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白い歌い手


 入学してから、しばらく経った。


 最初は迷ってばかりだった校舎の廊下も、今では少しずつ覚えてきた。


 教室へ向かう道。


 売店への近道。


 日当たりのいい階段の踊り場。


 まだ知らない場所はたくさんあるけれど、優歌にとって天音芸術高等学校は、少しずつ馴染みのある場所になり始めていた。


 そんなある日の昼休み。


「ねえねえー!」


 教室の扉が勢いよく開いた。


 トイレに行っていたサニーが、弾むような足取りで戻ってくる。


「さっき、すごい人見かけた!」


「すごい人?」


 売店へ向かう準備をしていた優歌が首を傾げた。


「めちゃくちゃ背が高くて、めちゃくちゃかっこよくて! 女の子がいっぱい集まってた!」


「それだけ聞くと、芸能人みたいね」


 美恋が笑う。


「芸能人みたいじゃなくて、実際に有名な人なんじゃない?」


 金星が言った。


「そうなのかな!? でもね、周りの子たちが『ホワイト先輩だ!』って言ってた!」


 その名前に、金星が反応した。


「……ホワイト?」


「知ってるの?」


 優歌が尋ねる。


「名前だけなら。歌い手学科の二年生に、ホワイトっていう有名な歌い手がいるって聞いたことがある」


「へえー!」


 サニーの目が輝く。


「歌い手学科の先輩なんだ!」


「そんなに有名なの?」


 美恋が聞くと、金星は頷いた。


「かなり有名だと思う。歌手学科やアイドル学科からも、何度か声をかけられてるって聞いたよ」


「えっ!? ほかの学科からも?」


 優歌は驚いた。


 歌手学科もアイドル学科も、校内では華やかな存在として知られている。


 そんな学科から誘われるほどの人が、歌い手学科にいるなんて。


「それなのに、歌い手学科にいるんだ……」


「なんでだろうね?」


 サニーが首を傾げる。


「でも、ちょっと気になる!」


「何が?」


「ホワイト先輩!」


 サニーは楽しそうに笑った。


「同じ学科なら、いつか会えるよね?」


「まあ、そうね」


 美恋が答えた、そのときだった。


「いた!」


「ホワイト先輩!」


 廊下の向こうから、女子生徒たちの声が聞こえてきた。


「今日もかっこいい……!」


「えっ、どこどこ!?」


 サニーが勢いよく振り返る。


「あっ! ほら、あそこ!」


 優歌も廊下へ顔を向けた。


 人の流れの向こうに、ひときわ背の高い男子生徒がいた。


 白銀に近い、淡いアッシュ色の髪。


 窓から差し込む光を受けて、柔らかく透けるように見える。


 すらりと伸びた背筋。


 整った顔立ちに、青みがかった灰色の瞳。


 周囲の生徒たちより頭ひとつ分ほど高いその姿は、遠くからでもすぐに見つけられた。


「……すご」


 優歌は思わず呟いた。


 目立とうとしているわけではなさそうだった。


 むしろ、声をかけてくる生徒たちに一人ずつ丁寧に応じながら、ゆっくり廊下を歩いている。


「ホワイト先輩、今日の放課後って空いてますか?」


「ごめんね。今日はちょっと予定があって」


「そっかあ……」


「また今度、声かけてね」


 そう言って微笑むと、話しかけた女子生徒まで嬉しそうに笑った。


「うわああ……!」


 サニーが小さく声を上げる。


「めっちゃ王子様みたい!」


「ちょっと、サニー。聞こえるわよ」


 美恋が慌てて袖を引いた。


 けれど、遅かった。


 男子生徒がふと、こちらを向いた。


 青みがかった灰色の瞳と、目が合う。


「……!」


 優歌は思わず背筋を伸ばした。


 男子生徒は少しだけ目を細めると、ふっと柔らかく笑った。


 それから、周囲の生徒たちに軽く会釈し、廊下の向こうへ歩いていった。


「……今、こっち見たよね?」


 サニーが興奮気味に言う。


「見たわね」


 美恋も頷いた。


「……私たちのこと、知ってるのかな」


 優歌が呟く。


「どうだろう」


 金星が首を傾げた。


 すると、背後から聞き慣れた声がした。


「たぶん、知ってると思うぜ」


「えっ?」


 四人が振り返る。


