第13話 認められない人、そうでない人
年が明けて、良助は預けている車の回収も兼ねて妹宅に新年のあいさつへ。まさか自分が男と一緒に暮らす未来があるとは思っておらず、良助は妹夫婦に淡雪のことをどう話そうか悩みつつ妹宅を訪れた。
年が明けて、淡雪に送迎してもらい、妹の家に車を取りに行く。良助が道案内をして、淡雪が運転する。
運転する淡雪の横顔が可愛くてならない。昨日の夜の乱れきった淡雪の姿がふわぁっと良助の脳裏に蘇る。
「この信号、真っ直ぐ?」
交差点に差し掛かり、淡雪が良助に声をかける。応答がないからチラッと良助の方をみたら、ぽわんとした顔をしたままこちらを見つめていた。
「……スケベなこと考えとるやろ。信号、行きすぎるよ?」
同じ男なのでお見通し。ウゲッと思ったが、図星なので言い訳できず。
「つ、次の信号を右、デス」
スケベ心ダダ漏れで恥ずかしくて、良助の声が先細った。
「りょーかい」
可愛い人だなと思い、淡雪から自然と笑みが咲いた。
大きなスーパーに到着し、良助だけ先に車を降りた。まだ新年なので、スーパーは混雑してるかもしれない。人混みはあまり得意ではないので、心の準備をして淡雪は車を降りるとのこと。
「なにかあったら連絡して。すぐ迎えにいくから!」
身体を交えて以降、良助との距離が一気に縮んだ。それはとても嬉しいことだが、心配されすぎてる気がする。
今朝なんて、ココアを飲んでいてむせただけでトイレから良助がすっ飛んできた。愛されてるって、ひしひし感じる。温かくて、なにもしてないのに笑みがこぼれた。こんないきなり幸せになって大丈夫なの心配になるほど、幸せで幸せで仕方ない。
淡雪と分かれて、妹の家へ。なんて説明すればいいだろうかと、やはり悩まずにはいられない。自分でも同性と一緒に暮らす選択をする未来があると思ってなかった。淡雪との生活に全く後悔はないし、むしろ今までで一番充実していると思えるほどの日々。もし妹から反対されても、同棲を解消する気はない。
どんなことを言われても構わないという気持ちは、既に持っている。ただ、あまりにも淡雪に対してきつく当たりそうな雰囲気がある場合は、すぐ妹と会わせるわけにはいかない。これから淡雪とはずっと一緒に暮らしていくから、紹介しないわけにもいかないし……。そう思うと、どうしても悩まずにはいられなかった。
いろいろ考えていると、あっさり既婚の妹の家である川畑家に到着。どこにでもある一軒家。チャイムを押すと、妹がすぐ玄関を開けた。
「あけましておめでとう。寒かったでしょ、お茶飲んでいって」
妹は普段通りで、40歳という年齢相応の落ち着きを持って接してくれて、そこでちょっと緊張がほぐれた。
リビングに通されて、そこで妹の旦那と顔を合わせる。良助と同い年で、愛想の良い旦那さん。挨拶をかわしてこたつにお呼ばれして、「最近どう?」なんて、"笑っていいとも!"のタモリさんみたいな切り口で話始めて近況報告をし合った。主には仕事の話。そして、妹夫婦の高校生の子どもの話し。年末年始バイトなので、今日は不在とのこと。
良助は離婚して以降、どこか元気がないままだった。落ち込んでいるわけではなものの、くたびれた笑顔が多いというか、なんとなく話を合わせていてその場の空気の真ん中を漂っているかのような。そんな感じ。受け答えはしっかりしているけど、遠慮がちというか。
でも話していると、今日はそれがない。妹夫婦は、もしかしてと良助の人間関係の変化をなんとなく感じ取った。
「兄ちゃん、もしかして彼女出来た?」
正面に座った妹からいきなりこんな風に話しかけられて、良助はつい飲んでいたお茶を気管に詰まらせてせき込む。
――分かりやすいな~
妹夫婦は同じことを思いつつ、「大丈夫?」と良助に心配する声をかけた。
「だ、大丈夫……!」
動揺したのが丸わかりすぎて、自分でもびっくり。こんなわかりやすく驚くことがあるなんて、今までなかったことだった。
