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りすねことパレットの秘密


月曜日、昼休み。


「ねえ、みんな。これ見て!」


優歌が鞄から取り出したのは、小さな紙袋だった。


「昨日、駅前に新しいお菓子屋さんができててね!」

「へえ、可愛い!」


サニーが身を乗り出す。


「何買ったの?」

「チョコレート! すっごく美味しかったから、先生にも差し入れしようと思って!」

「いいじゃない」

美恋が微笑む。


そのとき。


「よっ! 一年坊主どもー!」

教室の扉が勢いよく開いた。


「あ、りすねこ先輩!」

「おう! 何してんの?」

「先生への差し入れを買ってきたんです!」

「へえ、何?」

「チョコレートです!」

「……あー」

りすねこは紙袋を覗き込んだ。


「響先生、甘いの苦手だぞ」

「えっ!?」

優歌が目を丸くする。


「そうなんですか!?」

「うん。特にミルクチョコみたいな甘ったるいやつ」

「ええっ、知らなかった……!」

「ビターなら食うけどな。あとナッツ入ってるやつ」

「へえ……!」


優歌が感心している横で、美恋が箸を止めた。


「……先輩」

「ん?」

「なんでそんなに詳しいんですか?」

「え?」

「先生の好み」


「普通に知ってるだろ?」

りすねこは、何でもないことのように答えた。


「知りませんけど」

「…………」

「…………」

美恋がじっと見つめる。


りすねこも見つめ返す。

「……いや、ほら、付き合い長いし」

「そうなんですか?」

「まあ、うん」

「どのくらい?」

「…………」

りすねこは天井を見上げた。


「……結構?」

「結構って?」

「結構は結構だろ!」

「なんですかそれ」

美恋が呆れたように笑う。


りすねこは慌てて話題を変えた。

「と、とにかく! 渡すなら甘いの苦手かもって言っとけよ!」

「はい! ありがとうございます!」

「おう!」

そう言って、教室を出ていった。


その背中を見送りながら、美恋は小さく呟いた。

「……なんか変」

「え?」

「いや……先生のこと、妙に詳しいなって」

「でも、先輩だし。長い付き合いなのかも!」

「……そうね」


「結局、りすねこ先輩って何しに来たんだろー?」

サニーが、ふと思い出したように口を開く。


「…………」

四人は、顔を見合わせた。

「……確かに」


優歌が小さく笑う。

「まあ、いいんじゃない?」

美恋がそう言うと、サニーも「そっか!」と笑った。


そして四人は、何事もなかったかのように昼休みの続きを過ごした。


* * *


水曜日。

午後の授業が終わったあとのこと。


「じゃあ、今日はここまで!」

響が教卓の前で手を叩いた。


「お疲れさまでした!」

一年生たちが一斉に返事をする。


そのとき。


ガラッ。


「せんせー!」


教室の扉が開いた。

りすねこだった。


「ちょっといい?」


「ん? どうしたの」


「これ、忘れてただろ」

りすねこは、手に持っていた水筒を教卓に置いた。


「ああ! 探してたんだ。いやあ〜、助かるよ。ありがとう」


「助かるよ、じゃねえよ! ちゃんと自分で管理しろって!」


「はは、ごめんごめん」

「少しは反省しろ!!」


響もりすねこも楽しそうに笑った。


そのやり取りを、一年生四人がじっと見ていた。


「まあいいや。じゃあな!もう忘れんなよ!」

「はいはい。分かってるって」

「絶対だぞ!」

「……りすねこ」

「ん?」

「僕、一応先生なんだけど」

「…………」

りすねこが固まった。


一年生四人が、こちらを見ている。

「…………」

「…………」

「……あ」

りすねこは、ゆっくりと咳払いした。

「……えー」


そして。


「……よろしくお願いします、先生」


深々と頭を下げた。

響が吹き出した。


「ふふっ……急にどうしたの」

「うるせえ!!」

「ほら、また」

「……っ!」

 

りすねこは顔を真っ赤にした。


「……失礼しました!!」


そう言って、勢いよく教室を出ていった。


バタン!


