第22話 目に見える形で。気持ちを表して
良助の妹夫婦と初めて顔を合わせることになった淡雪。緊張に次ぐ緊張で空気が重くなる。その空気が一変したのは、飛び込んだまことの存在だった。
10月に入ってすぐ、良助は淡雪をつけれ妹夫婦の家に出向いた。正式に淡雪との交際を報告し、これからパートナーとして生きて行く報告をする。
妹夫婦の家に出向く車中、淡雪は緊張していた。
「は、反対されたら」
「されないよ」
喋り出したと思えば、切羽詰まったままなんともネガティブなことを言う。反対されないために、年明けから時間をかけて説得してきたのだ。今日だって頼むから淡雪が傷つくことだけは言わないでくれと、沙穂には頼み込んである。
最初こそ渋かった妹夫婦も、良助の熱に押し切られ、既に反対する気はない。交際や今後のことに関しては、2人に任せるというスタンス。淡雪には妹夫婦のことを何度も話したが、やはり恐怖というか緊張はぬぐい切れなかった。
当たり前と言えばそうだろう。今日淡雪は妹夫婦に初めて会う。緊張するなという方が無理な話。でも、今助手席で自分の手をギュッと握りしめて顔まで真っ青にしているのを見ると、そこまで緊張しなくれもと思わざるを得ない。
妹夫婦の家に到着して家に上がり良助が話をしている間、淡雪はあまりにも緊張しすぎてどこを見ていいかさえ分からず。ただじっと良助の隣に座り、どことなくうつ向いた状態。テーブルを挟んで妹夫婦と向き合って座っているが、あまりにも淡雪が緊張しすぎて空気が重くなるばかり。
自分のせいで空気が重いのが淡雪も分かっているので、更に縮こまってしまって可哀想でならない。
良助も妹夫婦も、なんとか淡雪の緊張をほぐしたいと思っているが、話しかけても「はい」と「そんな、俺なんて……」みたいな答えしか返ってこず。薬は効いている。それより大幅に緊張が勝っているのだろう。
これからのことだけ大まかに伝え、これから良好な関係を築けばいい。
話し合いの中でそういう流れになり始め、それはそれでせっかくこういった場を設けてもらったのにと淡雪から申し訳なさそうな雰囲気が立ち込める。
――家に帰ったら落ち込むかもなぁ
妹夫婦とちょっと浮ついた雑談をしながら、良助は若干苦く微笑んでそんなことを思っていた。
長居しても仕方がない。そろそろ帰りましょうかとなったときだった。
「ただいまー。あぁ~っ! 今日だったの、お兄さんが来る日って! なんで言ってくんないのさ!」
リビングに入るなり、まことが大騒ぎして淡雪のところに駆け寄った。まことの元気な声に押され、淡雪はびっくり。目を真ん丸にして、椅子に座ったまま自分の方に駆け込んできたまことを見上げた。
「パパとママから聞いたよ! おじちゃんのこと、末永くよろしくねお兄さん!」
正月のスーパー以来の再会だったが、淡雪はまことのことをしっかり覚えていた。まことの勢いに押されてぽかんとなり、すぐほろほろっと笑顔がこぼす。
「毎日良助さんには、お世話になりっぱなしです。良助さんにふさわしい人になれるように、少しずつやれることをやっていきたいと思ってます」
柔らかな笑顔で話す淡雪からは、幸せであることを隠しきれないほんわかとした幸福のオーラが、パーッと放たれていた。
――眩しい~……!
