そのいずれもが石でできている・前
静寂に包まれた城の窓から、王の嫡子バジルはぼんやりと海竜を見ていた。遠くから見てもドラゴンの大きさはわかるが、どこか現実感が薄いままのようであった。
「おぉバジル!何を感じておる?あのドラゴンと会話ができるのか!?」
息子の視線に気がついた王の問いに、バジルは怯えながら首をふる。すると彼にとっては見慣れた失望の眼差しを向けられてしまった。
「何故そこまでわしに似るのだ……」
絞り出すような呪いの言葉に、幼い王子は一生懸命返事をしようと考えた。
「お、お母様なら……」
「……ジアンカでは駄目なのだ。お前たちが契約を交わさねばならぬのだ。……どうして…………父さん、俺の何がいけないんだ、どうして剣を、王冠をくれないんだ」
バジルは、このところ父親がほとんど自分と会話していないことにようやく気がついた。とはいえ彼にどうすることもできず、黙って父親が自分を息子だと認識してくれるまで待つしかない。
「俺はドラゴンだって倒せた勇者なのに……!」
王が好き放題嘆いていると、静かな城に鎧で武装した兵士たちの足音が響き、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。
堂々と入ってきたのは甲冑の兵士たちだけではなく、キノトだった。それに追随するようにコウジロウがこそこそと入ってくる。
「ぐっもーにんデュノール王。お聞きしたいことがある」
「これはこれはキノト皇子!三日ぶりでございますな!」
バジルはころりと笑顔になった王と、さりげなく距離をとった。処世術と言う言葉すら知らない彼の処世術だった。
「……ますますやばくなってね?」と呟くコウジロウを肘で小突きながら、キノトは演技がかった振る舞いで問いかけた。
「モローに尋ねたいことがあるのです。どこにいるのでしょうか」
「奴のことなんぞ知らん!」
デュノールは彼の名が出た瞬間に不機嫌になった。老人同士の不仲にさしたる興味も無いキノトは「そうですか」とだけで流した。
「ではモローのことは他の者に任せておこう。王よ、灰洞港に忍ぶ鼠たちは全て駆除したんだ。だから後は飼い主だけなのです」
「……飼い主、だけ?」
にこりと笑顔で返事をしたキノトに、デュノールは疑いの眼差しを向ける。
「それはおかしい。あの鼠たちには餌をやる者も寝床を貸す者も群れを率いる者もいた。だから」
「だから、全部、駆除いたしました」
「……なんだと?トートは逃げおおせたはずであろう!?」
王の問いに、更にこの場から音が消えた。過ぎたる沈黙は耳に痛いというのをコウジロウは嫌と言うほど思い知った。
兵士たちが小さく「なんだと」「ふざけるなよ」と怒りを抑えきれない様子を見せている。
デュノールは自分の失言に呆然としているようだった。
「申し訳ない、カマなどかけずとも証拠があるのだけれども、ちょっと心を折っておく必要があったからね」
フラフラと玉座に座ろうとするデュノールなどおかまいなしにキノトは続けた。
「あなたは二十年よりも前、帝国と手を組み次々に帝国人を引き入れ、土地や人の魔力を献上した。銀竜殺しもトロイ作成もそれを用いたワジェンデイク近郊の竜退治も全て帝国主導の実験だ。彼らは常に様々なデータを欲しがっている。皇国と帝国は同盟関係にあるがうちとブルトーヌは無関係だからね。ブルトーヌ人の悪行は糾弾するとも」
王は軽口にもまるで反応しなかった。
「最初はモローや大貴族たちだと思っていた。だがある貴族はこの十五年間ずっとあなたのことを調査していてね、あらゆる証拠が揃っている」
「それは……デン夫妻であろう?だが」
どうやらワイヤンの両親が長年主君の言動を疑い調査していたことはデュノールも把握していたらしい。だからこそ襲撃を命じたのだろうとキノトは考えていた。
「トートが調べたんすよね?でも何も無かった、って報告されたんじゃないすか?あぁ図星っすね。実はグロッグがトートより早く回収していたんです。魔術なら氷を突破することも可能っすけど、もっと簡単に、魔法をかけた本人だっていともたやすく通れるので」
まだ兵士たちが起きている程度の夜のうちにそれらの資料を回収したグロッグは、それを猫空間に運び移し、カジミールとセレマリオンに見せていたのだ。
「グロウグスヴィル王子……何故……」
「何故も何も、彼がこんな非人道的な行為に加担するはずないだろうに」
「だがワジェンデイクが我らを手放したから帝国と手を組まねばならなくなったんだ!」
沈んでいると思いきや突然叫び出すデュノールは、どう見ても普通の状態ではない。
「津波の時期からして共同政権中に取引しないと」
「津波の後に!モローが帝国人たちを連れてきたんじゃ!これで父さんを倒せるって!俺を王にしてくれるって!古臭い北国を捨てて帝国と手を組み自由と尊厳を取り戻そうと!ドラゴンの支配も血筋だけのアホどもがのさばる社会も痩せた薄暗い世界の片隅の国も!自分たちで変えて行こうと」