サニーが、ぽつりと呟いた。


「……仲良しだね?」

「……そうね」

美恋が頷く。

優歌も首を傾げた。

「なんか……先生と先輩って、距離近いよね」

「もしかして幼なじみ!?」

美恋が考える。

「まあ、そういう可能性もあるけど……」

「でも、先生のほうが年上だよね?」

優歌が言う。

「年の離れた幼なじみって、あるのかな?」

「あるんじゃない?近所に住んでたとか!」


その横で、金星が静かに呟いた。

「……少し、不思議だよね」

「何が?」

「二人の話し方」


金星は教室の扉を見る。

「先生って、普段は誰に対しても柔らかい話し方をするでしょ」

「うん」

「でも、りすねこ先輩に対しては……」

少し考えて。

「……遠慮がない、というか」

美恋が頷いた。

「分かる」

「それに、先輩も先生にまったく緊張してない」

「確かに……」

優歌が頷く。


「なんか、親戚みたいだね」

「親戚!」

サニーが目を輝かせた。

「それもありそう!」


そのとき。


響が教卓の上の資料をまとめながら笑った。

「ふふっ、みんな何の話?」

「えっ!」

四人が一斉に振り返る。

「い、いえ!」

優歌が慌てる。

「なんでもないです!」

「そう?」

「はい!」

響は少し不思議そうに笑った。

「……まあ、仲がいいのは本当だよ」

「……!」

美恋が顔を上げる。

「先生、りすねこ先輩とは昔からのお知り合いなんですか?」

「うん」

響は頷いた。

「かなり昔からだね」

「へえ……!」

「……そうだなあ」

響は少し考えて。

「りすねこがまだ小さかった頃から知ってるよ」

「ええっ!?」

サニーが目を丸くした。

「そんな昔から!?」

「うん」

響はにこにこしている。

「昔から、あんな感じだったよ」

「そうなんですか!?」

「うん。元気で、いたずら好きで」

「わあ、想像できる!」

優歌が笑う。


「……まあ、長い付き合いだからね」


そのときは、誰も気づかなかった。

響が一度も、二人の関係を具体的に説明していないことに。


* * *


翌日の昼休み。


「……というわけで」


美恋が机の上にノートを広げた。

「ちょっと整理してみない?」

「何を?」

優歌が首を傾げる。

「響先生と、りすねこ先輩の関係」

「……え?」

「だって、気にならない?」

美恋はペンを持った。

「先生の好みを妙に詳しく知ってるし、昔からの知り合いらしいし、あの距離感」

「……確かに」

優歌が頷く。

「それに、最近よく二人で話してるよね」

「そうなのよ」

美恋が頷いた。

「この前も、放課後に二人で何か相談してたし」

「私も見た!」

サニーが手を上げる。

「昨日も職員室で話してたよ!」

「……やっぱり」


美恋はノートに何かを書いた。


『ひびき先生とりすねこ先輩の関係』


その下に、線を引く。


「……さて」

美恋が顔を上げた。

「何だと思う?」

「はい!!」

サニーが勢いよく手を上げる。

「はい、サニー」

「先生の弟子!!」

「……弟子?」

「そう!」

サニーは目を輝かせた。

「昔から先生に歌を教えてもらってて、すっごく仲良くなったとか!」

「……それは普通にありそうね」

美恋が頷く。

「先生、音楽活動もしてるし」

「でしょ!?」

「私も一ついい?」

優歌が手を上げる。

「どうぞ」

「昔から一緒に音楽活動してた、とか?師弟というよりは、お互いがその活動を手伝ってたのかも!」


「ああ!それもありそう!」

納得する様子のサニー。 

美恋も頷く。

「……なるほど」

 

