自己紹介
入学式の翌朝。
歌い手学科の教室には、昨日と同じ四人の新入生が集まっていた。
窓から差し込む春の日差しが、まだ新しい机の表面を照らしている。
教室の広さに対して、机はたった四つ。昨日はその少なさに驚いたものの、一晩経ってみると、どこか落ち着く空間にも思えた。
優歌は鞄から筆箱を取り出し、机の上に置いた。
隣では美恋がスマートフォンを眺め、金星はノートを開いている。サニーは朝から何やら楽しそうで、椅子に座ったまま小さく鼻歌を歌っていた。
まだ互いのことを、ほとんど知らない。
昨日は名前を交わし、一緒に屋上へ行って、少し話をしただけだ。
それでも、こうして同じ教室にいると、昨日より少しだけ距離が近くなった気がする。
「おはよー」
間延びした声とともに、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、担任の天音響だった。
今日も個性的な帽子を被り、左右でデザインの違うアームカバーを身につけている。
「おはようございます!」
優歌が挨拶すると、響は笑顔で手を振った。
「はい、おはよう。みんな揃ってるね」
教卓に資料を置き、チョークを手に取る。
黒板に大きく書かれたのは、たった四文字だった。
『自己紹介』
「さて。今日は改めて、自己紹介をしようか」
響が振り返る。
「昨日は入学式やら何やらで、ゆっくり話す時間もなかったからね。せっかく同じクラスになったんだし、お互いのことを知っておこう」
「……確かに」
美恋が頷いた。
「活動名とか、好きなものとか、普段どんなことをしてるのかとか。歌い手を目指した理由でもいいし、全然関係ない話でもいいよ」
響はチョークを置いた。
「ただし、話したくないことは話さなくて大丈夫。本名も、言いたくなければ言わなくていいからね」
「先生も?」
サニーが勢いよく手を挙げる。
「もちろん」
「じゃあ、先生から!」
「僕から!?」
響が目を丸くした。
「先生なんだから、見本見せてよ!」
「なるほど。確かに一理ある」
少し考えてから、響は黒板に自分の名前を書いた。
『天音 響』
「改めまして。本名は天音響。活動名は――」
そこで、わざとらしく間を置く。
「パレットです」
「やっぱり……!」
優歌の目が輝いた。
昨日、本人から聞いたばかりなのに、改めて名乗られると、まだ少し信じられない。
「本当に、あのパレットなんだ……」
「そうだよ。昨日も言ったでしょ?」
響は楽しそうに笑った。
「普段は歌い手として活動していて、今年も引き続き、この学科の担任を務めます」
「先生なのに、今も現役なんですね」
美恋が言う。
「うん。まだまだ歌いたいからね」
あまりにも自然な返事だった。
「この学校には、現役で活動しながら教えてる先生も結構いるよ。歌手学科にも、俳優学科にもね」
「へえ……」
優歌は感心した。
昨日、校内で見かけた生徒たちの姿を思い出す。
この学校では、教える側もまた、夢の続きを歩いているのかもしれない。
「趣味は、新しい音楽を探すこと。あとは帽子集めかな」
「帽子?」
優歌の視線が、響の頭へ向いた。
今日も少し変わったデザインの帽子を被っている。
「うん。これもお気に入り」
響は帽子のつばを軽く持ち上げた。
「先生、何個くらい持ってるんですか?」
サニーが尋ねる。
「えーっと……」
響は少し考えた。
「最後に数えたときは、三十個くらいだったかな」
「そんなに!?」
「でも、たぶん増えてる」
「数えてないんだ……」
美恋が呆れたように呟く。
教室に小さな笑い声が広がった。
「ほかに質問ある?」
「じゃあ、私から一つ」
金星が手を挙げた。
「先生が、最初に歌い手になろうと思った理由は?」
響は少しだけ考えた。
「自分で歌って、自分で発信するのが楽しかったから、かな」
「……それだけ?」
「うん。最初は本当に、それだけだったよ」
響は笑った。
「誰かに聴いてもらえるのも嬉しかったけど、何より、自分の好きな歌を自分のやり方で届けられるのが面白かった」
そして、四人を見渡す。
