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姉妹と父娘・後


「……どうして黙ってたの」

 パンフェルは父に尋ねた。父は沈痛な面持ちで俯いた。

「お前にこの国を嫌いになってほしくなくて」

「違うよ」と食い気味に彼女は否定した。

「みんな、それをもっと多くの人に言わなかったの?二年前の告発をみんなが信じた理由って、みんな本当は知ってたからなんだね?どうして集落のこととか毒のこととかは黙ったままだったの」


「ニーサみたいな集落の生き残りは社会保障を受けられないんだ」

「なんですって?」

 戻ってきたハニーベルが即座にキレた。彼女は自分の感情に正直だった。

「もう生き残りは十人程度だけど、法律でそう決まっている。カジミール様が何度陳情してても大貴族たちは知らんぷりだよ。……生き残った職人たちは自分含めて全員が身体のどこかを失ったり今も後遺症に悩まされているんだ……国からの援助がなくなったら、みんな」


「ニーサたちみたいになりたくないから、全員国がしたことを黙ってたってこと?」

「じゃあ彼女が避難しなかった心情も今更ながらちょっとわかっちまったな。旦那さんのことだけじゃなかったんだ。そもそも信じれないんだ、かつては避難させてもらえなかったわけだし」

「……ニーサ、シェルターに入れてもらえるかな……」

 パンフェルが自身の服をぎゅっと握り呟いた。


「待ってよ、そこからなの!?移民でもないブルトーヌ人なんでしょ!?」

「おまけに妊婦だし、流石に、ほら。兵士とかが止めたとしても周りの住民が」

 ガラクテアは燃え上がるハニーベルとシトロンを横目に首をかしげる。

「どうじゃろうな。お主ら人間は必要な区別と言い訳をしながら特定個人や団体を痛めつけることが好きじゃしの。病院には行けたのか?」


 パンフェルの父は大きなため息をつきながら首を振った。

「……表から入ると診察してもらえないから、裏からになります」

「は?」と三人の声が重なった。レウカは声も出ず、ガラクテアにいたっては当然のことのように驚きもしていなかった。

「では店にも入れんじゃろうな、公共施設にも立ち入り禁止じゃろ。あとはただ道を歩くと通行料をとられるとか?」


「そ、そこまでは……役所とかには入れませんでしたが」

「そこまでのことだろ。そういうことを戦後ずっと黙認してて、よくも娘にこの国を嫌いになってほしくないって言えるな」

「シトロン、今は控えて」

 レウカの制止でシトロンはぐっと堪えた。父親は自分のしていることの罪も十分に理解しているようで、反論もしない。ただ、娘を見ることはできなかったようで視線を外している。


「何度繰り返しても人間は同じことをするのぅ……じゃから妾のような唯一絶対の女王が管理することが肝要じゃというのに」

「それはどうだろ」とシトロンはそこだけはすぐに否定する。

「ぬ?」とガラクテアの眉間に皺が寄ったのとほぼ同時に、兵士たちのアナウンスが聞こえる。


「最後の馬車の時間です!まだ灰洞港に残っている方は速やかに……」


「行こうパンフェル。もう自分たちにできることはない……」

 様々な理由で憔悴する父に促され、静かに何かを考えていたパンフェルは顔を上げた。

「そうだね。でも、やらなきゃいけないことはある。というわけで!パパは避難してね!!!」

 叫ぶや否や、彼女は凄まじいスピードで走り出して、建物の影に隠れて見えなくなった。増築を繰り返した港付近は入り組んでいて細切れの細道が縦横無尽に広がっている。つまり、すぐに彼女の居場所はわからなくなってしまった。


「え!?」と父は娘を追おうとするが当然見失い立ち尽くした。

「北?隊長のところへ行ったのか?」

「海竜に話を聞きに行ったとは考えたくないのう」

「でもそれっぽい。父親には内緒な」

 ひそひそ話をしているシトロンたちを通り過ぎ、レウカはキリリとした表情で話しかける。


「お父様、娘さんは我々が保護します。どうか他の方々と馬車へ」

「しかし」

「この通りこちらにはドラゴン様もおられるのです」

 レウカはガラクテアを恭しく紹介した。大国の姫のふるまいと宙に浮かぶ珍妙な少女を見て彼はどこか気圧されるように頷いた。

「はい……お転婆な娘ですが、どうかよろしくお願いいたします……」


 どうにか彼や他の住民を全員馬車に乗らせた。無事出発した馬車を見送り、誰ともなく息をつく。

「後方勤務の兵士たちも撤収を始めたそうよ。あたしたちは?」

「ブルトーヌ軍との合流でしょうね。あちらにいるわ」

 通りの向こうに展開している兵士たちを見つけ、そちらへ行こうとしたところ、猫空間からエトロの声が聞こえてきた。

『シトロン、猫空間の電光掲示板とやらに文字が』


「どんなんだ?」

『教授様から。ちょっと隊長と一緒に王城に殴り込みしてくる。キノト君、コウジロウ君、ビカラ君も連れて行くよ、だって』

「マジかよ」

「逆に言うと俺はこっちに置いて行かれた」


 突然グロッグが話しかけてくる。すぐ近くにあった兵士たちの臨時拠点から出てきたグロッグとヒューエトスが、シトロンたちに合流したのだった。

「端的に言うとワイヤンの調査結果から色々分かったからデュノールと大貴族数名への聞き取り調査をするんだって。正午までには隊長と教授はこっちに戻ってくるってさ」


 それならどうせ脅迫と暴力が物を言うだろうからグロッグが適任なのでは、と言おうとしてやめた。シトロンは危機管理能力がずば抜けて優秀だったからだ。彼を連れて行かない理由があるのだろうと話を聞く姿勢を続けた。


