お臍
後日。全快の報告とお礼のため、私は本家の屋敷へと向かった。
前回の訪問時は身を削るような不調のさなかであったので、視界を彩る風景に目を向ける余白など微塵もなかった。
初夏の庭には紫陽花が咲き始め、薄青から紫へと移ろうグラデーションが濡れたように美しい。寸分の狂いもなく整えられた日本庭園は、澄んだ静寂と凛とした空気を湛えていた。
やがて、あの神棚のある間へ通される。
今回は、この家の絶対的な存在である「お役目様」との御目通りが叶った。
お役目様は齢七十を越えているというのに、背筋をピンと伸ばし、膝を崩すことなく上座に鎮座されていた。後ろで結われた長い髪は美しい白銀色を湛え、白い着物に鮮やかな紫の袴がよく映えている。
その厳かな佇まいとは対照的に、浮かべられた表情はどこまでも穏やかだった。
「わざわざ足を運ばせてしまって……すまなかったわね。この間は直接視てあげられなくて。あの子でも務まるかと思って任せてみたのだけれど」
穏やかなお声に、思わず深く頭を下げる。
「先日は本当にありがとうございました。ハザマ様のお陰で体調もすっかり元通りです。海外通販の件を見抜かれた時は本当に驚きましたし、まさか医師から処方された薬が悪化の原因だったとは思いもしませんでした……」
「初音は人より皮膚が薄いでしょう? だから亜鉛を吸収しやすかったのね。元々のアレルギー体質もあって、痒みの引き金となるものが体の表面に溢れ出してしまったみたい。……そうね、今日お風呂に入ったら、ふふ……お臍の中を覗いてごらんなさい」
お役目様は、秘密めいた含みのある微笑を唇に浮かべた。
「え、え? あ、はい……。あの、ハザマ様にも直接、御礼を申し上げたいのですが」
戸惑いながら尋ねると、彼女はふんわりと目を細めた。
「あの子なら、庭に面した縁側にいるわ。行ってらっしゃい。ただ、声をかけても反応が薄いかもしれないけれど、がっかりしないでね」
再び深く座礼を捧げ、控えていた執事の惟光さんの案内のもと、ハザマ様を探して廊下を進んだ。
やわらかな陽光が差し込む縁側に、ハザマ様はぽつりと腰を下ろし、ぼんやりと庭の青葉を眺めていた。
美しいその姿に胸をドキドキさせながら声をかける。
「ハザマ様、先日は誠にありがとうございました。お陰様で無事に全快いたしました」
私が頭を下げると、ハザマ様はわずかにこちらへ顔を向けた。そして「ああ、分かった」とでも言うように小さな動作でコクリと頷くと、何事もなかったかのように視線を庭の方へと戻してしまった。
(……お役目様の仰った通り、反応、薄っ!)
誰に対してもこの温度感なのだろうか? どうやら私という存在に一筋の興味もなさそうだった。
淡い期待を抱いていた分とてもがっかりして、その後は案内してくれた惟光さんに会釈を交わし、そのまま屋敷を後にした。
*****
その夜。入浴の折、お役目様の言葉を思い出して恐る恐る自分の腹部へ視線を落とした。
お臍の奥をそっと押し開いて覗き込むと、そこにはカビで黒ずんだ垢の塊がこびりついていた。
(お役目様が仰っていたのは、これのこと……!?)
日頃から綿棒で手入れはしていたはずなのに、こんな惨状を目にするのは生まれて初めてだった。
亜鉛の影響で細胞の新陳代謝が異常に活性化し、この異物を生み出していたなんて!
お役目様の恐ろしいほどの透視能力!鳥肌が立つと同時に――こんな惨状を見透かされていたという猛烈な恥ずかしさで、私は一人、お風呂場で顔から火が出そうになっていた。