貸してもらったタオルで口を拭いて、良助は座り直す。やっぱり彼女が出来たのかと察して、妹夫婦も座り直した。
ちょっとだけ、変な沈黙が流れる。彼女が出来たくらいで、こんな恥ずかしがるような歳でもないだろう。もしかすると再婚を考えるほどの相手なのかもしれない、なんて妹夫婦は思った。良助がおじさんであるように、妹夫婦もおじさんとおばさんなのだ。
少しもじもじして、良助がようやく口を開いた。
「実は短期転勤先でご縁があって、今同棲してる相手がいて」
やはりそうだと、妹夫婦の目がちょっと輝く。前の結婚は、同棲期間を挟んでいない。良助は再婚にあまり前向きではなかっただけに、いきなり同棲までしているとなると本気度の高さがうかがえる。
妹夫婦の期待の目。淡雪の存在は、それを裏切ることになるかもしれない。でも、淡雪とのこれからの幸福な日々を守っていくためにも、淡雪の存在は知らせておくべきだろう。
理解されなくてもいい。ただ、知ってほしい。
「その人と、これからの人生ずっと一緒に生きていきたいと思ってる。相手は女性じゃない。20歳の男性で、保育士をやってた。なんでもこなせる、凄く器用で優しい人だよ」
同性と住んでいる。しかも、これからの人生ずっと一緒に居たいなんて言っている。
妹夫婦の顔色が変わった。相手が女じゃなかったからなのが、容易に想像できた。動揺の色さえうかがえる。この反応は多分おかしなものではない。だって2年前までいわゆる普通の結婚をしていたわけだし、これまでの人生で同性とこういった関係になったことはない。良助も初めてのことだが、淡雪への気持ちは本物。淡雪のことを愛している。
「……男の人っていうのも驚いてるけど、相手22歳も年下?」
ちょっと重い沈黙を破ったのは、妹だった。
「そう、なのかな。歳の差考えたことなかった。俺42か……」
振り返れば自分はしっかりおっさんの年齢で、淡雪の若さが急にまぶしく感じる。
「騙されてない?」
妹のそれが、良助の癇に障った。
「騙されてない。こんなどこにでもいるおっさん騙して、相手に得がないだろ。保険金もかけられてないし、そんな莫大な貯金もない。会ってもない相手のことを疑うようなことは言うなよ。淡雪はそんなことするような人間じゃないし」
「分かった、ちょっとストップ!」
じわじわと熱を帯び始めた良助の説教に、一旦妹が水をかける。良助が感情的になって話すこと自体、今まであまりなかったこと。それを思うと、良助の気持ちの強さが伝わる。
だからこそ、騙されているとしたら取り返しがつかない。
淡雪が疑われている。そして、否定されて可能性が出た。ちょっとしたイラ立ちと焦りが重なり、ついまくしたてるように喋ってしまった。
「ごめん……」
いつもの冷静さとちょっと気が弱い部分が良助に戻り、しまったという表情で妹夫婦にしぼみながら謝罪する。良助のその様子に、妹夫婦は困惑のままそろりと顔を合わせ、うなだれた良助に再度視線を移した。
「こっちも気が動転して、騙されてないかなんて言ってごめんね。まさか男の人と同棲してるって話になると思ってなくて。しかもものすごく若くて、更にびっくりした。多様性の時代だし、いいんじゃない? って言いたいんだけど、やっぱ世代なのかすんなりそれを受け止めるのは難しい。反対してるわけじゃないんだけど、飲みこむまで少し時間をもらっていい?」
妹が言ったことは、もっともだと思った。
「分かった。ごめん、新年早々驚かせちゃって」
再度謝罪し、一度今話題から離れる。3人とも大人なので、妙な空気を細く長く引きずりつつも、上辺だけはしっかり取り繕って話が出来た。歳をとるのは悪くない。それでいて、虚しい。
車の鍵を受け取り、良助は妹の家を出て車で淡雪がいるスーパーに移動した。新年なので車が多く、淡雪の車の近くは駐車スペースの空きがない。仕方なく、少し離れた場所にあった空きの駐車スペースに車を停めた。
車を降りて、淡雪にチャットを飛ばす。
"今どこに居る?"
