それにしてもどの口で
セレマリオンは一人で誰もいない首都を歩き、オーデ邸に到達していた。調査隊は忘れがちだがカジミールの出自がなんであろうと彼はただの隊長であり、本来なら兵士たちは軍務大臣である大貴族ぺートロ・オーデの命令に従うだけだ。
人相を記憶できるカジミールの部下のふりをすることはリスクが高い。だが誰しもの話の中に自然にでてくる謎の兵士という存在は、どこに隠れているのか?そう考えた時に、この国は大きく分けて二つの街で構成されているということをセレマリオンは思い出した。
灰洞港ではなく、首都の兵士なら見慣れないけれども兵士だから警戒はしない、という特殊な状況がまかり通る。不審な兵士、というものが跋扈できるのだ。だからその首都側の兵士を動かしているはずのぺートロと話をしてみようと考えて、賢者は一人オーデ邸に来たのであった。
豪邸には誰もいない。壊れた東館はある程度片づけてそのままにしていることから、作業を切り上げて避難したようだった。
セレマリオンは真っすぐ広間へと足を進めた。壊れた天井には応急処置として大きな布が貼ってあり、一応は陽の光を遮っている。潮風は隙間から吹いているようで、高い調度品たちが今日明日で色々と駄目になってしまいそうな雰囲気が感じられた。
広間の隅のシェルターへの扉の前で、賢者は腕を組み眉をひそめた。その足音に気がついたのか、内からか細い男の声が聞こえてくる。
『誰かいるのか?開けてくれ』
ノックして合図した途端に絹を裂いたような奇声と、短い階段を転がる大きな音が聞こえてきた。
「……驚かせて申し訳ない。私はカレンシアから来たドラゴン調査隊の引率を務めておりますセーレと申します。普段は教職についているしがない民間人ですよ。怖がることなどありません」
事実を羅列しているが真実は隠しているタイプの挨拶にもかかわらず、安心したように『はい』と小さく返事ををする声が聞こえた。内部にいるのはレウカたちからの話も合わせるとペートロその人であると断定してもいいと賢者は考えていた。
『教師の方なら、魔法は使えますか?この扉を開けてもらえないでしょうか……』
はい、と返事をした後、セレマリオンは扉を見て疑問が確信に至った。このシェルターにかけられているのは、魔法ではなく魔術だ。それも近くにいる人間の生体エネルギーをエネルギー源にして効力を発揮し続ける禁固の魔術であった。これは、ペートロが生きている限り開かれることはない。
「構いませんが解除に必要かもしれないため、どうして魔法をかけられたかだけ教えてください」
努めて穏やかな声で優しく話しかけると、彼は更に落ち着いたのか、あはは、と小さく笑った。
『お、お抱えの魔法使いが、暴徒などに突破されないようにとかけてくれたんです。妻が頼んでくれたんですよ。でも寂しくなって外に出たくなって……そしたら開かなくて……。蓄えはあるのですが、こうなると妻が心配で心配で』
最早言い逃れができないほどにクラーラナは”黒”だった。彼女を裁いたり追いかけたりする義務も義理もカレンシアには無いが、調査隊にはある。海竜出現までのあれこれに帝国の工作員が関わっているとすると、協力者である可能性が高いクラーラナの話を聞くことは重要である。
「暴徒側がかけた魔法ではなくて安心しました。奥様たちは首都のシェルターに避難を?」
『はい。私が一人で先に入ってしまったことで妻は大いに呆れまして、使用人たちと避難しに行ってしまったのです……』
「なるほど。ではちょっとしたお灸のようなものなのですね。今解除しますから一応扉から離れてください」
考えている内容を悟られないように気をつけながら、魔法ではなく魔術を解除していく。多少勝手は違うが賢者と呼ばれる者にとっては簡単すぎる作業だった。そうして外から扉を開けてやると、狭い階段の下に、大柄な男がびくびくと震えながらそこにいた。
「どうぞ登ってきてくださいな」
「ありがとうございます。本当にご迷惑をかけまして、いやはや、お客人にこんな」
申し訳なさそうにもごもごと話しながら、狭い階段をのそのそと彼は上がってきた。そして広い室内で大きく伸びをして……窓の向こう、高台の先、海の中にそびえる海竜を見つけた。
「ひぇぇぇまだ海竜がいるじゃないですか!!!!!」」
「静かになったから大丈夫だと思ったのですね」
「はいその通りでございます!早くクラーラナのいるシェルターに行かないと。セーレさんもご一緒にどうですか?大貴族用のシェルターがあるのですが、あなたのようなお客人なら大歓迎ですよ!」
「申し訳ありませんが、教え子たちがまだ前線におりますので」
「前線……?」
「えぇ、レウカ姫は助けてくれと言われたのなら、最後まで頑張りますよ」
「ところでオーデ殿。あなたはいつからここに?」
「昨日の昼過ぎからずっとですね。あ、自分のことはぺートロで構いませんよ!」
「その間首都の兵士を動かしていたのは?灰洞港は隊長に任せているとは知っていますが」