 そこには、猫耳のついた薄茶色のニット帽を被った男子生徒が立っていた。


「りすねこ先輩!」


「よっ」


 りすねこは片手を上げた。


「お前ら、昼飯?」


「はい! 今から売店に行くところです!」


 サニーが答える。


「そっか。俺も行こうと思ってたんだよね」


 りすねこはそう言って、先ほどの男子生徒が消えていった方向へ目を向けた。


「……あの人、ホワイト先輩っていうんですか?」


 優歌が尋ねる。


「うん。二年のホワイト。俺と同じ学年」


「やっぱり!」


 サニーが嬉しそうに跳ねる。


「すごい人気でした!」


「まあ、あいつはなあ」


 りすねこは少しだけ苦笑した。


「どこ行っても目立つから」


「歌もすごく上手なんですか?」


 優歌が尋ねる。


 りすねこは一瞬、考えるように目を上げた。


「……上手いよ」


 そして、にっと笑う。


「めちゃくちゃな」


「やっぱり……!」


「声もいいし、歌い方も丁寧だし。あいつの歌、聴いたら分かると思う」


 優歌は、さっきの姿を思い出した。


 自分たちと同じ歌い手学科。


 けれど、すでに多くの人に知られ、憧れられている先輩。


 まだ入学したばかりの自分たちとは、ずいぶん遠いところにいるように感じた。


「……いつか、ちゃんと話してみたいな」


 優歌が呟く。


 すると、りすねこは意味ありげに笑った。


「まあ、そのうちな」


「……?」


「ほら、売店行くんだろ? 早くしないとパンなくなるぞ」


「あっ、そうだった!」


 サニーが慌てて駆け出す。


「待ってよ、サニー!」


 優歌たちは笑いながら、その背中を追いかけた。


     * * *


 その日の午後。


 次の授業へ向かうため、優歌たちは廊下を歩いていた。


 昼休みの賑わいが嘘のように、校舎は少し静かになっている。


 そのとき、後ろから女子生徒たちの話し声が聞こえてきた。


「ねえ、あの子たちって歌い手学科の一年なんだって」


「えっ、今年入った子たち?」


「そう。四人しかいないらしいよ」


 優歌は、思わず足を緩めた。


 自分たちのことだ。


「ホワイト先輩と同じ学科なんでしょ?」


「そうみたい」


「……なんか、意外じゃない?」


「何が?」


「もっと、すごい子たちが入ってくるのかと思ってた」


 優歌の胸が、わずかにざわついた。


「ホワイト先輩って、歌い手学科のエースみたいな存在じゃん?」


「うん」


「だから、後輩も有名な子ばっかりなのかなって」


「……普通の子たちだよね」


 笑い混じりの声が続く。


 優歌は、どう反応していいのか分からなかった。


 自分たちの歌を聴いたことがあるのだろうか。


 それとも、ただ見た目だけで話しているのだろうか。


「そもそも、ホワイト先輩があんな小さい学科にいるの、もったいなくない?」


「分かる。歌手学科でもアイドル学科でも、絶対やっていけるのに」


「それなのに、後輩が四人だけって……」


 その言葉に、美恋の眉がぴくりと動いた。


「……」


 サニーはさっきまでの笑顔を消し、黙って歩いている。


 金星も何も言わなかった。


「ホワイト先輩が卒業したら、あの学科どうなるんだろうね」


「さあ。続くのかな」


 優歌は唇を噛んだ。


 まだ何も知らない人たちに、そんなふうに言われたくなかった。


 けれど。


 自分たちがまだ何者でもないことも、事実だった。


 そのとき。


「ねえ、ちょっと」


 後ろから声がかかった。


 四人が振り返る。


 女子生徒たちが、こちらを見ていた。


「歌い手学科の一年生でしょ?」


「……はい」


 優歌が答える。


「やっぱり」


 一人の女子生徒が、四人を順番に見た。


「さっき、ホワイト先輩のこと見てたよね?」


「……え?」


「昼休み。廊下で」


 サニーが小さく頷いた。


「はい。すごく人気のある先輩だなって……」


「そうでしょ?」


 女子生徒は腕を組んだ。


「だから、あんまり気安く近づかないほうがいいと思うよ」


「……どうしてですか?」


 優歌が尋ねる。


「だって、ホワイト先輩ってすごく有名なんだよ?」