「それまでは俺様たちで海竜の相手だ!わはははは!だが気にするな童ども!ここには俺様がいるからな!」

「不安」とハニーベルが素直に心境を打ち明けた。

「クレバーに守ってやる!!!好きなだけ震えていていいんだぜ!!!!」

「まぁまずドミクのところへ連れて行くよ」

 グロッグはふんぞり返るヒューエトスを無視して女子たちを案内し始めた。短い間に彼の扱い方を学習したようだった。


 一行は驚愕した。北埠頭地区、海竜のすぐ傍に簡易砦が建設されていたからだ。一夜城もかくや、という偉業に周囲の兵士たちはどこか誇らしげに姫たちを迎えている。

「姫様、魔防壁の準備はあらかた完了いたしました」

「ご苦労ドミク。それとみんなも」

 遠征隊の面々はレウカからの労いに喜んでいた。だがシトロンは、隅の方でへばっているロッコを見つけて哀れみとともにオモシロを感じてしまっていた。


「これである程度の津波と竜巻は止めれるわ。少なくとも兵士たちの退避時間は稼げるわね」

 砦に刻まれた魔方陣を確認してレウカは微笑んだ。

「そうそう、猫空間の収容人数は多くないからいざって時は君たちだけでも猫空間に入り、退避は猫ドラゴンに一任しなさいって」

とグロッグはみんなに説明した。恐らくセレマリオンからの伝言なのだろう。


「もしそういったことになりましたら、姫様、自分たちを置いていってください」

 ドミクははっきりと言い切った。部下の中には動揺する者もいれば、やっぱりそうか、と納得するような者もいた。

「そんなことには」

「最悪の事態にも備えねばなりません。いいですね姫様」


「えぇ……そうね……」

 レウカはやっと返事をした。元気をなくした主君を元気づけるためか、ドミクは明るい声で砦の説明をする。

「ちなみにこの砦ですが、教授が魔術で隠しているのです。原理はさっぱりですが、海竜の意識がこちらに向かないようにしているのだとか」


『はいは~い、わたくしにはわかるでございます!』とブーシュカが猫空間から話しかけてきた。『教授は海竜が辺りにばらまいている浸食の魔力を利用しています。つまり、海竜の魔力で覆って隠しているのです。薄力粉の上に小麦粉をかけているようなものでございます』

「あぁ、そりゃ見分けつかんな……」

「砲台はないのですか?」


「作ったとしてもろくな威力がでないからその分のリソースは全て防御に回せと」

「妥当ね。あら、この結界」

 砦に刻まれた魔法陣の一つをレウカは目に留めた。ほぼ同時にハニーベルもそれにこめられた魔力が誰の物か把握する。


「学生たちが手伝ってくれたものです。魔法に長けた騎士は数が限られていますから、彼女たちの力を借りたのです。とくにミネオラは浸食を再現した呪法陣が強くてですね、じわじわと海竜の魔法の威力を下げて行っているんです」

「デバフ得意って言ってたしな」とシトロンは街を歩いていた時の会話を思い出した。

「あの子が、これを……」

 ハニーベルは呪法陣を指でなぞり、妹がこれを刻むまでの日々を考えていた。


「正午前には戻るから、パンフェルを探しに行っていいか?」

 シトロンの提案を全員が了承した。

「わたくしには魔方陣の調整もできませんし、大人しく英気を養いますわ。お父様が守り救ったこの国を、わたくしもお救いしたいですもの」

 大人しく療養を選んだアナトに、ハニーベルは元気なく問いかけた。


「なんであんたは父親の話を素直に受け止められたの?何らかの企みによる嘘だったらどうする?」

 その問いにアナトはなんでもないように答えた。

「真実がそうだったのであれば、そう判明した時にそのように受け止めますわ。ですがそうなるまでは信じます。お父様ならそういったことをなさるでしょうから」

「父親を信じてるんだな」


「信頼と愛情に値する心をお父様は見せてくださった、それだけですわ」

「……あんたが素直な女っていうだけよ」

「確かにベルはご自分のせいで妹さんの真実が見えていないだけですわね」

 ここぞとマウントを取りに行ったアナトにも、ハニーベルは黙り込んでいた。それを見てアナトはつまらなさそうな、しかし優し気な微笑みを見せた。

「あら反論しない。これは重症ですわ、仕方ありません。わたくしが休む間、姫様のお傍を貸してさしあげます。おほほほほ!今だけですわよ!!!!おやすみなさい!!!」


「静かに休めや」

 シトロンのツッコミを受け止めてから、その場に猫の気配だけを残して彼女の姿は消えた。

「じゃあ行ってくる。お前もだガラちゃん」

「のじゃ~」と気を抜いていてガラクテアの腕をシトロンは引っ張り風船のように運ぶ。

「気を付けてね」


 二人と数名の兵士が出発したのを見送ってから、ハニーベルは大きなため息をついた。

「……ニーサが長年置かれている状況も知らず説教して、ミネオラが彼女だけの毎日で成長していることにも気づけず、認められない。あたし、こんなんじゃ騎士になるのに十年以上かかりそう」

「そう?七年くらいあればなんとかなるんじゃない?」

 ハニーベルはレウカの物言いに半笑いを浮かべた。


「そんなことないって言わないところ愛してるわ」

 その投げやりな態度が気に入ったのか、レウカはくすくすと笑った。

「本当は三年以内になれると思っているけれど」

「実力だけなら今すぐなれるわよ。だからこそ、パパも学校も試験を受けろと言わなかったのでしょうね。……大人って偉大だわ」

 ふふ、と再び笑ったレウカに、今度はつられてハニーベルも笑った。眉間に皺を寄せたままのぎこちないものだったが、どうしてか偉大な一歩のようにハニーベルには思えていた。



次は明日の20時以降に更新予定

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