最終話 恋し、愛し愛されて
写真屋さんになって腕を上げた淡雪。腕を上げて正社員となり、色々な現場をこなして自信をつけた。自信を持った淡雪と良助の日々は、優しく温かく過ぎていく。
あの感動の卒園式を経験して以降、淡雪はめきめき腕を上げた。水を得た魚とは、恐らくこのことを言うのだろう。半人前以下の状態で始まった写真館のスタッフ業務だったが、あっという間に1人前の腕前になり、勤め始めて2か月で正規雇用に切り替わった。
佐々木夫妻の写真館は、市内にある幼稚園や保育園、こども園や小学校と契約を結んでいる。繁忙期は本当に手が回らないくらい忙しく、残業することも少なくない。それでも淡雪は息切れすることなく仕事に励んだ。
働き過ぎじゃないかと良助は心配になることが多々あったが、淡雪は楽しそうに仕事をこなし、自信を持つきっかけにもなった。
写真館で働き始め、精神的な部分もかなり安定してきて減薬を開始。不安定になる日もあったけど、前ほど大きく精神的に崩れることはないまま、季節は春から夏になり、そして秋に移ろう。
夏には良助の誕生日がきて、避暑地へ旅行をしにいった。避暑地と入ってもすごく涼しいわけではなくて、少し涼しいと感じる程度。木々が太陽の下に枝葉を伸ばした、ホテルの庭を手を繋いで歩いた。淡雪はたくさん写真を撮って、たくさん笑って、人がいないのを確認して木漏れ日の下で軽いキスをする。
「幸せ。連れてきてくれてありがとう」
最初淡雪と出会ったときからは考えられないような、ものすごく輝く笑顔だった。
「俺も幸せだよ。一緒になってくれてありがとう」
淡雪につられて微笑む良助の笑顔も、今までの人生の中で一番輝いている。
良助とのドライブや旅行で撮った写真を収納する棚も購入して、旅行の後は写真の印刷やアルバムの整理を行うのがいつもの流れとして定着。綺麗な景色、あのときにしか撮れなかった背姿や笑顔、ぐっすり寝ている寝顔、やんちゃな変顔。印刷した写真がプリンターから出てくるごとに、2人で写真を覗き込んで、思い出を語り笑い合う。
季節がまた移ろって冬が来る頃、淡雪はまた写真コンクールで賞を取った。
クリスマスイブの夜。
たくさん晩ごはんを食べて、お風呂が溜まるまでの間ソファに2人並んで腰かけて、今年あったことを振り返った。年末まで待っていられない。今年はあまりに幸せだった。
仕事の話、旅行の話、これからなにがしたいか。どこに行きたい、なにが食べたいと話に花が咲く。
そして、淡雪はずっと気になって言ことを良助に問いかけた。
「良助さん、いつから俺のこと好きやったん?」
良助の腕を抱き込んで、ソファの上に膝を抱えて座って、足の間に良助の腕を挟みこんで。上目遣いで甘えながら、良助に問いかける。
淡雪が自分に恋してるこの瞬間の顔を見るのが、良助はすごく好きだ。自分にしか見せない淡雪の顔。あざとい。良助はちょろいおじさんなので、淡雪が俺だけのものになったことにないする優越感にどっぷりと浸る。
いい気になっているときの、良助のこの明らかなムフフという顔が、淡雪はものすごく好き。全然かっこよくないしスケベ丸出しの顔だから、すごく面白い。自分しか見ることがない顔だろうなと思うと、これはこれでカワイイと思う。
「気づいたら好きだった」
「それはずるい答え! 違う、もっと具体的にいつやったんかって」
「やだ。引かれたくない」
「絶対引かんから! なぁ教えて?」
2人だけの部屋で狭いソファに腰かけて、絡まり合って笑い合っていちゃつく。平和ではないか。そしてお互いちょっとムラムラする。
「淡雪が教えてくれたら話す」
こういう話ではよくある流れ。相手からいつ自分に惚れたか話させる。そしてそれを聞いてムラつく。おじさんになってこんなに元気になってしまって、良助は自分で自分が怖い。
「俺から? いいよ。最初に名前を呼んでくれたとき」
いともあっさり話されてしまった。しかも恋に落ちた瞬間さえも、淡雪はかわいい。
「そんな前から俺のこと好きだったの?」
なんて言っているが、良助はもっと前から淡雪のことが好きだった。
「実家でも職場でも、誰も俺の名前なんか呼んでくれんかったから。ものすごいドキィってなった。あのときから良助さんのこと好きでしょうがない」
人生のご褒美じゃないか。
無邪気に笑い、淡雪は良助にキスをせがむ。ちょっと恥ずかしかった。チョンと触れるだけのキスをして、またにっこり淡雪が微笑んだ。
「次、良助さんの番」
いつから自分のことを好きだったんだろうと、凄くドキドキする。本当は好きじゃなくて体目当てだったんじゃないかなんて、もう考えない。いつからか、そういうネガティブな思考は巡りにくくなった。