すぐに既読がついた。ひとまず安心。
"2階のいすに座ってる"
2階は休憩スペースがあるほか、ちょっとした飲食店もある。だからフロア内に椅子が点在していて、どこの椅子なのかが絞り込めない。
"周りにどんなものがある?"
これである程度どこに居るか絞り込めるはずと、良助はスーパーに入ってすぐエスカレーターに向かった。人が多い。音もかなりがやがやしているので、静かなところに逃げたとするなら、休憩スペースではなく飲食店の外に出しているフリーの椅子かもしてない。
小走りでエスカレーターに乗ったら、淡雪から返事が来た。
"文房具とかスマホのケースとか"
飲食店のフリーの椅子が置いてある場所の向かい側には、学生向け文房具とスマホアクセサリを置いている場所がある。ちょっと遠いが到着までそこまで時間はかからない位置。淡雪の場所が分かったので、良助は内心ほっとした。
"すぐ迎えに行く"
ちょっとムズムズしてしまい、年甲斐にもなくエスカレーターを歩いて登ってあたりを見渡し、すぐ淡雪がいるであろう方角にむけて早足で歩き始めた。ゲームコーナーに親子連れがごった返していて、そこを抜けたら淡雪からの返信に気が付く。
"ありがとう。さっきから女の子とお話してるんよ"
ナンパされてた。油断も隙も無い。おじさんなのに、心の中で"誰よその女ッ"みたいな感情が湧いた。
"そこで待ってて"
小走りで人の間を避けながら、淡雪がいる方向に急ぐ。店内放送だとか、幼い子どもの不機嫌な声だとかが、良助の耳を駆け抜ける。
ちょっと遠くに、椅子に座っている淡雪の姿が見えた。
そして淡雪の隣には、しっかり化粧をした女子! 高校生か大学生くらいだろう。
「淡雪!」
少し距離はあったけど、良助は声を張って淡雪を呼ぶ。すると淡雪は顔を上げ、良助と目が合い嬉しそうにふんわり微笑む。
淡雪の隣に座っていた女の子がこちらに顔を向けたと同時に、勢いよく立ち上がる。そして良助もとっさに足を止めた。
「「あー!!!」」
隣に居た女の子と良助がお互い指を指し合って、歩み寄っていく。全く訳が分からず、淡雪は置いてけぼりになってぽかん。
「良助おじちゃん!」
「まことー!」
「「こんなとこでなにやってんの?!」」
妹の家の一人娘、まこと。良助の姪。まさかこんなところで、こんな形で再会するなんて思ってもみず。つい大きな声が出てしまった。
まことは高校2年生。年末年始の繫忙期で募集が出ていたこのスーパーで、バイトをしていたとのこと。バイト中なので淡雪とのおしゃべりはサボっていたことになるため、立ち話で自己紹介と淡雪の紹介だけ済ませた。
「ってことは、このキレイなお兄さんが良助おじちゃんのフィアンセってこと?!」
つい綺麗な人だと思って話しかけたら、淡雪はすごく人当たりがよくて物腰柔らかで、凄く聞き上手だった。前結婚していたときの奥さんは結構我が強くて苦手だったけど、淡雪はその正反対。話していることに口を挟まず聞いてくれて、その上褒めてくれる。
まことの目が爛々と輝いているが、それどころではない。フィアンセな言われて、良助も淡雪もちょっとたじたじ。つい最近ようやく体を重ねた仲なのだ。ずっと一緒に居たいと思ってるけど、そこまで踏み込んだ話はできてない。
「いいんじゃない? お似合いだと思う!」
まことの混じりけのない笑顔が、先ほどちょっと傷ついた良助の心に染みる。否定されることが当たり前だった淡雪は、思いもよらないタイミングで第三者から認められて思考が完全に停止。嬉しいはずがキャパオーバーになってしまった。
時代や世代、相手との関係で、現状を認めることができない人がいる。
その一方で、時代や世代が異なるからこそ、柔軟な考えを持つ人もいる。
みんながみんな、否定するわけではない。
まことの存在が、良助と淡雪の背中をそっと押した。
年代や考え方の違い。それは世の移り変わりの中で発生して然り。それに良助たちは背を押され、ちょっと勇気を持ったのだった。
評価などいただけると嬉しいです。
活動報告に解説や裏話みたいなものを少し書いてます。