美恋はノートに書き込んだ。


『① 師弟関係』

『② 昔からの音楽仲間』


「ほかには?」


そのとき。


「……一つ、いい?」


それまで静かに話を聞いていた金星が、口を開いた。

「ん?」

三人が振り返る。


金星は少し考えてから言った。


「……兄弟、という可能性は?」

「…………」


一瞬の沈黙。


そして。


「ええ〜!?」

サニーが声を上げた。

「それはないでしょ!」

「……どうして?」

金星が首を傾げる。

「だって!」

サニーは指を折りながら説明した。

「まず、全然似てない!」

「……うん」

「先生は大人っぽいし!」

「……うん」

「りすねこ先輩は、なんか……」

「……なんか?」

「……リスっぽい!」

「それは名前の問題じゃない?」

美恋が突っ込んだ。

優歌も笑う。

「でも、兄弟っていうのはちょっと意外かも」

「そう?」

金星が尋ねる。

「うん。だって、もし兄弟だったら……」

優歌は少し考えた。

「……普通に言いそうじゃない?」

「ああ、確かに」

美恋が頷いた。

「わざわざ隠す理由もないものね」

「……そうかな」

金星は静かに呟いた。

「でも、先生が学科を作った人だからこそ、言いにくいのかもしれないよ」

「……あ」

優歌が顔を上げる。

「確かに……!」

「先生の身内だって知られたら、特別扱いされてるって思われるかもしれないし」

「……なるほど」

美恋は少し考え込んだ。


「それはありそうね」

「でしょ?」


金星は小さく笑った。


「それに二人とも、困ったときに少し首を傾げる癖がある」

「……えっ!?」

サニーが目を丸くした。


「金星、そんなとこまで見てるの!?」

「……たまたま気づいただけ」


金星は微笑んだ。


美恋はノートを見つめた。


そして。


『③ 兄弟?』


その横に、小さく星印を書き足した。


「……まあ、候補には入れておきましょうか」


「なんか、探偵みたいだね!名探偵サニー!!」

サニーが立ち上がった。

「事件は必ず解決する!!」

「……声大きい」

美恋が呆れる。


そのとき。


ガラッ。


「よっ!」


教室の扉が開いた。


「お前ら、何してんの?」


りすねこだった。

「…………」

四人が一斉に固まった。

「……?」

りすねこが首を傾げる。


「……何?」

「な、なんでもないです!」


優歌が慌ててノートを閉じた。

「……?」

りすねこは不思議そうに四人を見る。

「……なんか怪しくね?」

「気のせいです!!」

サニーが即答した。


「……お、おう」


りすねこは少し引きながら頷いた。

そして。

「……まあいいや」


そう言って、空いている椅子に腰を下ろした。

「ところでさ」

「はい?」

「今日、響先生どこいるか知ってる?」

「…………」

四人の視線が、再び集まった。

りすねこは、まったく気づいていない。

「……?」

美恋が、ゆっくり口を開いた。

「……先輩」

「ん?」

「先生と、本当に仲いいんですね」

「……え?」

「よく一緒にいますよね」

「ああ」


りすねこは、何でもないことのように答えた。


「まあ、昔から知ってるしな」

「……どのくらい昔から?」

「……え?」

「何歳くらいからですか?」

「…………」

りすねこは少し考えた。

「……まあ、結構小さい頃から?」

「……へえ」

美恋が微笑む。

「……そうなんですね」

「……?」

りすねこは妙な違和感を覚えた。

「……なあ」

「はい?」

「……俺、なんか尋問されてる?」

「されてません!」

サニーが即答した。

「……いや、絶対されてるだろ」

「気のせいです!」

「……」

りすねこは、じっと四人を見た。

そして。

「……まあ、いいけど」

小さく呟いた。


そのとき。


金星が、静かに尋ねた。

「……先輩」

「ん?」

「先生とは、昔から家も近かったんですか?」

「…………」

りすねこの動きが止まった。

「…………え?」

金星は、いつも通りの穏やかな表情で続けた。

「幼なじみなら、ご近所だったのかなと思って」

「…………」

りすねこは数秒間黙った。


そして。


「……いや」

「……うん」

「……まあ、近所っちゃ近所……?」

「……そうなんだ」

「……うん」

「……」

「……」


妙な沈黙。


りすねこは、ゆっくり立ち上がった。


「……俺、ちょっと先生探してくるわ」

「はい!」

「……じゃ」

そう言って、教室を出ていった。


扉が閉まる。

 