「歌い手って、決まった形がないでしょ? そこが好きなんだ」
優歌は小さく頷いた。
昨日、屋上で聞いた話を思い出す。
――誰かと同じ色になる必要はない。
あの言葉は、響自身が大切にしてきたことなのだろう。
「さて、僕の話はこれくらいにしておこうか」
響は手を叩いた。
「今日はみんなのことを知りたいからね」
教室を見回し、最初に美恋へ視線を向ける。
「じゃあ、美恋。お願いできる?」
「……私?」
美恋は少し驚いた顔をしたあと、席を立った。
* * *
ピンク色のツインテールを揺らしながら、美恋が黒板の前に立つ。
響からチョークを受け取り、丁寧な字で名前を書いた。
『美恋』
「活動名は、美恋。よろしくお願いします」
「よろしくー!」
サニーが元気よく返事をする。
「本名は?」
続けて尋ねると、美恋は少しだけ眉を寄せた。
「……秘密」
「ええーっ!」
サニーが大げさに驚く。
「なんで!?」
「別にいいでしょ」
美恋はそっぽを向いた。
「はいはい、そこまで」
響が穏やかに口を挟む。
「本名は無理に聞かなくていいよ。歌い手にとって、活動名も大切な名前だからね」
「……そうですけど」
美恋は少しだけ言いよどんだ。
それから、三人の顔を順番に見る。
優歌も金星も、続きを待っていた。
「……まあ、別に隠すほどのことでもないんだけど」
小さく息を吐く。
「本名は、西園寺美咲」
「……え?」
優歌は思わず聞き返した。
「西園寺?」
「うん」
美恋は、どこか気まずそうに頷く。
「もしかして、あの西園寺?」
サニーまで目を丸くした。
「……たぶん、その西園寺」
西園寺グループ。
国内でも広く知られる、大企業グループの名前だった。
優歌も、テレビのニュースや広告で何度か耳にしたことがある。
「じゃあ、美恋って……」
「お嬢様、って言いたいんでしょ」
美恋が先回りして言った。
「えっ、あ……」
「その呼び方、やめて」
いつもの強気な口調だったが、冗談を言っているようには聞こえなかった。
「学校では、普通に美恋って呼んでほしいの」
優歌は頷いた。
「うん。分かった」
「……ありがと」
美恋は小さく答えた。
その表情が少し和らいだところで、金星が尋ねる。
「じゃあ、美恋って名前には、何か意味があるの?」
「……それも秘密」
「秘密多いね」
金星が笑う。
「うるさい」
美恋はそっぽを向いた。
けれど、その口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、好きなものは?」
響が話題を変える。
「好きなもの……」
美恋は少し考えた。
「可愛いもの、かな」
「知ってる」
金星が即答する。
「なんでよ」
「昨日、休み時間にずっと服を見てたでしょ」
「ちょっ…見ないでよ!」
美恋の頬が、ぱっと赤くなった。
「えっ、どんな服?」
サニーが身を乗り出す。
「別に、普通の服!」
「絶対可愛いやつだ!」
「だから、普通だってば!」
教室に笑い声が広がる。
優歌もつられて笑った。
昨日は少し近寄りがたいと思っていた美恋が、今日は年相応の女の子に見える。
「ほかには?」
「……アクセサリーとか、甘いものとか」
「好きな食べ物は?」
「いちご」
即答だった。
「あと、紅茶」
「やっぱりお嬢様……」
「だから、その呼び方禁止!」
美恋が頬を膨らませる。
けれど今度は、本人も少し笑っていた。
優歌は思った。
美恋はきっと、可愛いものが大好きなのだ。
そして、たぶん。
自分が「西園寺美咲」として見られることは、あまり好きではない。
その理由までは、まだ分からなかった。
「……はい。以上」
美恋は少し照れたように言い、足早に席へ戻った。
* * *
「次、私!」
美恋が座るのとほとんど同時に、サニーが勢いよく手を挙げた。
「はい、どうぞ」
響が笑う。
「やった!」
黄色い髪を揺らしながら、サニーは教壇の前へ駆けていった。
「私はサニー! よろしくお願いします!」
黒板に大きく『サニー』と書く。
その文字まで、どこか元気いっぱいに見えた。
「本名は?」
美恋が尋ねる。
「秘密!」
