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そのいずれもが石でできている・後


 デュノールは思いもしない登場の仕方をした息子を見て驚愕の表情を浮かべた。上手く呼吸ができず、何も言えない。時折喉から空気が抜けるような音がするくらいだった。

「野心の一つでも聞いてやろうかと思いきや、そんなことだったのか。こんな馬鹿どもに好き勝手させてしまったのか、俺は……」

 呆れを通り越して、逆に哀れみをたたえた彼の顔は、デュノールにとっては悪夢そのものだった。


「父上……!?」

「……ここまでボケてるのに、どうして誰もその石くれから引きずり降ろさない?」

 デュノールは自らの父に縋り付こうとしては兵士に抑えられ、自らが父だということを思い出す。

「わしから玉座を奪いに来たのか!?」

「いらん!そんな石の塊になんの価値がある!お前がまだ玉座に座っているというのならば、今すぐ海竜をどうにかしてみせろ!」


 自分が出した物よりも遥かに大きな声で叱責され、デュノールは肩を震わせた。それを見たコウジロウは、叱られた子供みたいだ、と感じた。大人になる機会を老人になるまで得られなかった男のように思えてきたのだ。

「……あ、あれを使えばあんなもの……!」


 ビカラとキノトが王の前に魔法陣を出現させた。合図を受けた兵士の一人が王の懐から箱を取り出し、その禍々しさに耐えながら魔法陣の真ん中にその箱を置いた。一瞬重たくなった空気がもとに戻っていく感覚を全員しっかりと感じていた。

 キノトがレイピアの切っ先で器用に箱を開けると、そこには青鈍色の結晶体が一つ入っている。


「これが調査隊の言っていたトロイとかいう異常魔力結晶か。……何をする気か知らんが、お前は使えない」

「なんだと?」

 ため息交じりのカジミールを、地面に膝を付けさせられた王は上目に睨むしかない。

「残り一つしかないなら使えない、お前を凡才たらしめる所以だ。危機を乗り越えた後の切り札の無い不安にお前は耐えられない」


 デュノールは父のように鋭く睨む息子から、恐怖のあまり目を逸らした。

「お前は自分の恐怖心に一生打ち勝てないままそこに蹲っていろ。その玉座をお前の棺だか墓石にしてやる!」


 物言いが、本当に父に似ている。優秀過ぎるが故に、息子には何も期待していない父に。

 お前は情緒不安定で、妄想癖があって、自他の境界が薄く、夢もヴィジョンも持ちえないから夢想家にもなれない。だからお前は王になってはならない。一介の兵士として過ごすのが、世界とお前にとって最善なのだ。安心しなさい、この国もお前も大丈夫だ。お前は良き妻を得て良き息子を授かった。二人はきっと私とは違って最後までお前の味方でいてくれるだろう。


 差し伸べてくれたその手を、お前が切り落とさない限りは。


 また”別の世界”に入り込んだ父を見てカジミールは兵士たちに「離してやれ」と命令した。 しかし、と言おうとして兵士はすぐにそれを撤回し、王を自由にした。

 デュノールはわなわなと怒りで震えながら箱に手を伸ばす。だが魔法陣の中央から動かしただけで感じる圧に怯えて、すぐにまた中央に戻してしまった。


 みんなからの圧力のある視線を感じ、汗が噴き出す。再び手を伸ばし、ひっこめる。それを何度か繰り返して、結局箱を手にすることすらできないままであった。


「う、うぅ……」

 王は魔法陣の外に、呻きながら這いつくばった。癇癪を起こしながら泣いている、その姿はバジルに彼本人にも説明できないような深い痛みを与えた。

 デュノールが何もできないことを悟ったキノトは静かに質問をする。


「海竜はこれを使えば倒せるのかい?」

 デュノールは泣きじゃくりながら首を振る。

「……わからない……でもトートが、そう、言っていた……」

「では海竜が出現した理由は帝国の仕業だとご存じで?」

「……なんだと?」

 顔を上げないまま、彼は問い返す。

 

「戦争中にすでに仕込みは終わっていたそうだが、おっとこれはモローも知らないか」

 玉座前に座り込んだまま、兵士に一応の治療を受けているモローもまた、驚きのあまり目を見開いていた。

「恐らく、海竜クラスのドラゴンをトロイで倒せるかどうかの実験をさせたいんだ」

 心当たりがあるのか、デュノールは反論もせずに蹲ったままだった。


「しかし砲撃なんかで倒せるんですかね」

「領海侵犯の際と同じだと芸が無いな」

「そこじゃあねぇっすよ」

「キノトお姉様、帝国に思うところは特に無いんですね」

「無い。美しくなければ文句は言うが、それだけだよ。踊らされなければこんな被害は出ていない。残念だけど招き入れた方に問題があるとしか言えないかな」


 三人がごくごく普通に会話をしている様子を見て、バジルは落ち着きを取り戻してきた。一方でデュノールはしくしくと泣き始めた。

「帝国が……海竜を……」

 カジミールは今日何度目かのため息をついた。

「デュノール王はもう無力だ。おい、また拘束しろ」


 兵士は再び王を拘束した。彼はさっきまでの抵抗を見せず、兵士たちにその身体をゆだねている。玉座から離されて再び身体検査を受けさせている間、キノトたちは魔法陣とトロイの箱を距離をとって見つめていた。