「それは……知ってますけど」


「同じ学科だからって、特別に仲がいいわけじゃないでしょ?」


 優歌は言葉に詰まった。


 確かに、まだ話したことすらない。


 けれど、それとこれとは別の話のはずだった。


「それに、あなたたちって、まだ活動も始めてないんでしょ?」


 別の女子生徒が言った。


「……はい」


「じゃあ、歌もまだ大したことないんじゃない?」


 その言葉に、サニーの表情が曇った。


「……そんなこと」


 何か言いかけたサニーを、金星が静かに制した。


 そして、相手を見つめる。


「私たちの歌、聴いたことある?」


「……ないけど」


「だったら、まだ分からないと思う」


 金星の声は穏やかだった。


 けれど、はっきりしていた。


 女子生徒は少しむっとした顔になる。


「でも、本当にすごい人なら、もう話題になってるんじゃない?」


「そうそう。ホワイト先輩みたいに」


 美恋が一歩前へ出た。


「……あのね」


 優歌は思わず美恋を見る。


「有名かどうかと、歌が上手いかどうかは別でしょ」


 美恋はきっぱりと言った。


「聴いたこともないのに決めつけるの、失礼じゃない?」


「……何それ」


 女子生徒の表情が険しくなる。


「別に、悪口言ってるわけじゃないんだけど」


「十分、失礼だと思うけど」


 美恋は視線を逸らさなかった。


 廊下の空気が、ぴんと張り詰める。


 優歌は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。


 言い返したい。


 自分たちだって、歌が好きでこの学科に入った。


 まだ何も成し遂げていないかもしれない。


 けれど、これから頑張ろうとしている。


 それを、知らない人に否定されたくなかった。


 なのに。


 うまく言葉が出てこない。


「……もういいじゃん」


 別の女子生徒が、面倒そうに言った。


「ホワイト先輩と同じ学科だからって、同じレベルだと思わなければいいだけでしょ」


 そして、優歌たちを見た。


「世界が違うんだから」


 その一言が、胸に刺さった。


 ――世界が違う。


 優歌は、昼休みに見たホワイトの姿を思い出した。


 大勢の生徒に囲まれ、自然に笑っていた先輩。


 りすねこが「めちゃくちゃ上手い」と言っていた先輩。


 確かに、今の自分とは違う。


 それは、分かっている。


 分かっているからこそ、苦しかった。


「……行こう」


 美恋が小さく言った。


 優歌は顔を上げる。


「こんなところで話してても、仕方ないわ」


 美恋はそう言って歩き出した。


 金星も、サニーも、そのあとに続く。


 優歌は一度だけ振り返り、すぐに前を向いた。


 廊下を歩き始めても、誰も口を開かなかった。


 さっきの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


 ――世界が違う。


 優歌は、そっと手を握りしめた。


 まだ、自分には何もない。


 そんなこと。


 自分自身が、一番よく分かっていた。


 だからこそ、あの言葉は痛かった。


     * * *


 放課後。


 歌い手学科の教室へ戻ると、りすねこがいた。


「おかえりー」


 いつものように、のんびりした声。


 机に腰かけ、スマートフォンを眺めている。


 優歌たちの顔を見ると、りすねこは少しだけ眉を上げた。


「……ん?」


 そして、首を傾げる。


「お前ら、どうした?」


「……別に」


 美恋が答える。


「いや、絶対なんかあっただろ」


 りすねこはスマートフォンをしまった。


「サニーまで静かじゃん」


「……私だって静かなときあるよ」


「いや、珍しいだろ」


「むう……」


 サニーが頬を膨らませる。


 そのやり取りに、優歌は少しだけ笑った。


 けれど、すぐに表情が戻ってしまう。


「……りすねこ先輩」


「ん?」


「ホワイト先輩って……」


「またホワイトの話?」


 りすねこは目を瞬かせた。


「今日、人気だなあいつ」


 優歌は少し迷ってから、午後の出来事を話した。


 廊下で聞こえてきた会話。


