風雲急
室生 初音: 地方の芸大生
湖西 尊: 初音の幼馴染。同じく芸大生
月島 秀青: 景観設計学科の助手
ハザマ様 =室生 透青
室生家の巫覡をしている。
安納栞 初音の先輩
則武千穂 初音の先輩
「初音ちゃん!」
急に安納先輩に呼び止められた。
「また機材運んでくれる?」
「大丈夫ですよ! どこの学科ですか?」
「環境設計学科」 その名前を聞いて一瞬だけ戸惑う。先輩は私の雰囲気を察してくれていた。
「研究室の中まで入らなくていいからさ、廊下のあたりまで運んでくれるだけで充分助かるよ」
環境設計学科のある棟を目指し、二人の先輩と並んで歩いた。もう一人の則武先輩が、探るような視線を向けてくる。
「そういえば初音ちゃん、月島さんと別れちゃったの? あんなに仲良かったのに」
「せめて別れる時にちゃんとした理由を言ってくれれば、すぐ諦められたんですけどね……。最初は結構引きずっちゃいました。でも、最近は元気なんですよ! すっごいインパクトのある人を見つけちゃって」
「えー? 立ち直りはやっ! で、その人やっぱりカッコいいの?」
「えぇ、秀青さんと同じくらいカッコいいんです」
安納先輩と則武先輩が口を揃え
「いいなー! どこで出会えるの〜? 私も出会いたい〜」
と大騒ぎしていると、すぐ後ろから声がした。
「室生さん、いまフリーなの? 月島さんとは別れたんだ?」
振り返ると、そこには湖西君が立っていた。端正な顔立ちに知的で繊細なフレームのメガネをかけた、少し神経質そうで真面目な同級生だ。
メガネの奥にある瞳が光を宿して私をじっと見つめた。普段は物静かな彼が、珍しく自分から会話に入ってきたことに少し驚く。
「うん、まぁね。今はフリーだよ(笑)」
私が冗談めかして笑うと、湖西君は一瞬だけ視線を泳がせる。かすかに息を呑む気配が伝わってきた。
「あ、それ……機材持ちますよ」
湖西君は私と視線を合わせないまま素早く距離を詰めると、先輩たちの手から自然な動作で荷物を受け取る。
「どこまで持っていけばいい?」
三人娘「ランスケー!」
環境設計の研究室の前まで来ると、ドアが開き、ちょうど秀青さんが出てきた。
不意の遭遇に、胸が跳ねる。
秀青さんは私たちを見つけると、はっとした表情を浮かべ、すぐに私のすぐ隣に立つ湖西君へと視線を移した。
湖西君は私の前に一歩踏み出すようにして立ち、秀青さんの視線を真っ向から受け止めている。
メガネの奥の目にかすかな対抗心を感じたのは、私の自意識過剰かもしれない……
「機材は、そっちの備品室。右側の隅に置いて、返却日と名前を書いておいて」
秀青さんは感情を交えず、淡々と指示を出した。 先輩たちがノートに名前を書いていると、秀青さんが低い声で言った。
「室生さん、後で話がある」
昔のように私を名前で呼んではくれない。よそよそしく苗字で呼ばれ、指定された場所に来るよう告げられた。
隣にいた湖西君の手が、荷物の取っ手を強く握り締め、指先が白くなっているのを私はまだ知らなかった。




