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キャラメルラテ


ある日の放課後。


最後のチャイムが鳴ってしばらくすると、歌い手学科の教室には

優歌、金星、サニー、美恋の四人が残っていた。


美恋は机の上にスマートフォンを置き、何やら真剣な顔で画面を見つめている。


優歌は今日の授業で使ったプリントをまとめていた。


そして、サニーは――。


「おなかすいたー!」


教室中に響く声で叫んだ。


「……さっき購買でパン買って食べてなかった?」


美恋が顔を上げる。


「あれはお昼!」


「今、五時よ」


「放課後だから、もうおやつの時間!」


「都合のいい時計ね……」


サニーは笑いながら鞄を持ち上げた。


「ねえねえ、金星ちゃん!」


「ん?」


金星はノートを閉じた。


「今日、カフェ寄って帰らない?」


「カフェ?」


「うん!」


サニーが金星の机に近づいてくる。


「金星ちゃん、キャラメルラテ好きなんでしょ?」


「……よく覚えてたね」


「だって自己紹介で言ってたじゃん!」


「そうだったね」


「あたしも飲みたい!」


金星は少しだけ笑った。


「じゃあ、行く?」


「やったー!」


「……二人で?」


「うん!」


サニーは当然のように頷いた。


その様子を見ていた優歌が、


「いってらっしゃい」


と笑う。


美恋も、


「あたしは今日はいいわ。新作の服見たいし」


とスマートフォンに目を戻した。


「じゃあ、行ってきます」


「いってきまーす!」


二人は教室を出た。



* * *



校門を出る。


夕方の空は、昼間より少しだけ色が薄くなっていた。


サニーは歩きながら、楽しそうに話している。


「ねえ、金星ちゃんはいつも何頼むの?」


「なんだかんだ、やっぱりいつもキャラメルラテ頼んじゃう」


「ホット?」


「その日の気分かな」


「私はソフトクリーム追加しちゃおっかな〜!」


「寒くない?」


「大丈夫!」


「本当に?」


「うん!」


「……風邪引かないようにね」


「金星ちゃん、お母さんみたい!」


「え?」


金星が足を止める。


サニーも止まった。


「……あ、ごめん」


「なんで謝るの?」


「なんとなく……」


金星は少し考えてから笑った。


「別に、嫌じゃないよ」


「ほんと?」


「うん」


「じゃあ今日からお母さんって呼ぶね!」


「それは嫌」


「なんで!?」


「なんとなく」


「金星ちゃんの『なんとなく』厳しい!」


二人で笑う。



しばらく歩く。


サニーは、ふと金星の横顔を見た。


「金星ちゃんってさ」


「ん?」


「いつも誰かのこと気にしてるよね」


「そうかな?」


「うん」


「歩くの速くない?とか、寒くない?とか、忘れ物ない?とか」


「……そんなに言ってる?」


「言ってる」


サニーは指を一本ずつ折っていく。


「今日も優歌ちゃんがプリント落としたとき拾ってたし、美恋ちゃんが忘れてたペンも教えてあげてたし」


「……よく見てるね」


「私はね、人のこと見るの好きなの!」


「そうなんだ」


「うん!」


サニーは胸を張った。


「でも、金星ちゃんって自分のことはあんまり話さないよね」


金星の歩みが、ほんの少しだけ遅くなった。


「……そう?」


「うん」


「私、そんなに話してないかな」


「話してない」


サニーは即答した。


「料理が好きとか、プリンが好きとか、キャラメルラテが好きとか、好きなものは教えてくれたけど」


「……うん」


「でも、金星ちゃん自身のことは、あんまり知らない気がする」


金星は少し黙った。



夕方の道路を、二人の足音だけが続く。


「……サニーは?」


「え?」


「サニーは、自分のこといっぱい話すよね」


「そう?」


「うん」


「好きなものも、行きたい場所も、やってみたいことも」


「うん!」


「……怖いこととかは?」


サニーが一瞬だけ黙る。


「怖いこと?」


「うん」


「……あるよ」


「そうなんだ」


「あるある!」


サニーはいつものように笑った。


「怖いものいっぱいあるよ!」


「例えば?」


「……えーっと」


少し考えて。


「失敗するとか」


「うん」


「嫌われるとか」


「うん」


「みんなが楽しそうなのに、自分だけ楽しくないとか」


「……」


「あと、頑張ったのに全然ダメだったとき!」


サニーは笑った。


「そういうの、めっちゃ怖い!」


金星は少し驚いた。


「サニーでも、そういうこと考えるんだね」


「考えるよ!」


「……なんだか意外」


「ひどい!」


「ごめん」


二人はまた笑った。



* * *



しばらくして、カフェが見えてきた。


「着いたー!」


サニーが駆け出す。


「走らないで」


「はーい!」


店内に入ると、サニーはメニューを眺めながら悩み始めた。


「どうしよう……」


「ソフトクリーム追加するんじゃなかったの?」


「新作も気になる……」


「さっき決めてたじゃん」


金星は笑いながら自分の注文をする。


「私はキャラメルラテ」


「じゃあ、今日は私もキャラメルラテにする!」


「え?」


「うん!お揃い!」


「……じゃあ、今日は二人ともキャラメルラテだね」


二人は飲み物を受け取り、店の外へ出た。



* * *



近くのベンチに並んで座る。