 歌い手学科の一年生は、普通の子ばかりだと言われたこと。


 ホワイト先輩には気安く近づかないほうがいいと言われたこと。


 そして――


「……世界が違うって、言われました」


 話し終えると、りすねこはしばらく黙っていた。


 いつものようにすぐ冗談を返してくると思っていた優歌は、少し意外に感じた。


「……そっか」


 りすねこは、ぽつりと呟いた。


 そして、机から降りる。


「じゃあ、今からホワイトに会いに行くか」


「……え?」


 優歌は目を丸くした。


「い、今からですか!?」


「うん」


「でも……」


「本人に聞いたほうが早いっしょ」


 りすねこは、いつもの調子で笑った。


「大丈夫。ホワイト、そんな怖い奴じゃないから」


「……そういう問題じゃ」


 美恋が何か言いかける。


 けれど、りすねこはすでに扉へ向かっていた。


「ほら、行くぞー」


「ええっ!?」


 四人は顔を見合わせた。


 そして、慌ててその背中を追いかけた。


     * * *


 校舎の裏手。


 建物の陰に沿って歩いた先に、小さなベンチがあった。


 昼休みの賑わいから離れた、静かな場所だった。


 そこに、一人の男子生徒が座っていた。


 白銀色の髪。


 長い脚。


 背筋を伸ばし、紙コップを片手に何かを読んでいる。


「ホワイトー」


 りすねこが声をかけた。


「あ、りすねこ」


 男子生徒が顔を上げる。


 そして、隣にいる四人に気づくと、柔らかく微笑んだ。


「あれ。一年生のみんなだよね?」


「……はい!」


 優歌は思わず背筋を伸ばした。


「こんにちは」


 ホワイトは読んでいたものを閉じ、立ち上がった。


 近くで見ると、やはり背が高い。


 優歌は自然と見上げる形になった。


「初めまして。ホワイトといいます」


「知ってます……!」


 サニーが思わず答える。


 ホワイトは一瞬きょとんとして、それから笑った。


「そっか。ありがとう」


 その笑顔は、昼休みに見たときと変わらず穏やかだった。


 けれど、こうして目の前にすると、不思議と緊張してしまう。


「……それで、どうしたの?」


 ホワイトがりすねこを見る。


「いや、ちょっとさ」


 りすねこは頭をかいた。


「こいつら、今日いろいろ言われたらしくて」


 そして、優歌たちのほうへ目を向ける。


「話してもいい?」


 優歌は少し迷ってから、頷いた。


「……はい」


 りすねこは、昼間の出来事を簡単に説明した。


 ホワイトと同じ学科にいること。


 実力が違うと言われたこと。


 気安く近づかないほうがいい、と言われたこと。


 ホワイトは口を挟まず、静かに聞いていた。


 やがて、話が終わる。


「……そっか」


 ホワイトは小さく息を吐いた。


「嫌な思いをしたね」


 その一言に、優歌は思わず顔を上げた。


「……はい」


 ホワイトは少し困ったように笑った。


「僕のことで、そんなふうに言われちゃったんだね」


「ホワイト先輩のせいじゃないです!」


 優歌は慌てて言った。


「うん。ありがとう」


 ホワイトは頷いた。


「でも、君たちが嫌な思いをしたことは、ちゃんと分かったよ」


 その声は、静かだった。


 無理に励まそうとするわけでもない。


 ただ、優歌たちの話を受け止めてくれているように感じた。


「……あの」


 優歌は、思い切って尋ねた。


「ホワイト先輩は……どうして歌い手学科にいるんですか?」


「ん?」


「歌手学科とか、アイドル学科からも誘われてるって聞いて……」


 優歌は言葉を探した。


「だから、その……」


「もっと大きな学科に行ったほうがいいんじゃないかって?」


 ホワイトが穏やかに言った。


 優歌は、申し訳なさそうに頷いた。


「……はい」


 ホワイトは少し考えるように空を見上げた。


 それから、笑った。


「僕が歌いたいのは、歌い手としての歌だからかな」


「……歌い手としての歌?」


「うん」


 ホワイトは頷いた。


「もちろん、歌手学科もアイドル学科も素敵だと思う。そこでしか学べないことも、たくさんあるしね」


 そして、四人を見る。