「あんまり近づきたくないです~」

「実際近寄らないほうがいい、魔力を座れるかもだ。教授が来るまでは僕と君の魔法で閉じ込めておこう。ところでこれ、教授に渡せば有効活用してもらえるかな?」


「前回収したやつは国会審議にかけてから処分を決定するって言ってましたけど、未だ結論出てないって話っすからね。二つカレンシアに揃うってどうなんでしょ」

「壊せればいいんだけど、環境に影響があったら困るからね。不完全さは成長する余白とは言うが、僕が今より更に素晴らしい人間だったらここですぐ結論を出せたものを」

 悩まし気に輝いてみせるキノトはそのまま魔法陣に近づいた。


 すると突然、座り込んだままだったモローがその手から一枚の札を取り出して近くの兵士に張り付けた。瞬間、それが爆発して兵士たちが吹き飛ぶ。そしてモローはその隙に魔法陣へと走り出した。

 突然のこととはいえ相手は老人だ。キノトは冷静にレイピアを抜くが、手が上手く動かない、と小さく眉をしかめた。一瞬さっきのあらかじめ魔法を込めてあった起爆札の効能かとも考えたがそういうこともでない。

 必死な老人を斬るのに躊躇われたのだ。


「危ない!」

 コウジロウはキノトの手を引いて抱き寄せた。モローの手にはもう一枚の起爆札が握られており、キノトはそれを完全に見逃していたのだ。

「す、すまない。待て、それを返せ!」

 止める間もなくモローは魔法陣に入り込み、トロイを飲み込んだ。


 その場の全員が呆気に取られた。爆発で吹き飛ばされた兵士は大した怪我もなかったようで、すぐに立ち上がりモローを捕まえようとするが、異様な行動を前にしり込みしている。

「これが本来の使い方だそうです。わ。私が、これで、海竜を倒します。この国を守ります。だから王よ、どうか、私を、認めてください……」


「吐かせろ!」

 すかさずのカジミールの号令に、足が止まっていた兵士数名がモローを取り押さえて吐かせようとするが、上手く行かない。

「駄目だ、彼の血中魔力と固着している!切開しても切り離せない、距離をとれ!」

 キノトの焦った声に兵士たちは上官の命を待たずに手を離した。カジミールもそれを否定することなく「散開して備えろ!」と重ねて言い放った。


 モローはその場でふらふらと、いや、ぐわんぐわんと身体を揺らしている。老人どころか人間の動きではない。頭だけを誰かに掴まれて振り回されているような動きに、ビカラとバジルは恐怖してキノトにしがみついた。

「カジミール王子……バジル王子……私はあなたがたが憎かった。あなたがたがいるだけで王は苦しんでおられた!その間ずっとあなたがたのことだけを考えておられた!」


 思わずカジミールの口から「は?」と苛立った声が漏れた。モローの口からは怨嗟と同時に、黒い靄が零れては落ちていく。まるでそれは毒のように、泥のように濃くなっては飛び散りまき散らされる。だというのに、彼は気にせずに薄くなった灰色の髪を搔きむしり、愛しい男の子供たちを睨みつけるばかりであった。


「私があなたを産みたかった……」


 つい後ずさりするカジミールだったが、それは結果的に正解だった。

 モローの身体が黒く発光して、膨大な魔力が彼の身体に集中した。そして顎が外れるほど大きく開いた口の中から、真っ黒い泥でできたような太い腕が一本出てきたのだった。


「退避!」


 隊長の命令に全員が瞬時に駆けだして、玉座の間から逃げだした。集積された魔力が体内で破裂してモローの身体が爆散する。その衝撃を壁で防いだカジミールは、途端に静かになった室内を窺い見る。


 玉座の正面に、それはいた。

 体高十メートルほどの、四つ足の黒いドラゴンだった。だが、関節の付き方や手足の形は、よく知る人間の形に酷似している。


 しいて言うならば牛の胴体に人間の肩から腕、股関節から足をくっつけて、支えるように四つん這いにさせている。そして不自然な長さの首の先には、大きすぎる大星型十二面体の頭がついている。首の先についているから便宜上頭だとしたが、角の多いトゲトゲした星型のそれが頭だとはカジミールには言い切れなかった。

 尾にあたる部分からは絶えず黒い靄が出ていて、それが拡散する前の集合体が揺らめく尾羽のように見えていた。表面は絶えずぬらぬらと蠢き、まるで瑪瑙のような模様を浮かべては消している。

 

「教授を呼んで来い!」


 最早反射的に叫んだ隊長の命令に、兵士たちは混乱した頭でも「はい!」と返事をして駆けだした。

 この世界にいてはいけないものだと彼は思った。それだけで十分だった。妻と、二人いる子供のために、これだけは絶対に倒さねばならない、そう考えた。


 表情どころか目も口も無いはずの大星型十二面体が、カジミールを見つけて嬉しそうに笑った気がした。



次は明日の20時以降に更新予定

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