お役目 vs ハザマ
正体不明の霊に慰められながら生きながらえるという、情けない日常を送っていたある日のこと。
ネットで似たような体験談を調べてみると、どうやらその、いやらしい事をしてくる霊は「色情霊」と呼ばれるものらしいと知った。
そんな折、伯父の法要で本家へ行くことになった。気乗りがせず、両親に 「どうしても行かなきゃダメ?」と尋ねると、父から「行きたくない理由でもあるのか?」と問われ、私は言葉に詰まってしまった。
ハザマ様の手紙がきっかけで付き合い始めた秀青さんの様子がおかしくなったこと。
そして、あのいかがわしい霊の存在を知られたくないこと……。何しろ、あの方々にはすべてがお見通しなのだから、とても口には出せなかった。
返答に窮していると、母が毅然とした声で言った。
「初音の大学の奨学金の保証人、入学保証人にまでなってくださった方の法要なのよ? 行かないなんて許されません」
父も大きく頷いている。
(そうよね……自分のために尽力してくれた方の法要なんだから、行かなきゃダメよね)
私は喪服に袖を通しながら、気持ちを切り替えた。
法要が終わり、一息ついていると、執事の惟光さんに声をかけられた。
「初音様、お役目様がお話ししたいとおっしゃっております」
(ついに来た……!)
緊張で心臓が破裂しそうだ。だが、もう腹を括るしかない。私は覚悟を決めて、お役目様のもとへ向かった。
祭壇が祀られた厳かな部屋に通され、お役目様と対峙する。俯いたまま顔を上げられない私に、お役目様は穏やかでありながらも凛とした声をかけてくださった。
「初音、よく来ましたね。今日は勇気を振り絞って、よく顔を見せてくれました」
「とんでもございません……。本来なら進んで参列すべきでしたのに、私ったら……」
申し訳なさから反省の弁を述べる私に、お役目様は静かに言葉を続けた。
「人に言えない事情があることは承知しています。ですが、あの霊をあなた自身が拒否しなければ、いずれ大きな影響が出ますよ」
「影響……ですか?」
「『めくれ』ます」
「はい? めくれる……?」
聞き慣れない言葉に、思わず顔を上げた。一体どういう状態になってしまうのだろうか。
「あちらの世界に引きずり込まれ、見たくもないものが日常的に見えてしまい、普通の生活が送れなくなります」
絶句する私に、お役目様は淡々と告げた。
「私が一度引き剥がしたとしても、初音自身が拒否しない限り、あの霊は何度でもやってきますよ」
「そうだったのですか……。では、私がはっきりと拒否すれば、離れてくれるような聞き分けのある霊なのですか?」
私が尋ねると、お役目様は深く頷かれた。
気にかけてくださったお役目様に深々とお礼を述べ、私はその場を辞した。
しかし、両親の待つ部屋へ戻ろうとしたものの、屋敷が広すぎて迷子になってしまった。ぐるぐると屋敷の中を歩き回っていると、数ある部屋の一室から、お役目様とハザマ様が何やら話し込んでいる声が聞こえてきた。
「先ほど初音を説得しましたが、透青、お前のやっていることはすべてお見通しです。もうあの子から手を引きなさい」
お役目様の厳しい声に対し、ハザマ様が不敵に応じる。
「それは初音の意思ですか? 本人が求めているのなら仕方がないでしょう。仮に私が手を引いたところで、あの子はまた別のものを呼び寄せますよ」
何やら私を巡って、緊迫した議論が交わされているようだ。
(喧嘩をやめて! 私のために争わないで……)
頭の中で昔の歌謡曲のフレーズが浮かぶ。
(どうしよう、どうすればいいの……?)
必死に立ち尽くしていると、突然、鋭い二つの視線の気配が頭の中に直接突き刺さった。
(しまった、見つかった……!)
悟った次の瞬間。ふすまの向こうから、ハザマ様の低く通る声が響いた。
「初音、そこにいるんだろう?」




