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第14話 君と共に過ごす日々

引っ越しが終わり正月を経て、通常の生活に切り替わった。引っ越して初めて過ごす、2人の日常。そのすべてがとにかく幸福で仕方がない。

 

 年始の休みが明けて、良助は仕事に行く。それを淡雪が見送り、家のことをする。

 淡雪の家事スキルはかなり高く、掃除と洗濯はもちろん、ゴミの仕分けなんかもかなり細かに振る分けている。冷蔵庫がごった返すこともなく、作り置きをしてタッパーに料理名を書いたテープを貼っているので、取り出しの際も時間を取らない。

 ドラム式洗濯機のパッキン掃除など、細かなところまで目が行き届いているし、入念に掃除してくれるので今までのずさんな生活が正されていくのが良助の身に染みた。幸せすぎる。


 中でも幸せだと感じるのが、毎日弁当を持たせてくれること。今までコンビニ弁当だったのが、短期単身赴任以降弁当に切り替わったのを、会社の連中が見逃すわけがない。

「単身赴任で彼女作って同棲してるんだって?」「やるじゃないっすか!」と、同期や後輩から結構からかわれる。それを嫌な感じに受け取らず素直にスッと飲みこめるけど、彼女じゃないことだけはまだ言えず。無理に公言することもないだろうと、良助は思った。


 家に帰れば、淡雪がいる。

 家で待ってれば、良助が帰ってくる。

 これほどの幸福はない。

 朝ごはんと晩ごはんを一緒に食べて、2人並んでテレビを観て。数日おきに体を重ねる。充実した毎日という言葉を、良助も淡雪も、人生において初めて実感したような感覚だった。


 淡雪のメンタルクリニックは、車で片道20分かかる、少し離れた場所にある。前通っていたメンタルクリニックから病状の説明などを記載した手紙を預かっており、それを病院に提出して今のメンタルクリニックに通院し、療養に専念する日々。

 田舎なので、病院は少ない。ここか、あそこか。それがだめなら市民病院で、そこでもダメだったら大学病院という流れになる。淡雪の鬱は決して軽度ではなく、希死念慮も湧きがち。そのため、まずはゆっくり静養するようにと医師から指示されていた。


 良助が仕事に出た後、淡雪は電気代節約のためすぐにテレビとエアコンを消す。自分がいなかった頃に発生する出費を出したくない。本当は水も飲まなくていいし食事もしなくて大丈夫だけど、それをやると良助から叱られてしまう。

「水分ちゃんと摂ってね。お湯出してお茶飲んで、お昼は作り置きと炊飯器に入ってるごはん食べて。食べるのは約束だよ! 寒かったらこたつに入って、眠かったらベッドで寝る。作るのきつかったら、ごはんは食べに行けばいい。出かけるときは、一言連絡入れてくれると嬉しい」

過保護すぎないかと思えるくらい、凄く気を使ってくれる。ちゃんとごはんを食べると褒めてくれるし、好きだと気持ちを伝えるとキスしてもらえる。こんな幸福があっていいのかと、淡雪は怖くなるくらいの幸福を浴び続けた。


 休みの日には、よくドライブに行く。淡雪はカメラを持って、良助は景色がきれいなところに車を飛ばす。ドライブは良助の趣味。その先で写真を撮るのは、淡雪の趣味。それぞれの趣味を楽しみつつ共有する。出先で食べるものを半分こにするのも、お揃いのキーホルダーを買うのも、全部全部楽しい。


 ドライブに行った日の晩ごはんの後、お風呂が溜まるまでの時間は、いつも淡雪が撮った写真を見る。それが良助の楽しみ。

「よく撮れてる! 才能あるよ。すごいなぁ」

淡雪が撮る写真は、風景だったり良助の背姿だったり、笑顔だったり。どれも光り輝いているし、あのときのあの場面でよくこんなきれいにその瞬間を切り取れるなと感心するようなものばかりだった。

 ソファに座って一眼レフの画面を覗きながら、自分が撮った写真を褒めちぎる良助。淡雪はこの瞬間毎回ムズムズする。嬉しいけど、そんなに褒めちぎるほどのものではない。

「褒めすぎやって」

良助は、純度100%で褒めてくる。嫌味とかそういうものがない。だからすごく恥ずかしくて、良助の隣に座ってもたれかかり、手で顔を覆う。

「そんなことないよ。腕は確かなんだと思う。さすが賞を取る腕前。プロみたい」

淡雪の行動は、恐ろしいくらい全部可愛い。男とか女とか、性別なんかどうでもいい。淡雪という人間そのものが、かわいくて仕方がないのだ。自分にもたれかかってきた淡雪の肩に手を回して、自分の方に抱き寄せる。