「…………」


美恋が、ゆっくり金星を見た。


「……今の」

「……うん」

金星が頷く。

「……少し、怪しかったね」

優歌が目を丸くした。

「えっ!? もしかして本当に!?」

サニーが叫ぶ。

「えええ!? 兄弟説、浮上!?」


美恋はノートを開いた。


そして。


『③ 兄弟?』


その横の星印を、さらに大きくした。


* * *


金曜日、放課後。


「……あっ!」

優歌が昇降口で足を止めた。

「どうしたの?」

美恋が振り返る。

「課題ノート忘れた!」

「ええ?」

「教室に置いてきちゃったかも……!」

「もう、優歌ったら」

美恋が苦笑する。

「ごめん! すぐ取ってくる!」

「じゃあ、私たちも行くよ!」

サニーが笑う。

「ありがと!」

四人は再び校舎の中へ戻った。


夕方の廊下は、すっかり静かになっていた。

窓から差し込む西日が、床をオレンジ色に染めている。


「……あれ?」

階段を上がったところで、優歌が足を止めた。


「……何か聞こえない?」

「え?」


耳を澄ます。

廊下の向こう。

二年生の教室から、誰かの声が聞こえてきた。


「……だからさ!」

聞き覚えのある声。

「……りすねこ先輩?」

サニーが首を傾げる。

「……みたいね」

美恋が頷いた。

その直後。

「だから兄貴!!」

「…………」

四人が、ぴたりと止まった。

「……え?」

優歌が呟く。


続いて、もう一つの声。


「だから、ごめんって」

「……!」

美恋が目を見開いた。

「……先生?」

間違いない。

響の声だった。


「俺の黒歴史、勝手に見せんなって!!」

「いや、たまたま見つけたから」

「だからって!!」

「でも、あれは可愛かったよ」

「可愛くねえ!!」

「『兄貴みたいになりたい』って書いてあって――」

「うわああああああ!!」


四人は、顔を見合わせた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


優歌が、ゆっくり口を開いた。


「……今」

「……うん」

美恋が頷く。

「……兄貴って」

「……言ったね」

サニーが呟く。

「やっぱり……兄弟だったんだ」


そのとき。

教室の中から、再び声が聞こえた。


「……あ、そうだ」


響の声だった。


「律」

「……何?」

「今度、昔のアルバム持ってこようか?」

「絶対やめろ!!」

「えー、でもみんな喜ぶと思うよ?」

「何で一年坊主どもに俺の小さい頃の写真見せるんだよ!!」

「可愛いから?」

「兄貴ぃぃぃ!!」

「ふふっ」


廊下。

四人は、完全に固まっていた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


そして。


美恋が、小さく呟いた。


「……律?」

「……え?」

優歌が顔を上げる。

「……誰?」

サニーが首を傾げた。


金星が、静かに答える。

「……りすねこ先輩の、本名じゃないかな」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」



「ええええええええええええ!?」

サニーが叫んだ。


「……っ!?」


教室の中。

りすねこが、ぴたりと固まった。


「……今、誰かの声しなかった?」

「……え?」

響が首を傾げる。

「……廊下?」

「……」

りすねこは、ゆっくり扉へ向かった。


ガラッ。


「……おい」


「…………」


廊下には。


優歌。

美恋。

サニー。

金星。


四人が、綺麗に並んで立っていた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


りすねこは、数秒間黙った。


「…………お前ら」

「……はい」

優歌が小さく答える。

「……いつからいた?」

「…………」

美恋が、ゆっくり口を開いた。

「……兄貴、のあたりから」

「…………」


ピシャンッ!