「また!?」
優歌が思わず笑った。
「歌い手って、本名を言わない人が多いの?」
「別に、そんな決まりはないよ」
響が答える。
「活動名で呼んでほしい人もいるし、本名を公表している人もいる。それぞれだね」
「うそうそ!」
サニーが笑いながら両手を振った。
「本名は、橘まひる!」
「まひるちゃん!」
優歌が嬉しそうに呼ぶ。
「そう! でも、サニーって呼んでね!」
「どうしてサニーなの?」
金星が尋ねた。
「太陽!」
サニーは両手を大きく広げた。
「明るくて、元気で、みんなを照らせる人になりたいから!」
「なるほど……」
「あと、単純に響きが可愛かった!」
「そっちが本音じゃない?」
美恋がすかさず突っ込む。
「どっちも本音!」
サニーは悪びれずに笑った。
「好きなものは、歌! あと遊ぶこと! それから新作のお菓子!」
「食べるの好きなんだ」
「大好き!」
「趣味は?」
響が尋ねる。
「知らない道を歩くこと!」
「……知らない道?」
美恋が首を傾げた。
「うん! 曲を聴きながら歩いて、知らないお店を見つけたりするのが好き!」
「へえ……」
優歌は思わず笑った。
「サニーらしいね」
「でしょ!」
サニーは満足そうに頷いた。
「この前もね、知らない道を歩いてたら、すっごく可愛いパン屋さんを見つけたの!」
「へえ、いいじゃん」
金星が微笑む。
「でも、帰り道が分かんなくなっちゃって!」
「えっ!?」
「スマホの地図で帰った!」
「……迷子になってるじゃない」
美恋が呆れる。
「でも楽しかったよ!」
サニーは胸を張った。
その様子に、優歌はまた笑ってしまった。
きっとサニーは、知らない場所へ行くことを怖がらない。
何が待っているか分からないからこそ、楽しめるのだろう。
「はい! 以上です!」
サニーは元気よく頭を下げ、席へ戻った。
「……自己紹介なのに、なんか元気もらった」
優歌が呟く。
「えへへ!」
サニーは嬉しそうに笑った。
* * *
「じゃあ、次は私かな」
サニーの隣に座っていた金星が、自然に立ち上がった。
教壇へ向かう足取りは落ち着いていて、さっきまでの賑やかさが少しだけ静まる。
金星はチョークを持ち、黒板に名前を書いた。
『金星』
「活動名は、金星。本名は小宮星奈です」
「星奈ちゃん……」
サニーが嬉しそうに呟く。
「可愛い名前!」
「ありがとう」
金星は柔らかく笑った。
「金星っていう活動名も、綺麗だよね」
優歌が言う。
「どうしてその名前にしたの?」
金星は、ほんの少しだけ目を伏せた。
それまで迷いなく答えていた彼女が、初めて言葉を探すような表情を見せた。
「……大切な人につけてもらった名前なんだ」
「大切な人?」
サニーが聞き返す。
「うん」
金星は小さく頷いた。
その声は穏やかだった。
けれど、どこか遠い場所を思い出しているようにも聞こえた。
「すごく、気に入ってる」
それだけ言って、金星は微笑んだ。
優歌はそれ以上、尋ねなかった。
きっと、その名前には自分たちの知らない物語がある。
そんな気がした。
「じゃあ、好きなものは?」
響が穏やかに話題を変えた。
「好きなものは……」
金星は少し考えてから答えた。
「キャラメルラテ」
「えっ」
美恋が顔を上げる。
「意外」
「そう?」
「もっとブラックコーヒーとか飲んでそう」
「私、そんなに大人っぽく見える?」
「見える」
美恋が即答する。
「よく言われる」
金星は苦笑した。
「でも、甘いもの好きだよ」
「キャラメルラテ以外は?」
「プリン」
「かわいい……!」
サニーが目を輝かせた。
「なんか意外!」
「そんなに?」
金星は少し困ったように笑った。
優歌も、思わず微笑む。
落ち着いた雰囲気の金星が、甘いものを好きだというのは少し意外だった。
けれど、そういうところも素敵だと思った。
「趣味は?」
「料理かな。休みの日は、作り置きしたりしてる」
「えっ、料理できるの!?」
サニーが身を乗り出した。
「簡単なものならね」
「じゃあ、今度作ってー!」
「なんでそうなるの」
金星が笑う。
「でも……まあ、機会があったらね」