「写真、またコンテストに出してみればいいよ。このままここだけにしまい込んでおくのは、もったいない。でも大賞なんて取って淡雪が有名な人になっちゃっても困るな」

淡雪には、ずっとずっと自分の手の中に居てほしい。今まで相手を束縛したいなんて思ったことはないけど、淡雪に対しては常々こう思う。

「大賞なんかそんな……。でも良助さんがそう言ってくれるんなら、コンテストに出してみようかな」

そういってちらっと指の間から良助の様子を伺ってみると、しっかりこっちを見ていて。それでいて、凄く優しい表情をしていた。

 顔を覆った手を優しく握られて、そのまま顔の前から自分の手が離れていく。テーブルに一眼レフをそっと置いて、お風呂が溜まるまでなんてお互い自分に言い訳をして、良助は淡雪の白い首筋にキスをする。甘い声が淡雪の鼻の奥から抜けて、良助の耳に入って脳に染み入る。


 2月。淡雪は21歳になった。誕生日に一泊の温泉旅行に出向き、淡雪はたくさん写真を撮った。

 風景も、料理も、大好きな良助の背姿も、たくさんたくさんカメラに収めた。どれも全部大満足の写真。スマホで検索をかけると、"大切な人とのひととき"をテーマにした写真コンテストが開催されていたので、それに今回の写真を出す。どれにしようかと、旅行時の写真を一眼レフで確認していく。

 風景は綺麗に撮れている自信があった。たしか前大賞を取ったのは、風景の写真だったような気がする。記憶があいまいなので、どういう写真だったか思い出せない。もしかすると、風景の写真じゃなかったのかもしれない。

 鬱の薬を飲むようになって、記憶を脳内に留めにくくなったように感じることが多々ある。今まで思い出なんて、作ったことがなかった。忘れてしまってもいい人間関係しか構築してこなかったから、記憶が留まりにくくなっていることを悔しいと思ったのは今初めてかもしれない。


 泊まった旅館で出された料理は、全部食べきれなかった。でも、凄く美味しかった。旅行のときの良助の笑顔の写真も、たくさんある。


――かっこいいなぁ


良助本人に直接言う勇気はないが、淡雪は良助の顔が大好きだったりする。優しいし、ずっと笑っている。寝起きの顔も、ごはんを頬張っているときの顔も、仕事から帰ってきて気が抜けたときの顔も。全部大好き。


 良助より一足先にお風呂から出て、ソファに膝を立てて座って一眼レフを抱え込み、淡雪は写真を眺める。

 良助の浴衣姿のも出てきた。

 今回の旅行で、淡雪は初めて浴衣を着た。良助に着せてもらって、自撮りだけど初めてツーショット写真を撮った。そして良助から脱がされた。スケベな思い出だけは全然色あせない。


 大切な人とのひととき。全部大事だから、なにを選べばいいかわからない。どの写真も最高だと思うくらい、良助は写真映りが抜群なのだ。全部かっこいい。かっこいいという単語しか出ない。


 どれにしようかと一眼レフを眺めていると、良助もお風呂から出てきて、すぐ淡雪の隣に座った。

「旅行の写真? ……俺ばっかじゃん」

淡雪が写真を眺めているのを盗み見すると、どの写真も自分が映りこんでいた。油断しきった締まりのない笑顔の自分を見て、こんな情けない顔で笑うのかと良助は恥ずかしすぎて笑いをこぼす。

「コンクールに出す写真を選んでるんけど、どれも全部かっこよくて選べん」

どんな顔して淡雪はこんなことを言ってるのかと思って横顔を見てみると、それはもう幸せそうな笑みを惜しげもなくにじませていて。


――わああ、かわいい~……!


心底誰かをかわいいと思ったのは、初めてだった。本当にかわいい以外出ない。ときめくとは、こういうことをいうのだろう。ドキドキではなく、キュンキュンした。



 時間をかけて、写真を選ぶ。

 良助は自分が映る写真を選ぶわけで、やっぱりどこかムズムズする。淡雪にむける自分の笑顔、自分の表情。幸せな日々を過ごしていると、表情がこんなに変わるのかと思えるほど緩やかで穏やかな顔をしているじゃないか。ほんの半年前までは独り身で、くたびれ切ったおっさんだったのが嘘のよう。

 2月末の締め切りまでじっくり写真を選び、淡雪はベストショットを選んだ。

 湯気が上がる缶コーヒーを片手に、マフラーを口のすぐ下まで押し上げて、鼻を赤くして笑顔を見せる良助。なにか話していることがわかる白い息も、幸福が全面にあふれ出た笑顔も、楽しい会話が聞こえてきそうな息遣いみたいなものも、全部含めて最高の一枚。


 次の旅行は、どこに行こうか。


 そんな話をしていたときの写真。たしかあのとき淡雪は、「一緒に行けるなら、どこ行っても楽しい」と返した。

 これからもこの幸せが続く。ずっとずっと続けていきたい。ただひたすら、願うような気持でお互いそう思っていた。



ただ幸せな毎日を望む2人。決して贅沢ではないはずの思いが、あることをきっかけに徐々に歯車が狂い始める――。



評価などいただけると嬉しいです。

活動報告に解説や裏話みたいなものを少し書いてます。

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