「でも僕は、自分で曲を選んで、自分の声で表現して、聴いてくれる人に届ける。その活動を、もっと深く学びたかったんだ」


 優歌は静かに耳を傾けた。


「だから、この学科を選んだ」


 ホワイトは少し笑った。


「人数が少ないことも、設備がまだ十分じゃないことも知ってたよ」


「……それでも?」


 美恋が尋ねる。


「うん」


 ホワイトは迷わず頷いた。


「それでも、ここがよかった」


 その言葉は、驚くほど自然だった。


 優歌は、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


「……でも」


 サニーが小さく口を開いた。


「私たち、まだ先輩みたいに有名じゃないし……」


 ホワイトはサニーを見た。


「うん」


「歌だって、まだまだだと思うし……」


「そうだね。これから、たくさん練習することになると思う」


 サニーは少しだけ目を伏せた。


 けれど、ホワイトは続けた。


「でも、それって当たり前のことじゃないかな」


「……え?」


「僕だって、最初から今みたいに歌えたわけじゃないよ」


 ホワイトは柔らかく笑った。


「音程を外したこともあるし、録音した自分の声が嫌で、何度も撮り直したこともある」


「……ホワイト先輩でも?」


 優歌が驚く。


「もちろん」


 ホワイトは頷いた。


「今だって、できないことはいっぱいあるよ」


 そして、少しだけ真剣な表情になる。


「経験や技術に差があるのは、仕方のないことだと思う」


 四人は黙って聞いていた。


「でも、それで誰かの価値が決まるわけじゃない」


 ホワイトは続けた。


「歌い手として先に活動しているからって、僕が君たちより偉いわけじゃないし」


 優歌は顔を上げた。


「君たちがこれからどんな歌を歌うのか、僕はまだ知らない」


 ホワイトは微笑んだ。


「だから、楽しみなんだ」


「……楽しみ?」


「うん」


 ホワイトは頷く。


「どんな声なのか。どんな曲が好きなのか。何を伝えたいのか」


 そして、四人を見渡した。


「同じ歌い手学科の後輩なんだから、いつか聴かせてほしいな」


 優歌は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


 ――同じ歌い手学科の後輩。


 その言葉が、嬉しかった。


「……はい!」


 優歌が答えると、サニーも顔を上げた。


「私も! 絶対聴いてほしい!」


「ふふ。楽しみにしてるね」


 ホワイトは笑った。


 その隣で、りすねこが腕を組む。


「ほらな?」


「……?」


「ホワイト、別に怖くないだろ?」


 サニーが勢いよく頷いた。


「全然怖くない!」


「でしょ」


「むしろ、めちゃくちゃ優しい!」


「……ありがとう」


 ホワイトが少し照れくさそうに笑う。


「でも、人気があるから怖いっていうのは、ちょっと不思議だね」


「だって、王子様みたいだったんだもん!」


 サニーが言う。


「王子様?」


 ホワイトが目を丸くした。


 りすねこが吹き出す。


「ぶはっ! お前、王子様だってよ!」


「ちょっと、りすねこ」


「いやー、似合ってんじゃん?」


「からかわないでよ」


 ホワイトは困ったように笑った。


 その様子が、昼休みに見た遠い存在とは少し違って見えた。


 優歌も、思わず笑ってしまう。


 昼休みに見たときは、まるで別の世界にいる人のように感じた。


 けれど今は、同じ学校に通う、一人の先輩だった。


     * * *


「そういえば」


 ホワイトが思い出したように言った。


「一年生って、今年は四人なんだよね?」


「はい」


 金星が答える。


「そっか。四人か」


 ホワイトは少し嬉しそうに笑った。


「僕たちの学年より、一人多いね」


「……え?」


 優歌が首を傾げる。


「二年生って、りすねこ先輩とホワイト先輩の二人じゃないんですか?」


「ううん。もう一人いるよ」


「えっ!?」


 サニーが目を輝かせた。


「誰ですか!?」


「今はライブで県外に行ってるから、学校にはいないんだけどね」


「ライブ……!」


