ。氷に閉ざされる前に、咄嗟に腕を動かした船員の腕や、ぶつかったマストがいともたやすくぼっきりと折れる。そしてその船員は悲鳴すら上げられず全身が凍り付いた。

 ヒューエトスは氷の魔力が安定したために船に近づいた。まるで絵画のように制止した船内を外から見て回り、動ける敵が残っていないことを確認する。


「あぁもしかしてこれ、低温脆性ってやつ?」

 ハニーベルのその言葉に、一番同棲な帽子をかぶった船長らしき男……の横にいた男だけが反応した。彼女はそれを見逃しはしなかった。

「こいつだけが地上での報告を受けているみたいね。この男を連れて帰るわ」


「OK!楽勝だったな!」

 ヒューエトスは灰色の身体を氷粒の反射光にキラキラと輝かせながら高笑いを始めた。

「……どこが!へろへろよあたしは!!!!グロッグも!!何が一回だけよ何よこの威力は!!!」



次は明日の20時以降に更新予定

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