83. 突然の王城連行
昨日の豪快すぎるバーベキューから一夜明けた朝。
キャンピングカー『銀の箱舟』で食後のコーヒーを飲んでいた俺は、窓の外を見て思わず吹き出しそうになった。
「……は? なんだあれ」
俺たちが停泊している広場の入り口を塞ぐように、王家の紋章がデカデカと刻まれた豪奢な馬車が停まり、完全武装の近衛騎士たちがズラリと整列していたのだ。
さらに、その中心からは見知った顔――セリアの父親であるギリアム公爵が、なぜか滝のような汗を流しながらこちらへ小走りで向かってくる。
「レンジ殿! 迎えに来たぞ! さあ、急いで王城へ向かうのだ!」
「えっ? 迎えって、もしかして前に言ってた勲章の授与式か?」
「いかにも! 国王陛下をはじめ、国の重鎮たちが玉座の間で今か今かと貴殿をお待ちかねなのだ!」
ギリアム公爵の焦ったような声に、俺は呆れたようにため息をついた。
セリアの呪いを解いた(俺としては極上のシャンプーで汚れを落としただけなのだが)報酬を固辞した結果、公爵が気を利かせて国王からの勲章を手配してくれたことは知っていた。
だが、それが「今日の今から」だなんて一言も聞いていない。
「今日だなんて聞いてないぞ……。まあいいか、着替える暇もないしこのまま行こう」
俺がそう言ってキャンピングカーのドアを開けようとした、その時だった。
「なりませぬ、旦那様」
俺の前にスッと進み出たのは、燕尾服を完璧に着こなしたイケオジ姿の古代竜、ヴォルガラだった。彼は右手を胸に当て、うやうやしく一礼する。
「王家がどう思おうと、我が主がそのような平服で公式の場に出るなど、このヴォルガラの美学に反します。僭越ながら、私が完璧に整えさせていただきます」
「……ぶふっ」
俺は思わず吹き出してしまった。
ついさっきまで「我は〜」と威厳たっぷりに喋っていた古代竜が、急にノリノリで完璧な執事言葉を使い始めたからだ。
ツッコミを入れる間もなく、彼が優雅に指を鳴らすと、淡い光が俺の体を包み込んだ。
光が収まると、俺が着ていたいつもの服は、上質な漆黒の生地に銀の刺繍が施された、王城にふさわしい最高級の礼服へと変化していた。それでいて、腰の魔法鞄やトリマーの道具を取り出しやすいよう、実用性もしっかり計算されている。
「おお、すげえ……! 完璧じゃないか」
「お褒めに預かり光栄です。レンジ殿の威厳を示すためにも、身嗜みは完璧でなくては」
執事としてのロールプレイを完全に楽しんでいるヴォルガラに背中を押され、俺は笑いを堪えながら馬車に乗り込んだ。
肩には定位置のクオン。頭の上にはルナ。そしてルナの影の中には、エメ、シャボン、ポム、そしてポメラニアン姿の邪神コスモを潜ませている。
◇
王城の奥深く、玉座の間。
豪華絢爛な赤い絨毯の先には、玉座に腰掛ける国王と、その周囲にズラリと並ぶ国の重鎮や上位貴族たちがいた。
彼らは本日、国を救った偉大な英雄に勲章が授与されるとだけ聞かされており、それが一体誰なのかまでは知らされていなかった。
そのため、ギリアム公爵に案内されて玉座の間に入ってきた俺とヴォルガラを見るなり、貴族たちは信じられないものを見たという顔でざわめき出した。
いくら着ている服が最高級品でも、腰に下げた使い込まれたトリマーの道具や、無意識に出てしまう冒険者特有のラフな歩き方、そして何より玉座の間を物珍しそうにキョロキョロと見回す態度は、どう取り繕っても洗練された貴族のそれではなく、平民丸出しだったのだ。
「なんだ、あの平民は……」
「国王陛下の御前だというのに、ペットの狐に、得体の知れない従者まで連れ込むとは! ここは貴様のような平民風情が足を踏み入れてよい場所ではないぞ!」
「衛兵! 何をしている、その無礼者を直ちにつまみ出せ!」
数人の貴族が血相を変えて叫び、扉の前の衛兵たちが慌てて槍を構えようとする。
さらに一人の上位貴族が、忌々しげにギリアム公爵を睨みつけた。
「ギリアム公爵! 本日は偉大なる英雄殿への神聖なる勲章授与式。そんなどこの馬の骨とも知れぬ若僧を連れ込むなど、正気ですか!」
その見下すような言葉が引き金になった。
「ええい、黙らぬか愚か者どもがぁっ!!」
玉座の間に響き渡ったのは、凄まじい怒気を孕んだ二つの声だった。
ギリアム公爵、そして玉座から立ち上がった国王陛下その人が、顔を真っ赤にして激怒していたのだ。
「き、貴様らこそ身の程を知れ! このお方をどなたと心得るか!」
ギリアム公爵が声を震わせて怒鳴りつけると、国王も鋭い眼光で貴族たちを睨み据えた。
「そなたらが『馬の骨』と蔑み、つまみ出そうとしたこの御仁こそ、本日の主役……我が国を滅亡の危機から幾度も救った最大の恩人であるぞ!」
「なっ……?」
「心して聞け。このレンジ殿は、死者すら蘇らせる神話級の秘薬を用いて公爵令嬢セリアを救い、国家転覆の企みを未然に防いだ。さらには、国の気象を司る聖獣たる不死鳥の不調を治癒し、王都の脅威となり得た邪神をもその手で手懐けたのだ!」
国王の言葉が響き渡るにつれ、先ほどまで俺を衛兵に突き出そうとしていた貴族たちが、さぁっと血の気を引かせていく。
「不死鳥様を、だと……!?」
「平民風情が、邪神を手懐けただと? そんな馬鹿な話があるか!」
「しかし、国王陛下が直々に仰られているのだぞ……っ」
公爵令嬢の救出に加え、異常気象の解決、さらには邪神の無力化。
信じがたい規格外の功績と、激怒する国王の絶対的な圧を前にしては、さしもの貴族たちも押し黙るしかなかった。
だが、俺に向ける視線から侮蔑の色が完全に消えたわけではない。「どこの馬の骨とも知れない平民が国を救った」という事実が彼らの高いプライドをひどく傷つけたのか、面白くなさそうに顔をしかめ、忌々しげにこちらを睨みつけている者が大半だった。
「これらの偉業、大金貨程度の報奨では到底釣り合わぬ。よってそなたには、王国最高の栄誉である『救国勲章』に加え、新たな領地と伯爵の地位を授けようと思うのだが……」
ざわっ、と玉座の間が再び揺れた。
平民がいきなり伯爵になり領地をもらうなど前代未聞だ。「そんな馬鹿な」「我々の特権が」と、貴族たちが奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうだった。だが、国王が直々に下そうとしている決定に、表立って異論を唱えられる者はいない。
「……ありがたいお話ですが、領地や地位は辞退させていただきます」
「なっ……!? じ、辞退だと!?」
王国最高の栄誉をあっさりと蹴り飛ばした俺の言葉に、国王は目を剥き、貴族たちは絶句した。
水を打ったように静まり返る玉座の間。その重苦しい空気を一切気にすることなく、俺はただのトリマーとしての自由な旅を続けるため、呆然とする国王に向けて交渉を持ちかけるのだった。
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