ドッペルゲンガー?
あれから、平和な日々を送りながら大学生活を楽しんでいた。私は地方の芸術大生で、一日の大半をアトリエで過ごし、デッサンやクロッキーにいそ惜しんでいる。
夏休みに入っても、卒業制作を控えた四年生のために大学は解放されていた。私はアトリエに居座り、先輩とおしゃべりをしたり、気晴らしに絵を描いたりして過ごしていた。
「初音ちゃん、他の学科から機材を借りたんだけど重くて。一緒に運ぶの伝ってもらえる?」
安納先輩に頼まれ、二つ返事で頷いた。私の学科は共同作業が多いこともあり、助け合いは日常茶飯事だ。
少し離れた校舎へ二人で向かった。
機材を借りに行った景観設計の学科に着くと、見覚えのある姿が目に飛び込んできた。
(あれ……ハザマ様……?)
思わず息を呑む。スラリとしたシルエット、長めの前髪とすっきり短い襟足。声のトーンまで聞き覚えがあった。 ……けれど、様子がおかしい。あのハザマ様が、他の人と笑顔で愛想よく喋っているのだ。
私といた時は、無言で頷くだけだったのに!
込み上げる悔しさと怒りでじっと凝視していると、視線に気づいた彼が怪訝そうな表情で振り返った。
私は気を引き締め、「大人の対応」で挨拶をする。
「ご無沙汰しております。その節は、大変お世話になりました」
しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「申し訳ないけど、誰かと間違えてない? 君とは初対面だと思うけど」
「……っ!?」
絶句する私を見て、ハザマ様に激似の男はクスリと笑った。
「まあ、君みたいな可愛い子なら、一度会ったら絶対忘れないけどね」
サラリと言い放たれた軽薄な言葉に、毒気を抜かれる。(確かに……ハザマ様なら、こんなこと口が裂けても言わなさそう)
「実は、間違えられたのは初めてじゃないんだ。俺によく似た奴がいるらしくてさ。君もその男と会ったんだろ?」
「えっ……ええ、まあ……」
思いがけない返答にドギマギしていると、男は少し探るような目でこちらを見つめてきた。
「ねえ、君ってさ。室生家の家系の人?」
「え、あ……はい、そうです」
「ああ、なるほどね……」
男は何かを納得したように深く頷くと、フッと笑みを浮かべた。
「はっきり言っておくけど、俺はハザマとか呼ばれる奴じゃないから。あ、これから作業があるから、またね!」
軽やかな足取りで立ち去っていく背中を、私はただ呆然と見送るしかなかった。
「初音ちゃん、秀青さんに可愛いなんて言われちゃってさー! 羨ましい、嫉妬しちゃうな」
隣で機材を抱えた安納先輩が、からかうように肩を突ついてくる。
「いえ、あれは人違いをしてフリーズしていた私へのリップサービスですよ」
謙遜して否定したものの、悪い気はしなかった。
秀青という人は、コミュニケーション能力がとても高い人だ。ハザマ様とは正反対の。