癇癪を起こした若者のように、六十を超えたデュノールは地団太を踏んだ。
「自分たちで?筋が通ってないって気がつかないのかい?帝国の手を借り支配も仕組みもそのまま十数年。あなたが王になって何を為したというんだい?やりたいこともとくにないくせに何かやろうともがいているだけにしか見えないな。結局ずっと国を守ってくれていた優しい竜を殺しただけじゃないか」
「戦争に勝った!大国の姫を手に入れた!」
「手に入れた?どいつもこいつも物みたいに扱いやがって……」
コウジロウに睨まれ、王は委縮した。そして、何かに気がついたように愕然とした。
「……カレンシアにとって価値の無い役立たずを押し付けられたというのか?」
「なんでそうなるんだよ!」
「無能には無能がお似合いだと、そういう煽りだったのか?」
「ジアンカ王妃は類まれなる魔力をお持ちのお方だ。この部屋からも彼女の強大な力を感じられる。それもわからないくせによくも」
「…………バジル、お前は」
バジルはしっかりと首を振った。それを見たデュノールは激昂してバジルを捕まえようとするが、バジルの姿がふっと消えた。そしてキノトの後ろからビカラと共に出てきたのだった。
「あ、あぁ……なんとかできましたぁ!ざまーみろです!」
彼女たちの後ろの巨大な猫がにゃあん、と鳴いてすぐにその姿を消した。
「わしか?!俺のせいなのか!?父さんが平民なんかと結婚するから俺は……!カレンシアの姫を手に入れたのに、生まれた子供は全員出来損ない!どうして」
息子を捕まえることすらできずにデュノールが嘆いていると、もう耐えきれないといった様子でバジルが叫んだ。
「お母様のせいにしないでよ!強い子供が欲しいならカジミール様でいいじゃないか!でもカジミール様は嫌なんだよね!?強くてすごいから!なんだったらいいの?どんな僕だったらよかったの?お母様に似てたら捨てられるんでしょ!?もうわかんないよ!!!!」
息子の慟哭を聞き、父親は表情を無くした。ビカラは未だ初めての反抗に震えるバジルの手を握ってやる。以前の彼女ならそんな行動をとってやれなかったが、レウカのやり方を真似したのだ。効果があったようで、小さな小さな子供は少しだけ落ち着いたようだった。
「七歳の子供のほうがよっぽど賢いですぅ」
「こら、煽るんじゃない」とコウジロウに窘められ、「はぁい」と適当な返事をする。
「誰からカジミールのことを聞いた?」
それだけを訪ねる父に、バジルは何も言わない。
「わしは……わしは……」
憔悴したデュノールが懐から見覚えのある箱を取り出そうとした。
「させるか!」
刀を抜こうとすると、玉座裏の通路からモローが飛び出してきて射線を遮った。
「お待ちください陛下!それだけはいけません!」
そして兵士たちなど気にしない様子で王の腕を掴んだ。
「離せ役立たず!」
モローは殴られて転がった。六十の老人が七十の老人を殴りつけたショッキングなシーンだが、二人とも元軍人だったりするせいで若々しくてよかったとビカラは思っていた。思わずキノトにしがみついたりはしたが。
兵士たちはすかさず四人を守るように前に出て、じりじりと王を包囲する。
「お前の口車になど乗るのではなかった!貴様の言うことはいつもまやかしじゃ!子供の頃からそうだったよね!僕のため僕のためって言いながらいつだって自分のためだっただろ!?貴様が父上を殺すから一生俺は父さんに認めてもらえなくなったじゃないか!!!」
老人と子供と青年を行ったり来たりしながら喚くデュノールを、なんとか兵士たちが取りつく。ガタイの良い老王な上、精神不安定のせいでリミッターが外れているのかなかなか無力化できていない。
「あ、あなたが……デュノール様が……あの老人がいる限り、私と一緒になれないと」
床に倒れたままのモローは肩を震わせて打ちひしがれている。だがデュノールは彼を見て、心底不愉快そうに顔をしかめた。
「気色が悪い!断るための方便に決まっておろうが!父上は正しかった……!お前を大貴族に任命しなくてよかったわい!」
「そんな……」
モローが今にも泣きそうな声を出したところで、取り押さえるつもりではあるがどうしていいかわからない兵士たちが困惑し、リーダーに目線を向けた。
「そんなことで……」
未だキノトたちと共に控えていた一人の甲冑の兵士が、絞り出すようなため息をついた後、鎧兜を脱いだ。
顔を露わにした男は、カジミールであった。その身分を捨ててから初めてこの玉座の間に足を踏み入れた元王子は、より鋭利になった視線を元父親に向けたのだった。
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