意図的な想い出作り
元気になって大学へ復帰すると、湖西君が心配そうに「何があったの?」と声をかけてきた。
「ん? なんでもないよ、心配しないで」
なるべく明るい声で答える。
湖西君は声を潜めながら
「月島さんさ……彫刻科のバールを勝手に持ち出して事件を起こしたから、警察に証拠物件として押収されたって噂になってるよ。彫刻科の助手がめちゃくちゃ怒ってた」
確かにバールは犯罪に使われることが多い。
ニュースでも「バールのようなもの」という言葉をよく耳にする。
そんな凶器になり得るものを無断で持ち出したのだから、彫刻科の助手さんも管理責任を問われて大変だったのだろう。
「そんな風に伝わってたんだ……でも、月島さんは暴力事件なんて起こしてないよ?」
「起こすような人じゃないから、余計に噂になってるんだよ」
困ったな……。せっかく秀青さんが黙っていてくれているのに、私が真相を話してしまったらすべてが無駄になってしまう。
どう言い訳しようか思案していると、秀青さんからLINEが入った。
『春休み、三泊で旅行しない?』
一瞬で胸が高鳴った。 これまで抱えていた不安や寂しさが、綺麗さっぱり吹き飛んでいくようだった。
***
まだ残雪の残る信州の山々は、息をのむほど美しかった。寝覚の床や、星空で有名な阿智村。心が洗われるような風光明媚な景色と、凛とした清々しい空気が身体を満たしていく。
大好きな人と過ごす時間はどこだって楽しいけれど、旅先で見る風景はいつも以上に特別に思えた。
ホテルで同じ部屋に泊まるのは、まるで新婚夫婦になった気分だった。
夜は愛を確かめ合うように何度も肌を重ね、満ち足りた気持ちで眠りにつく。今までの人生で、こんなに幸せな時間を過ごしたことはなかった。
たくさんの場所を訪れ、たくさんの写真を撮り、このかけがえのない瞬間をひとつひとつ記憶に焼き付けていく。
旅行最終日の夜。
ベッドの上で、秀青さんが私の手を包み込んだ。手のひらを指先でなぞったり、指を組んだり、優しく揉みほぐしたりしながら、静かに語りかけてくる。
「これから俺の身に何か起きたとしても、それは過去のツケが回ってきただけなんだ。自業自得の罰だから、誰も責めないでほしい」
「……こうやって、生徒に手を出すっていうタブーも犯したしね」
そう言って、秀青さんは私の甲にそっとキスをした。
「……急にどうしたの?」
突然の言葉に、訳が分からないまま問いかける。
「後悔しないように、いろんなところに行ったんだよ」
「やだ、まるで今生の別れみたいなこと言わないで……」
縁起でもないと遮ろうとすると、秀青さんは
「もう、寝ようか」と微笑み、部屋の灯りを消した。
そのまま繋いだ手から伝わる体温を感じながら、眠りについた。
あの夜の言葉が、本当はどんな意味を持っていたのか。
――それを知るのに、そう時間はかからなかった。