「やったー!」
サニーは両手を上げて喜んだ。
「すごい……」
優歌が感心する。
「金星ちゃんって、何でもできそうだね」
「そんなことないよ」
金星は少し照れたように笑った。
「苦手なことも、いっぱいあるから」
その言葉は何気ないものだった。
けれど優歌には、なぜか少しだけ心に残った。
何でもできそうに見える人にも、苦手なことがある。
当たり前のことなのに、言われるまで考えたことがなかった。
「……そっか」
優歌が頷くと、金星はもう一度微笑んだ。
「うん。だから、これからよろしくね」
* * *
「じゃあ、最後は――」
響が優歌を見る。
「優歌」
「あっ、はい!」
急に呼ばれて、優歌は慌てて立ち上がった。
三人の視線が集まる。
たった三人の前なのに、なぜか少し緊張した。
優歌は黒板の前に立ち、チョークを握る。
『優歌』
「えっと……活動名は、優歌です」
振り返り、続けた。
「本名は、桜井結花。よろしくお願いします」
「結花ちゃん!」
サニーが嬉しそうに呼ぶ。
「よろしくー!」
「う、うん。よろしく!」
優歌は少し照れながら笑った。
「好きなものは?」
美恋が尋ねる。
「歌はもちろん好きなんだけど……最近は、自分で作詞作曲することも好き」
「えっ、作詞作曲もするんだ」
金星が反応した。
「うん。まだ全然だけど」
「すごいじゃん」
「そんなことないよ。途中まで作って、そのままになってる曲もいっぱいあるし……」
優歌は恥ずかしそうに笑った。
「でも、自分で考えたメロディーが少しずつ形になっていくのが楽しくて」
話しているうちに、自然と声が弾んだ。
金星は興味深そうに頷いている。
「今度、聴かせてよ」
「えっ!? い、いつかね!」
「楽しみにしてる」
金星が微笑んだ。
「ほかには?」
響が尋ねる。
「えっと……人を見ること、かな」
「人を見る?」
美恋が首を傾げた。
「うん」
優歌は少し考える。
「楽しそうにしてる人とか、困ってる人とか。そういうのを見ると、なんとなく気になっちゃうっていうか……」
言いながら、自分でも少し変な答えだと思った。
「……変かな?」
「全然!」
サニーが即答する。
「優歌ちゃんらしい!」
「そうかな……?」
「うん! 昨日も、私が教室に入ってきたとき、すぐ話しかけてくれたし!」
「あれは、サニーがすごい勢いで入ってきたから……」
「えへへ!」
サニーが笑う。
美恋も、少しだけ口元を緩めていた。
「じゃあ、最後に一つ」
響が言った。
「優歌は、どうして歌い手になろうと思ったの?」
優歌は少しだけ黙った。
昨日、屋上で聞いた言葉が頭をよぎる。
――君たちは、なんで歌い手学科に来た?
あのときも、うまく答えられなかった。
「……まだ、ちゃんとは分からないです」
優歌は正直に答えた。
「歌うことは好きなんです。でも、どうして歌い手になりたいのかって聞かれたら……」
言葉を探しながら、三人を見る。
美恋は静かに聞いていた。
金星も、サニーも。
誰も急かさなかった。
「……まだ、答えられなくて」
優歌は少し恥ずかしそうに笑った。
「だから、この学校で見つけたいなって思ってます」
響は、そんな優歌を見て優しく微笑んだ。
「うん。それでいいと思うよ」
「……本当ですか?」
「もちろん」
響は頷いた。
「最初から全部分かってるなら、学ぶ必要なんてないでしょ?」
その言葉に、優歌は目を瞬かせた。
「……確かに」
「ここでいろんなことを知って、いろんな歌を聴いて。その中で、自分のやりたいことを見つけていけばいいんだよ」
優歌の胸が、少しだけ軽くなった。
「……はい!」
笑顔で答えると、響も嬉しそうに笑った。
「じゃあ、これで全員かな」
響が教室を見回した。
そのときだった。
ガラッ。
教室の扉が開いた。
「失礼しまーす」
全員が振り返る。
そこに立っていたのは、見覚えのある男の子だった。
「あっ!」
優歌が声を上げる。
「入学式の日に来た先輩!」
「お、覚えててくれたんだ」
男の子はにこっと笑った。