良助はちょっと恥ずかしそうに一度淡雪から視線をそらして、淡雪の左手薬指の指輪に視線を落とす。少し体を淡雪の方に向けて、淡雪の左手の指に自分の左手の指を絡めた。良助の左手薬指にも、淡雪と同じリングが入っている。
「淡雪を始めて家に連れて帰って、寝顔を見たとき。すごくきれいな寝顔だった。でももしかすると、淡雪と出会った瞬間恋に落ちたのかもしれない。じゃないと連れて帰らなかったと思う」
裸を見たときにムラムラッと来たなんて、言えるはずもない。でも連れて帰った時点でおそらくなんらか思う部分はあったんだろう。吊り橋効果で心拍数が上がっていたとしても、飲んだくれのゲロ男なんか連れて帰らない。はず。
「一目惚れ?」
本当に? と問いかける淡雪の目は、今日も輝いている。
「そうかもしれないね」
断言はしない。それが大人の狡さ。
「えー?」
「いいんだよ、今幸せなんだから」
また風呂がぬるくなってしまう。でも今日はクリスマスだから、なんて言い分けをして深いキスをして2人だけの快感に浸る。
年が明けて日常に戻り、良助と淡雪それぞれ仕事に勤しむ。
今度の旅行はどこに行こう。今日の晩ごはんはなんだろう。今日はどんな話をして夜過ごそうか。
日常の中に転がる幸福を探すのが、良助も淡雪も上手になった。
恋し、愛し愛されて。2人の間には、ずっと春のような温かな空気が漂い続ける。
3月の卒園式で淡雪はまたぐっしょり泣いて帰り、そして4月の入園式を迎える。
入園式にも写真屋さんのスタッフとして参加し、子どもたちと親御さんの写真をたくさん撮った。
どの園でも小学校でも、職員紹介のときに写真撮影スタッフの紹介がある。不審者として認識されないため、保護者や子どもたちに顔と名前を覚えてもらう意味合いを持っている。
「では、職員と写真屋さんの紹介をします」
入園式司会進行役の保育士の声で、職員が保護者と園児が座る椅子の前に横一列に並んだ。
教員の名前の紹介があり、名前を呼ばれた職員は一歩前に出て礼をする。
淡雪は今年で2年目。去年どうしたか思い出せずちょっと慌てていると、佐々木さんの奥さんがすぐに駆け寄ってきた。
「一番最後に名前呼ばれるから、礼をして、おめでとうございますって一言言えば大丈夫だからね!」
奥さんはすごく気を使ってくれて、元気を分けてくれる。トントンっと淡雪の肩を叩き、すぐに持ち場に戻っていった。
職員の紹介が終わり、写真屋さんの紹介に入る。最初に旦那さんの名前が呼ばれ、「入園、おめでとうございます」と声を張っていた。ああすればいい。大丈夫大丈夫と、淡雪は自分に言い聞かせる。
そして最後、淡雪の番になった。
「写真屋さんの、橘淡雪さん!」
去年まで四季だった苗字。あれから養子縁組の申請が通り、苗字が橘に代わった。
良助と同じ籍に入った。
実感するタイミングはたくさんあったけど、こうやって名前を呼ばれて子どもたちや保護者に紹介されたのは初めてだった。
嬉しくて嬉しくて、体の内側が震えた。
深く頭を下げて、顔を上げる。こちらを見ている子どもたちと保護者に、淡雪はニコリと微笑む。
「橘です! 入園、おめでとうございます!」
胸を張って堂々と、はっきりした声で述べた自分の苗字。むずがゆくて、でも誇らしくて嬉しくて。首からかけた入校証の名前も、"橘 淡雪"と書かれていた。
――今日の嬉しかったこと、このこと話そっ!
入園式が終わり仕事を終えて車を運転する道すがら、淡雪の心が躍る。
駐車場に車を停めたら、ちょうど良助の車も入ってきた。目が合い、車のガラス越しに手を振り合う。
良助の車が停まって、2人それぞれ車を降りて鍵をかけた。
「良助さん!」
スーツ姿の淡雪が、スーツ姿の良助に飛びついた。ここが駐車場でも、もう気にならない。それくらい嬉しい。
「おかえり、淡雪。今日はどうだった?」
元気な淡雪の笑顔。自分の胸の中からこちらを見上げてくる淡雪は、今日も特別カワイイ。
「ただいま! 今日入園式で、名前紹介されたんよ。橘淡雪さんって! もうなぁ、嬉しくって」
話しをしながら、2人で家に入っていく。
これからもきっと、毎日恋に落ちる。
これからもきっと、この人のことを愛し続ける。
そして愛され続けられるように、たくさん話しをしよう。
今日も明日も、これからも。死がふたりを分かつまで。
良助と同じ苗字になった。それを噛みしめたのは、やはり子どもたちとかかわりを持つ現場だった。これからもこの幸せが、とにかく長く続きますように。いろいろことがあるであろう人生を、2人は手を取り合って歩んでいく。
評価などいただけると嬉しいです。
活動報告に解説や裏話みたいなものを少し書いてます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!感謝感謝です!!
ラストにあとがきを公開します。もしお時間あれば、覗いていただけると嬉しいです。