金星はキャラメルラテを一口飲んだ。


「……おいしい」


「ほんとだ!」


サニーも嬉しそうに飲む。


「甘い!」


「うん」


「なんか安心する味だね」


「……そうかも」


二人の間に、少しだけ静かな時間が流れた。


サニーはカップを両手で持ったまま、空を見上げた。


「ねえ、金星ちゃん」


「ん?」


「金星ちゃんって、強いよね」


「……そうかな」


「うん」


サニーは迷わず答えた。


「いつも落ち着いてるし、何でもできるし」


「何でもはできないよ」


「できるよ」


「できないって」


「じゃあ、苦手なことある?」


金星は少し考えた。


「……人に頼ること」


サニーの笑顔が、少しだけ止まった。


「……そっか」


「うん」


金星はキャラメルラテを見つめる。


「私、自分でやったほうが早いって思っちゃうんだ」


「うん」


「誰かにお願いするくらいなら、自分でやったほうがいいって。迷惑をかけるのも嫌だし…」


「うん」


「だから……」


金星は小さく息を吐いた。


「一人でできるようになろうって、ずっと思ってた」



サニーは何も言わなかった。


ただ、隣に座っていた。


金星はその沈黙が、嫌ではなかった。


「でもね、最近、少しだけ分からなくなってきたの」


「何が?」


「一人でできることと、一人でやらなきゃいけないことって……同じじゃないのかもしれないって」


サニーが金星を見る。


「……どういうこと?」


「私、一人でできることなら、全部一人でやらなきゃいけないと思ってた」


「でも」


金星は少し笑った。


「今日みたいに、誰かと一緒に帰るのも……悪くないなって」


「……!」


サニーの顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ、また一緒に帰ろう!」


「うん」


「明日も!」


「毎日はちょっと……」


「えー!」


「冗談」


「もう!」


サニーが笑う。


金星も笑った。



* * *



「ねえ、金星ちゃん」


「ん?」


「私、金星ちゃんのこと、もっと知りたい」


金星は少し驚いた。


「……どうして?」


「だって友達だから!」


あまりにも簡単に言われて。


金星は一瞬、返事ができなかった。


「友達なら、もっといろんなこと知りたいじゃん」


「……そっか」


「うん!」


サニーは笑う。


「金星ちゃんが嬉しいことも、嫌なことも、好きなものも」


「……」


「一人になりたいときは、一人にするし」


「うん」


「誰かといたいときは、一緒にいる!」


「……サニー」


「なに?」


「サニーって……」


金星は少し考えてから言った。


「思ってたより、ずっと周りを見てるんだね」


「え?」


「いつも明るくて、何も考えてないように見えるから」


「ひどい!」


「ごめん」


「二回目!」


「でも、本当にそう思った」


サニーは少し照れたように笑った。


「……私ね。明るいの、好きなんだ」


「うん」


「笑ってるのも好きだし、みんなが笑ってるのも好き」


「うん」


「だから、楽しいときはちゃんと楽しくいたいの」


サニーはキャラメルラテを一口飲んだ。


「今しかできないことって、いっぱいあるから」


金星は黙って聞いていた。


「未来のこと考えるのも大事だけど」


「うん」


「失敗するかもしれないって考えて動けなくなるより、今できることをやりたい」


「……サニーらしいね」


「そう?」


「うん」


金星は笑った。


「私は、逆かもしれない」


「逆?」


「先のことを考えすぎる」


サニーは少しだけ考えた。



そして。



「じゃあ、ちょうどいいね」


「え?」


「金星ちゃんは私に『ちょっと先のこと』を教えて、

私は金星ちゃんに『今のこと』を教える!」


金星は思わず笑ってしまった。


「何それ」


「だって私たち、全然違うから!」


「……そうだね」


「だから、いいんじゃない?」


「うん」


金星は頷いた。


「そうかもしれない」



* * *



帰り道。


すっかり日が落ちかけていた。


サニーは隣を歩きながら、突然言った。


「ねえ、金星ちゃん!」


「うん?」


「今日、楽しかった?」


金星は少しだけ驚いた。


そして、ゆっくり笑う。


「……うん」


「ほんと?」


「うん。すごく」


「じゃあ、また行こうね!」


「うん」


「次は私がおすすめのお店教える!」


「いいね」


「知らない道歩くのもいいよ!」


「迷子にならない?」


「大丈夫!」


「その『大丈夫』はちょっと心配」


「なんで!?」


サニーが笑う。


金星も笑った。



二人の手には、飲み終わりかけのキャラメルラテ。


帰る場所は違う。


好きなものも、考え方も、性格も違う。


それでも。


今日少しだけ、お互いのことが分かった気がした。



これからも、分からないことがあれば、少しずつ知っていけばいい。



「金星ちゃん!」


「なに?」


「明日もキャラメルラテ飲む?」


「……毎日は飲まないよ」


「えー!」


「でも」


金星は少しだけ笑った。


「また一緒に行こう」


「うん!」


夕暮れの道に、サニーの明るい声が響いた。


その隣で。


金星も、いつもより少しだけ大きな声で笑った。


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