灰のなかに何をひろえり・1
王城へと降臨する光の柱を、ガラクテアは呆けた様子で見上げていた。
「あれなんだ?なんかピリピリした感覚が全身に来てるから、ドラゴン由来だとは思うんだけど」
返事が来ずともシトロンは続けた。
「トロイとか使ったのか?って、違う違う、あれはセーレたちに任せよう。今はそれよりパンフェルの捜索と海竜対策を……。大丈夫か?」
気がつけばガラクテアは、自身の長い髪の端をぎゅっと握りしめ、所在なさげに漂い流れていた。まるで迷子のような姿に、シトロンは思わず声をかけてしまったのだ。それは屈辱だったのか、ガラクテアは大仰に咳ばらいをした。
「心配される必要など妾にはないのじゃ。あの光は……真に人の味方の光じゃ、決して悪しきものでもない。キノトに任せておけばよい」
「キノトに?」
「じゃがあれで海竜の奴めがどう動くかわからぬ。早うあの小娘を回収せねばな」
「お、人道的なドラゴンになってきたな」
「お主に言われるのが一番の侮辱じゃろそれ。ぬぬぬ!あれじゃ!」
ガラクテアの指す先、海竜の目の前に座り込むパンフェルの姿があった。
「なんかすごい光がお城を包んでる……海竜様!あれ海竜様が何かしたんですか?」
パンフェルは口を開けて天から伸びる光を見ていた。分厚い雲を貫き昼前でうす暗いこの国を余すところなく照らすその御力に、どうしようもなく仰ぎ見るしかなかったのだった。
「な、何故あの方が、どうして」
ドラゴンは人間の問いに応えることもできずに、同じく偉業を見つめることしかできないようだった。
「海竜様」
再び呼びかけても彼は何も言わない。狼狽えている、途方に暮れている、そういう感覚がパンフェルの中に浮かんできた。そういう感覚を共有できるのであれば、わかりあえるのでは。幼い彼女の中には、同じ光を見ることでささやかな希望が生まれてきていた。
「パンフェル何してんだ!」
シトロンとガラクテア、そして調査隊の兵士たちがパンフェルの前に現れた。シトロンは彼女の腕をとり立ち上がらせる。その間も海竜から目を逸らさず、とうに城の光など気にしていない。
海竜はそんな彼女の眼差しこそが不愉快そうに鋭い目つきになる。
「不敬であるぞ人間ども。ぞろぞろと我の御前に」
「気が立っておるな。何をビビッておるんじゃ?」
「ふざけるのも大概にしろ悪王!」
海竜は顔横の鋭利なヒレを広げ、自身の周囲に魔力を集める。デカいのがくるかも、とシトロンはパンフェルを自分の後ろに下げ、鉾槍を手にする。
緊迫した空気の中、もつれたような不規則な足音が聞こえてきた。
「まだ正午ではありません!!!」
そう叫んだ男に、兵士たちは困惑しながら道を開けた。
何故なら、それは大貴族ペンゼであったからだ。
「何しにきたんだ!?」とこの場の代表で聞いたシトロンには、彼はぜぇはぁと呼吸を整えていて何も返せない。だがほかならぬ海竜が先に吠えた。
「我は偉大なる王。貴様の顔を立てて待ってやっていたが、もう我慢の限界だ。いますぐ答えをここに提示せよ!」
ここまでくると答えは一つだった。海竜と交渉した貴族の男とはペンゼだったのだ。彼の立ち位置も思想もまるでわからないままのシトロンたちは、傍観に回るしかない。
「は、はい!海を穢す毒を流していた者はトート・ストッフ!レコメダからの移民でございます!確証はありませんが帝国のスパイで、一部の貴族と手を組み」
「そやつの細かい情報などどうでもよい!そやつはどこだ」
大貴族らしからぬ汗と土にまみれた格好で、許しを乞う様に膝をつき頭を垂れるペンゼは、震える唇で報告を続ける。
「……こ、国外へ、逃亡したものかと」
誰しもに厭な汗が流れる。正直に話すしかないかもしれないが、正直過ぎる。犯人としてトートを欲しているということがわかるのであれば、自分たちに任せてくれればもう少し引き延ばせただろうに、とシトロンは心の中で舌打ちをした。どうせ正直に言うのであれば、自分たちに例の貴族は自分だと言って欲しかった。肝心なところで彼からの信頼度的なものが足りていなかったことを今痛感し、後悔した。
「では交渉は決裂だ!」
それが合図だったかのように、突如沖合から氷塊が射出され街へ迫ってきた。
「魔砲台が海にあるのじゃ!?」
それらはオーデ邸に降ってきた氷塊と同じものだった。一体どこの誰がどうやって攻撃してきたかの答えは海にあったのだ。
「防護陣を起動しろ!」
ドミクの号令で海岸線一帯に巨大なバリアが張られる。
地面から生えたカーテンのようなバリアに氷塊が当たると、瞬時に砕けて海に落ちる前に溶けて消えていく。だがバリアを飛び越えるほどの弾道は防ぎきれず、そのまま街に飛んでいく。