「妻に一任しております!」
元気の良い返事に、セレマリオンはにこやかに微笑むしかない。
「首都への街道の閉鎖は奥様の主導ですか?」
「えぇ。混乱しないように整理券を配っていたから首都に迎え入れるのに時間がかかったみたいです。そういったことに気がつく妻を迎えられて自分は幸せ者ですよ」
完全に封鎖していたことも、その兵士が民間人を暴行していたことも一切把握していない口ぶりだった。そしてシェルターに入った後にカジミール主導で灰洞港の兵士たちによる封鎖門の破壊があったことも知らされていないようだった。破壊を実際に行ったのはグロッグではあるが。
「それはそれは。シェルターまではおひとりで行けますか?私は今から城に向かわないと」
「では……また戻ることにします!」
小鹿よりもなお震える足で這うように地下シェルターの扉へ向かう。
「奥様を迎えに行かなくていいのですか?」
ピートロは卑屈そうに口の端だけで笑った。
「あれは強い女だから大丈夫です!二度の戦争も私の代わりに兵を動かしてくれた、賢く度胸のある最高の女性なんですよ!異国の平民だからと嫌味を言ってくる他の大貴族たちともあっという間に友人になってしました。私の人生には彼女がいてくれて初めて明かりが灯ったようなものです」
「おやおや。可愛らしい御仁ですから女性にはモテそうなものですけれどね」
「いえいえ子供の頃から弱虫で、貴族の子女たちには呆れられて……大貴族だからってだけでは誰も相手にしてくれませんでした。しかしクラーラナからデートに誘ってきてくれて、それで結婚する運びになったのです」
「……教え子たちによると、フーガー討伐時の地震からあなたが助けてくれた、と」
「はい?自慢じゃないですけど、そんな時に誰かを助けられるなら女性に頼らず自分だけで自分の人生を明るくできますよ!」
自分への情けなさか、眉を下げながら二カッと笑うペートロの背後が爆発したような突然の光に包まれた。それは城から放たれていて、光自体はすぐに収まったが気味の悪い地鳴りが遅れて響き続けている。
「そ、そうか!デュノール様の最終兵器だ!モロー殿がこの五日……いや六日間、ずっと大貴族を宥めていたんですよ、王には秘密兵器があると!多分絶対それです!」
気を失いそうなくらい青ざめたピートロは、自分を納得させることに努めている。
ところが、屋根を突き破って異形のドラゴンが城の上に降り立つともうそれでも堪えきれない様子で口から泡が吹き出ている。
一方でセレマリオンは異常な魔力に自分の出番を悟り、静かに蹲ったピートロの顔の前に、目を覆うように華奢な手をかざした。
「ピートロ殿。情報提供ありがとうございます、おやすみなさい」
ピートロの身体はかくんと力を失い後ろに倒れた。魔法で眠らされてしまった彼は、まるでベルトコンベアーに乗せられたようにどこにも当たらず引っかからず、階段をずるっと滑っていってシェルターに入っていった。そしてシェルター内に敷かれたふかふかのじゅうたんの上に到着すると、ひとりでに扉が閉まったのだった。
セレマリオンがオーデ邸から出ると、焦った様子のカジミール指揮下の兵士たちが手を振りながら走ってきた。
「教授殿~!どうか城に!隊長がお呼びしております!!!」
城の外を包囲していた軽装の兵士たちだった。それならばいっしょに城に連れ帰るよりも仕事を頼もう、とセレマリオンは一瞬のうちに考えた。
「わかりました。君たちは各シェルターを回ってクラーラナ・オーデがいるか調べてくれ。もし発見したら即座に拘束してもらいたい。でも周囲が何故か味方するならすぐ離れて監視してほしいな」
「へ?は、はい。了解しました!」
反発する様子のない兵士たちに、言っておいて首をかしげる。
「偉そうに命令したけれど、よく私なんかの言い分を聞いてくれるね?」
「昨日から丸々一日、延々と我々のため働き続けているのを見ておりますので」
「寝ていらっしゃらないご様子でしたが、大丈夫なのですか?」
逆に気を遣ってくる兵士たちに、まるで教え子たちみたいだ、と賢者は教師の顔で笑った。
「魔法が使えると睡眠とか食事とかある程度とらなくてもいいんだよ。だから大丈夫」
「そうなのですか……でもご無理はなさらず!」
非常時のために深入りはせず、兵士たちは散開する。そうは言ったが、多分クラーラナはどこのシェルターにもいないだろうな、とセレマリオンは感じていた。
向かうべき先、石造りの城には毒々しいドラゴンもどきがいる。異常な魔力は感じているだけで不愉快な気分に陥った。民間人なら呼吸もままならないだろう、早くどうにかしなければと強く決意を固め、足元に魔力を集めた。それにしても。
「ソラールを置いてきてよかった」
一方、レウカとハニーベルは、簡易砦の中にいる白い蛇を見つけたのだった。
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