今の今まで緊張で固まっていたのが嘘のよう。妹夫婦は中年の枯れかけたときめきの心が潤うのを感じ、まことは「良きことだ!」と満足げに頷いた。
帰りの車中。緊張が抜けた淡雪の表情は、軽やかだった。
「緊張したけど、みんな優しい人やって良かった! 反対されると思ってた」
自分より圧倒的年上の妹夫婦との対面は、やはり緊張せざるを得なかった。でも一度面識を持っていて年齢の近いまことの登場で、一気に淡雪の緊張がほぐれた。まことには感謝しかない。
「反対してるなら、沙穂に市役所で資料を取ってきてほしいなんて頼まないよ」
説得に次ぐ説得で沙穂が味方になってくれたことで、沙穂の旦那もこの話を受け止めてくれたところはある。
「なんで妹さんに市役所のおつかい頼んだん? カーナビあるし、俺でもそれくらいできる。どっか行ったりせんのなんか、良助さんが一番よく分かってるやん」
仕事を辞めて、精神的に安定していた時期。頑張れば淡雪一人でも、市役所くらい行けたはず。どうして良助は市役所のおつかいを自分に頼まなかったのか、淡雪はずっと気になっていた。
「……笑わない?」
急に良助がちょっと遠慮がちに話始めて、淡雪は若干身構える。
「笑わんよ」
良助に限って、なにか重大な隠し事をしているからという理由ではないはず。そう信じ、淡雪は心臓の準備をして頷いた。
「前結婚したとき、俺が1人で婚姻届取りに行って2年で離婚した。結婚して、半年と経たず毎日喧嘩で。いい思い出がないまま離婚したんだよ。……俺が婚姻届取りに行って淡雪と喧嘩する未来を手繰り寄せちゃうかもと思うと怖かった。だから結婚生活が長く続いてる沙穂に、婚姻届を取りに行ってもらった」
変なジンクスみたいなものなのかもしれない。でもそうなるかもと思うと、絶対それは避けたかった。
なにも言わない淡雪の様子を伺うべく、赤信号で車を停めてちらっと横目で助手席に視線を送る。
淡雪はちょっと嬉しそうな顔をして、目の中に満天の星空を蓄えていた。淡雪と初めて出会った、単身赴任先の夜空の星にも劣らない輝き。良助の心臓は、瞬時に淡雪の目に引き込まれる。
「喧嘩しても仲直りして、ずっと一緒に仲良く歳取っていきたい。一緒にドライブ行って、いっぱい写真撮って、分厚いアルバムいっぱい作る。アルバム専用の棚を買う!」
淡雪が話した未来は、手が届く夢が詰まっていた。幸福な未来を信じることが出来なかった淡雪が夢見る未来は、決して絵空事ではない。
手が届く未来を夢見ているからこそ、一緒のその未来を掴みたいじゃないか。
「絶対叶えよう。約束する」
良助の優しいまなざしと声。淡雪にとってそれが、なによりの幸せ。嬉しくて嬉しくて、にっこり微笑んで良助の目を見て大きく一度頷いた。
淡雪の体調はやはり波があるものの、前ほど大幅なメンタルの暴落は見られなくなった。淡雪曰く、「表面に出してないだけで、酷いときはしっかり酷い」とのこと。頼ってくれてもいいけど、甘えてしまうとズルズル悪い方向に転がるらしい。そういうときは、隣に座って肩を抱いてと頼まれた。淡雪がそれを望むなら、いくらでも肩を抱く。
妹夫婦との顔合わせを終え、翌日には2人並んで婚姻届に名前を書いた。提出はできないけど、それでも書いたことに大きな意味がある。目に映る形で気持ちを表し、それを手元に置いておく。記入した婚姻届は封筒に入れて、大切なものを収納するための棚に仕舞った。
パートナーシップ協定と養子縁組の仕組みの違いだとかを2人で確認している時間も、目が合えばキスをする。
これがこのまま続けばいいと、前だったら思っただろう。続けばいいと希望を抱くのではなく、続けるような関係を継続することが重要なのだ。バツイチの良助は、その辺に詳しい。
経験を無駄にしてはならないし、もう淡雪以外の誰かなんて考えていない。おじさん一世一代の爆裂激重愛は、底知れないパワーを秘めている。表面では淡雪大好きくらいしか表現してないけど、本当はポケットに入れて毎日持ち歩きたいくらい淡雪のことが好きなのだ。キモくてもいい。問題なし。
少しずつ少しずつ、また2人で幸せを手のひらに乗せていく。
今度は零れ落ちないように。手の中の幸せだけでなく、ちゃんと相手の顔を見て日々を重ねる。
確実な幸せは、自分たちの手でしか作ることができない。相手を想い、自分の気持ちを伝える。
そんな2人に、転機が訪れようとしていた。
目に見える形で、お互いの気持ちを相手に示す。そうすることで得られる幸福感と安定感。それを胸に、淡雪の体調は少しずつ改善し始めて。2人はある転機を迎えることになる。
評価などいただけると嬉しいです。
活動報告に解説や裏話みたいなものを少し書いてます。