りすねこは、静かに扉を閉めた。


沈黙。

教室の中から。


「……兄貴」

「……うん?」

「……終わった」

「……何が?」

「……全部」

「……?」


そして。


扉の向こうから、響の笑い声が聞こえてきた。


「……ふふっ」

「笑いごとじゃねえええええ!!」


* * *


「……というわけで」

美恋が、歌い手学科2年生の教室の机の上にノートを広げた。


「正式に確認させていただきます」

「…………」


りすねこは、椅子に座っていた。

その隣には、響。


向かいには、一年生四人。


「……なあ」

りすねこが小さく呟いた。


「これ、何の会議?」

「答え合わせです」

美恋が即答した。

「……答え合わせ?」

「はい」

美恋はノートを開いた。


そこには。


『ひびき先生とりすねこ先輩の関係』


そして。


『① 師弟関係』

『② 昔からの音楽仲間』

『③ 兄弟? ★★★』


「…………」


りすねこが、ゆっくり顔を上げた。


「……お前ら」

「はい?」

「……何やってんの?」

「推理です」

「推理!?」

「はい」

美恋は真剣な顔で頷いた。


「三日間、考察しました」

「三日間!?」

りすねこが叫ぶ。


「お前ら暇なの!?」

「失礼ですね!」

美恋がむっとする。


「ちゃんと授業も受けてます!」

「そういう問題じゃねえ!!」


響は、隣でくすくす笑っていた。


「ふふっ……面白いね」

「兄貴!!」

「うん?」

「笑ってねえで助けろ!!」

「いや、もうバレてるし」

「そうだけど!!」


美恋が、静かに口を開いた。

「……では」

「……」

「お二人は、兄弟なんですね?」

「…………」


りすねこは、深いため息をついた。


そして。


「……はい」

小さく頷いた。

「……兄弟です」


その瞬間。


「やっぱりーーー!!」

サニーが叫んだ。


「すごーーーい!!」

「何がすごいんだよ!!」

「だって!!」

サニーは、二人を交互に見た。

「全然似てない!!」

「そこかよ!!」

響が吹き出した。

「ふふっ……確かに」

「兄貴まで笑うな!!」


美恋が、じっと二人を見る。

「……でも」

「ん?」

「言われてみれば、目元はちょっと似てますね」

「あっ、本当だ!」

優歌が頷く。


「えっ、そう?」

響が笑う。

「僕たち、あんまり似てないって言われるんだけど」

「……まあ、兄貴のほうが背ぇ高いし」

りすねこがぼそっと言う。

「声質も違うし」

「そうだね」

「……なのになんで兄弟なんだろうな」

「そこ疑問に思うの?」

響が笑った。


すると。

サニーが突然手を上げた。

「はい!! 質問です!!」

「はい、サニー」

「先生!!」

「うん?」

「りすねこ先輩の本名って、律なんですか!?」

「……あ」

響が、少し驚いた顔をした。

「……そういえば、みんな知らなかったんだね」

「はい!!」

「うん。律だよ」

「……!」

優歌が目を輝かせる。

「わあ、かっこいい名前!」

サニーが笑う。

「……まあな」

りすねこは少し照れくさそうに頬をかいた。

「……普段はりすねこでいいけど」

「はい!」

そのとき。

金星が、静かに呟いた。

「……律先輩」

「…………」

りすねこが顔を上げる。

「……ん?」

「……うん。似合ってる」

金星が小さく笑う。

「……」

りすねこは、少しだけ目を逸らした。

「……そ、そうか?」

響が、にこにこと笑う。

「ふふっ、照れてる」

「そういうこと言うな!!」

「だって、照れてるでしょ?」

「照れてねえ!!」

「顔赤いよ?」

「うるせえ!!」

サニーが目を輝かせた。

「わあ!!本当に兄弟だ!!」

「だからそうだって言ってんだろ!!」


* * *


「……でも、先生」

優歌が、ふと首を傾げた。

「どうして今まで黙ってたんですか?」


「ああ……」

響は少し考えた。


「別に、隠すつもりはなかったんだけどね」

「そうなんですか?」

「うん。ただ……」

響は、りすねこをちらりと見る。


「僕がこの学科を作ったことは、みんな知ってるでしょ?」

四人が頷く。