薄茶色の猫耳付きニット帽に、後ろで一つに結んだ明るい髪。鮮やかな緑色の瞳が、いたずらっぽく細められる。
「もちろんです!」
「そっか。ありがと」
男の子は教室に入り、四人に向かって軽く手を振った。
「改めまして。歌い手学科二年生の、りすねこです〜」
「りすねこ先輩?」
サニーが首を傾げる。
「うん。活動名」
「本名は?」
美恋が尋ねた。
りすねこは、にこにこしたまま首を横に振る。
「秘密です〜」
「ええーっ!?」
サニーが驚く。
「なんで!?」
「なんとなく?」
「なんとなく!?」
りすねこは楽しそうに笑った。
「まあ、そのうちね」
「絶対教えてくれないやつだ……」
美恋が呆れたように呟く。
そのやり取りを聞いていた響が、少しだけ笑った。
「りすねこ、ちょうどいいところに来たね」
「ん? 何してたの?」
「自己紹介」
「ああ、なるほど」
りすねこは黒板に並んだ四人の名前を見た。
「優歌、美恋、金星、サニー……ね」
一人ずつ顔を見て、にこっと笑う。
「よろしく、一年生」
「よろしくお願いします!」
四人の声が重なった。
「今年の一年は四人なんだな」
「そうなんです!」
サニーが元気よく答える。
「四人しかいないんですよ!」
「うん」
りすねこは笑った。
「でも、四人いれば十分だよ」
「……!」
優歌が顔を上げた。
「この学科、人数は少ないけどさ」
りすねこは、小さな教室を見回した。
「そのぶん、面白いこといっぱいできるから」
その言葉は、どこか自信に満ちていた。
優歌は思わず尋ねる。
「……例えば、どんなことですか?」
「ん?」
りすねこは少し考えた。
そして、いたずらっぽく笑った。
「それは、これからのお楽しみ」
「ええっ!」
サニーが声を上げる。
「気になるー!」
「ははっ。ま、焦らなくてもそのうち分かるよ」
りすねこは軽く手を振った。
「じゃ、俺はそろそろ行くね」
「もう行っちゃうんですか?」
優歌が尋ねる。
「うん。二年も授業あるからさ」
りすねこは教室の扉に手をかける。
「またね、一年生」
「はい!」
四人が手を振ると、りすねこは笑顔で廊下へ出ていった。
扉が閉まる。
少しだけ静かになった教室で、サニーがぽつりと呟いた。
「……なんか、楽しそうな先輩だね」
「うん」
優歌が頷く。
「話しやすそう」
「ちょっと変わってるけどね」
美恋が言う。
「……それは、確かに」
金星が笑った。
教室に、また小さな笑い声が広がる。
響はその様子を見て、満足そうに頷いた。
「さて。今日はみんなのことを、少し知れたかな」
優歌は黒板を見た。
そこには、四人の活動名が並んでいる。
美恋。
サニー。
金星。
優歌。
昨日までは、名前を知っているだけの相手だった。
けれど今日は、好きなものを知った。
笑ったときの顔を知った。
少し照れた表情も、言葉を選ぶときの沈黙も。
そして、名前の向こうには、まだ自分の知らないものがたくさんあるのだと知った。
「……ねえ」
優歌が小さく声をかける。
三人が振り返った。
「これから、もっといろんなこと知れたらいいね」
「うん!」
サニーが即答する。
「私、みんなの好きな曲とかも知りたい!」
「……それは、ちょっと気になるかも」
美恋が言う。
「私も」
金星が微笑んだ。
「どんな曲を聴くのかで、その人のことって少し分かる気がするし」
「……確かに!」
優歌の顔が明るくなる。
その会話を聞いていた響が、ふっと笑った。
「いいね。じゃあ、それ、今度の授業でやってみようか」
「えっ?」
「好きな曲を一曲選んで、どうしてその曲が好きなのか、話してもらうの」
「楽しそう!」
サニーが声を弾ませる。
「歌ってもいいですか!?」
「それはまた、今度のお楽しみ」
「えーっ!」
教室に笑い声が広がった。
優歌も笑いながら、もう一度黒板を見つめる。
四つの名前。
まだ出会って二日目。
知らないことのほうが、ずっと多い。
それでも、昨日より少しだけ、この教室が好きになっていた。
名前を知ること。
好きなものを知ること。
そして、いつか、その人の歌を知ること。
優歌は、次の授業が楽しみになった。