 優歌は思わず呟いた。


「その人も、すごく有名なんですか?」


 美恋が尋ねる。


 ホワイトは楽しそうに笑った。


「うん。たぶん、みんなも名前を聞いたことがあると思うよ」


「ええーっ! 気になる!」


 サニーが身を乗り出す。


「今度、紹介するね」


「絶対ですよ!」


「ふふ。約束」


 ホワイトは笑った。


 すると、りすねこが口を開く。


「俺らの学年が三人で、今年が四人」


 ホワイトも頷いた。


「合わせて七人だね」


「……七人」


 優歌は小さく繰り返した。


 学校全体から見れば、決して多い人数ではない。


 ほかの学科には、一学年に何十人も生徒がいるところだってある。


 それに比べたら、歌い手学科は本当に小さな学科だ。


 けれど。


「僕、すごく嬉しかったんだ」


 ホワイトが言った。


「今年、一年生が四人も入ってきてくれて」


「……嬉しかった?」


 優歌が聞き返す。


「うん」


 ホワイトは頷いた。


「去年は三人だけだったからね。もちろん、少人数でも楽しかったけど」


 少しだけ目を細める。


「新しい人が入ってくると、それだけでできることが増えるんだよ」


「できること……」


「そう。歌える曲も増えるし、組める相手も増える。自分とは違う考え方にも出会える」


 ホワイトは四人を見渡した。


「だから、今年はどんな一年生が来るんだろうって、ずっと楽しみにしてた」


 優歌は、思わず隣の三人を見た。


 美恋。


 サニー。


 金星。


 まだ出会って、ほんの少ししか経っていない。


 それでも、すでに知っていることがたくさんある。


 美恋の繊細な歌声。


 サニーの明るく伸びやかな歌声。


 金星の、胸の奥に届くような歌声。


 そして、自分のギター。


 四人だけでも、あんなに違う音があった。


「……そっか」


 優歌は小さく呟いた。


 ホワイトが首を傾げる。


「ん?」


「私たち、四人しかいないって思ってたんです」


 優歌は少し恥ずかしそうに笑った。


「でも……四人もいる、って考えたら、なんだか嬉しくなりました」


 ホワイトは目を細めた。


「うん。僕もそう思うよ」


 その言葉に、美恋が小さく頷く。


「……私も」


「私も!」


 サニーが元気よく手を挙げた。


 金星も微笑む。


「うん。私もかな」


 ホワイトは、そんな四人を見て笑った。


「じゃあ、これから仲良くしようね」


「はい!」


 四人の返事が重なった。


 りすねこが、にっと笑う。


「よし。じゃあ今度、みんなで何か歌うか!」


「えっ!?」


 サニーが勢いよく振り返る。


「いいんですか!?」


「おう。楽しそうじゃん」


「やったー!」


 サニーが両手を上げる。


「ちょっと、まだ何も決まってないでしょ」


 美恋が笑う。


「でも、楽しみだね」


 金星が言った。


 優歌も大きく頷いた。


「はい!」


 その声は、昼休みよりずっと明るかった。


     * * *


 帰り道。


 優歌は、放課後の出来事を思い返していた。


 昼休みに見た、白い髪の先輩。


 大勢の生徒に囲まれ、遠い世界にいるように見えた人。


 その人が、同じ歌い手学科の後輩として、自分たちを迎えてくれた。


 まだ、歌を聴いてもらったわけではない。


 実力を認めてもらったわけでもない。


 それでも。


 ここにいていいのだと、思えた。


 優歌は空を見上げた。


 夕方の光が、校舎の窓を淡く染めている。


 歌い手学科は、まだ小さな学科だ。


 生徒も少ない。


 設備だって、十分とは言えない。


 けれど、歌いたいと思う人がいる。


 誰かの歌を聴きたいと思う人がいる。


 一緒に歌いたいと思う人がいる。


 それだけで、この場所には意味があるのかもしれない。


 優歌は、そっと笑った。


 自分たちは、まだ何者でもない。


 けれど。


 何者かになるために、ここにいる。


 小さな歌い手学科に、またひとつ、新しい色が加わった。

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