「だから、律が僕の弟だって最初から知られていたら、変に気を遣われるかもしれないと思って」

「……あ」

優歌が小さく声を上げた。

「先生の弟だから特別扱いされてる、とか。そういうふうに見られるのは、律も嫌だろうしね」

りすねこは、少し照れくさそうに頬をかいた。

「……まあ、そういうこと」

「なるほど……」

金星が頷く。

「それなら、納得だね」

「でしょ?」

りすねこがほっとしたように笑う。


すると。

サニーが、再び手を上げた。

「はい!!」

「……嫌な予感する」

「先生!!」

「うん?」

「りすねこ先輩って、家でもあんな感じなんですか!?」

「おい!!」


響は少し考えた。

「……うーん」

「兄貴?」

「家だと、もうちょっと甘えん坊かな」

「兄貴ぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


「ええええええ!!」


サニーが目を輝かせた。

「甘えん坊!?」

「違う!! 違うから!!」

「へえ〜?」

美恋がにやりと笑う。

「先輩、意外ですね」

「美恋まで!!」

優歌が恐る恐る尋ねる。

「……例えば、どんな感じなんですか?」

「そうだなあ」

響は顎に手を当てた。

「昔は、僕が出かけようとすると、いつもついてきて――」

「やめろ!!!!」

「『兄貴、俺も行く!』って」

「やめろって!!!!」

「あと、僕が新しい曲を作ると、一番最初に聴きたがって――」

「もういいって!!」

「僕の部屋に勝手に入ってきて、ヘッドホンを奪って――」

「兄貴!!!!!!」


響は楽しそうに笑った。


「……懐かしいなあ」

「俺は懐かしくねえ!!」


一年生四人は、完全に盛り上がっていた。

「可愛い……!」

優歌が呟く。

「想像できる……!」

サニーが頷く。

金星は満足そうに言った。

「……いい話が聞けました」

「よくねえ!!!!」


* * *


謎が解け、満足した一年生陣が帰り、誰もいなくなった教室。


りすねこは、机に突っ伏していた。

「……最悪だ」

「ふふっ」

向かいの席で、響が笑う。

「そんなに嫌だった?」

「……嫌っていうか」

りすねこは顔を上げた。

「……なんか、恥ずい」

「そう?」

「そうだよ!」

「でも、みんな嬉しそうだったじゃない」

「……まあ、そうだけど」

りすねこは、少しだけ笑った。

「……変に気ぃ遣われるかと思ってた」

「うん」

「でも、全然そんなことなかったな」

「そうだね」

響は頷いた。

「……むしろ」

りすねこは、ため息をついた。

「……めちゃくちゃからかわれた」

「ふふっ」

「笑いごとじゃねえ!!」

「ごめんごめん」

響は笑いながら立ち上がった。

「……でも、よかったね」

「……何が?」

「みんな、律のことが好きなんだよ」

「…………」

りすねこは少しだけ黙った。

そして。

「……まあな」

小さく笑った。

「……俺も、あいつら好きだよ」

響は優しく微笑んだ。

「うん。知ってる」

少しだけ、静かな時間が流れた。


そのとき。


「……あ」

りすねこが顔を上げた。

「……兄貴」

「ん?」

「……そういや」

「何?」

「……俺の昔のアルバム、絶対見せんなよ」

「…………」

響が、ゆっくり目を逸らした。


「……あ」


「……あ?」


「……実は、さっきサニーに見せてほしいって頼まれちゃって」

「…………」

「……今度持ってくるって約束しちゃった」

「…………」

りすねこは、ゆっくり立ち上がった。

「……兄貴」

「……うん?」

「……今すぐ断れ」

「えー、でも」

「断れ!!!!」

「……ふふっ」

「笑ってんじゃねえええええ!!」


その声は。

放課後の校舎に、元気よく響き渡った。


* * *


――そして翌日。

歌い手学科の教室では。


「おはようございます! 兄貴先生!!」


サニーの声が響いた。

「おはよう、サニー」


響が笑う。


「……」

りすねこは、机に突っ伏した。


「……もうやだ、この学科」


でも。


その口元は、少しだけ笑っていた。


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