「ダメです!氷は想定外です!カバーしきれません!」
やり過ごせない氷塊が次々と街に着弾し、その場に氷を伴った爆発を起こして家々を破壊する。
「避難させておいてよかった……!」
居住通り、職人議連オフィス、対策室本部、そういった場所にも次々に爆撃が落ち、凍り付いた哀れな残骸がそこに残るのみとなる。
ソラールはフードからこっそり顔を出して、レウカの耳元で何かを告げた。
「はい……なるほど!」
砦の前に杖を掲げると、空中にスクリーンが投影される。
「授業の時に教授が使ってたあれね!?」
そこに写る海竜と、その背後の海上がどんどんズームアップされていく。理屈はわからずとも遠くを見る魔法だと見当をつけたドミクや兵士たちは、口を挟まずに注視した。
「ここに何かいます!」
ピントが合うと、流氷の上に船が何隻がある。それを見てブルトーヌの兵士たちが説明をする。
「沖合で立ち往生して救助できなかった船群があの辺りにあるんです」
「そこから撃たれているのね」
船の甲板に砲台が並んでいる映像を見て、ハニーベルは眉間に皺を寄せて苛立った。グロッグは誰よりも冷静にその光景を眺めていて、何かに納得をする。
「二十年前と同じ手だ。巻き込まれたかのように潜伏していた。流氷の魔力を使って氷を射出している、あれなら大した装備がなくともしばらくは強い氷を打ち出せ続けるよ」
「つまり六日間ずっと海の上にいたってこと?確かに、あそこにいたら調査のしようもないものね」
あの氷塊はてっきりデン家に押し入った侵入者たちの仕業だと思いこんでいた、とハニーベルは己の未熟さを呪った。
「防護陣が海竜まで持たないかもしれません、どうすれば……!」
兵士の報告を聞き、ドミクは深いため息をつく。
「ドミク、沖合の船を止める方法はありますか?」
「あの距離だとここからの攻撃は無理でしょう。海竜が自身への攻撃と勘違いして彼自ら手を下してくるかもしれない。非現実的でも、海に出て直接倒しに行きたいものですな」
「じゃあ空を飛べばいいじゃねーか!」
ヒューエトスのその発言に、みんな目を丸くしていた。
「俺様だって一人くらいなら乗せて飛べるぜ!」
「俺は津波というか、水に備えておきたいから船の方は任せる。でも一回だけならぶちかませるよ」
グロッグは言いたいことだけ言って、斧を手に集中しだした。巨大な刃を地面につけ、胸の前で柄の上に手を置いている。一軍の将が誰かと聞かれたが、誰もが彼を指すだろうと感じる所作だった。
彼が海竜に備えていると感じたハニーベルは、素早く砦内を見渡し、決断する。
「……レウカ。今あんたは最強に安全、そうよね?」
彼女の近くにはソラールとグロッグがいて、猫ドラゴンの中にはアナトもいる。その確認だけをしたにもかかわらず、レウカはハニーベルの考えがわかったのか、微笑んで見せた。
「そうね……私の騎士、どうか良い空の旅を」
不敵な笑みを返したハニーベルは、準備満タンといった様子のヒューエトスに声をかける。
「ヒューイ乗せて!目標は」
「あの怪しい船だな!がっははは!流氷の上は滑るから気をつけろよ!」
砦の外に飛び出たヒューエトスは、全長五メートルほどの小さな竜になる。翼が大きく飛竜に似た形状をしていて、黄昏館炎上事件の時に雨雲の中にいた姿とはあまり近しくはないように思えた。
「前に雨を降らせてくれた時はもっと大きかったじゃない!」
「あれは雨雲が……あぁもういいだろう。速度出すならこのサイズだぜ!」
面倒くさそうに彼は話を切り上げた。おしゃべりで自分が大好きな彼だが、よくよく考えると彼自身の話はあまり聞いたことがない。ハニーベルは、自分にはそういう関係の存在が多い気がして、少しだけ気が滅入った。
「……行ってくるわ!」
「行ってらっしゃい!」
レウカに手を振り固い鱗に覆われた背に飛び乗る。鞍も紐もついていないにも関わらず、異常なまでの安定感と安心感が”多少無理しても落ちない”という感覚をハニーベルに与えた。
彼女が腰を落ち着けたと理解したのか、ヒューエトスは羽を動かしもせずに急上昇した。ドラゴンと言う生き物の形状として羽をつけているだけで、鳥その他の生き物のような使い方をしていない様子だった。
凄まじい速度であっという間に街を一望できる高度まで到達した。そこから見える廃洞街は、いたるところが砕けて凍り付いている。
「……海へ!」
「おうともよ!」
感傷に引きずられることなく二人は舵を切り、あっという間に海竜を飛び越えて海へと飛んでいく。突然の飛来物に対応しきれずに見逃してしまった海竜は、怒りの声をあげた。
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