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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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79. 凍える太陽と、不死鳥の衣替え




 国王の表情は、先ほどの邪神襲来の時よりもさらに深刻だった。

 彼は重々しい足取りで玉座から立ち上がると、俺たちをテラスへと案内した。


「レンジ殿、空を見てくれ」


 言われて見上げると、そこにはどんよりとした灰色の雲が垂れ込めていた。

 王都へ来る道中は快晴だったはずなのに、王城の真上だけ、まるで冬のような寒空が広がっている。肌に触れる空気もピリピリと冷たい。


「……寒いな。なんだこの異常気象は」


「うむ。我が国エルディアンは、古来より『太陽のフェニックス』の加護により、一年を通して温暖な気候を保ってきた。だが、ここ数ヶ月……その聖なる炎が消えかけているのだ」


 国王が震える手で自身の腕をさする。


「このままでは、王都は永遠の冬に閉ざされ、作物は枯れ、民は凍え死ぬだろう。高名な魔導師や治癒師に見せたが、原因は不明。『寿命』か、あるいは『呪い』か……」


「なるほど。で、その鳥さんはどこに?」


「……『太陽の塔』の頂上だ。案内しよう」


          ◇


 王城の最も高い場所に位置する『太陽の塔』。

 その頂上にある露天の祭壇は、冷蔵庫の中のように冷え切っていた。

 そして、その中央にある黄金の止まり木に、一羽の巨大な鳥がうずくまっていた。


「ピー……ヒョロロ……」


 弱々しい鳴き声。

 伝説の不死鳥と聞いて想像するような、燃え盛る炎の翼はどこにもない。

 そこにいたのは、全身が煤けたように薄汚く、ボサボサの灰色の羽毛に覆われた、巨大な鶏のような鳥だった。


「おお、守護獣様……! 今日もまた火が弱まって……」


 国王が悲痛な声を上げる。

 俺の腕の中で、コスモ(邪神)が『ケッ、なんだあの貧相な焼き鳥は。あれがこの国の守護獣か? 笑わせる』と念話で毒づいた。


「(……ふわぁ〜。……騒々しいな、新入りは)」


 俺の肩に乗ったクオンは、興味なさそうに大あくびを噛み殺し、退屈そうに尻尾を揺らしただけだった。

 彼女にとって、焼き鳥になりかけた不死鳥も、吠えている邪神も、自分の安眠を妨げない限りはどうでもいいらしい。


 俺は無言でフェニックスに近づいた。

 近くで見ると、その惨状は明らかだった。古い羽毛が抜け落ちずに幾重にも重なり、その隙間に脂や汚れが詰まって酸化している。


「……おい、鳥さん。痒いんだろ? ここ」


 俺が翼の付け根、羽毛が密集している部分を指先でグリグリと押した。


「ピィッ!? ……クゥ、クゥ〜ン(そこ、もっと……)」


 フェニックスが気持ちよさそうに目を細め、体をよじらせた。

 間違いない。


「国王陛下。ご安心ください、病気でも寿命でもありません」


「な、なんと!? では呪いか!?」


「いえ、ただの『換毛期不全アンチ・モルティング』です」


「かん……もう……?」


 国王がポカンとする中、俺は説明を続けた。


「鳥ってのは定期的に羽が生え変わるんですが、こいつの場合、自身の魔力が強すぎて古い羽が焼き固まり、自然に抜け落ちなくなってるんです。そのせいで新しい『火の羽』が生えてこれず、毛穴が詰まって火が消えかけてる。人間で言えば、厚着しすぎて蒸れてる状態ですね」


「そ、そのようなことが……! では、どうすればよいのだ!?」


「簡単です。邪魔な古い羽を、全部引っこ抜けばいいんですよ」


 俺はニカッと笑い、腰のホルスターから愛用の『聖銀のコーム』を抜き放った。

 そのままコームに魔力を流し込み、イメージする。


「――変形フォージ、プラッキング・フィンガー」


 銀色のコームが水銀のように流動し、瞬時に俺の両手の親指と人差し指を覆う、指サック状の専用道具へと変形した。表面には微細な凹凸があり、どんな頑固な毛も逃さない強力なグリップ力を生み出している。


「さあ、衣替えの時間だぞ!」


 俺はフェニックスの背後に回り込み、ボサボサの灰色の羽毛をむんずと掴んだ。


 ブチブチブチブチッ!!


「ピギィィィィィッ!!?」


 俺の超高速の手捌きによって、フェニックスの古い羽毛が次々と引き抜かれていく。

 その光景を見た国王と騎士たちが、「ひぃぃっ!」「守護獣様がむしられている!?」と悲鳴を上げた。


「レ、レンジ殿! やめてくれ! 守護獣様が痛がっておられる!」


「いえ、これ痛がってるんじゃなくて、気持ちいいんですよ」


 俺は手を止めずに答える。

 実際、フェニックスの表情をよく見れば、最初は驚いていたものの、今はウットリと目をトロンとさせているのがわかるはずだ。

 古い角質化した羽が抜ける感覚は、頑固な耳垢が取れた時のような爽快感があるのだ。


 ブチッ、ブチッ、スポポンッ!


 俺が通った跡からは、灰色の汚い羽がなくなり、その下から鮮やかな真紅の産毛と、チラチラと燃える火の粉が見え始めた。


「ほら、新しい火種が見えてきた。――ここからは俺の『神の手』の出番だ」


 俺はプラッキング・フィンガーを解除し、素手でフェニックスの肌を優しく撫でた。

 手のひらから温かな治癒の魔力が流れ込み、むしり取った直後の毛穴の炎症を抑え、新しい羽の成長を一気に促進させる。


「よし、ラストスパートだ! 翼の裏もいくぞ!」


 俺は再びプラッキング・フィンガーを展開し、フェニックスを小脇に抱え(大型犬サイズなので結構重い)、残りの古い羽を一気にむしり取った。

 祭壇の床には、山のような灰色の羽毛が積もっていく。


 そして、最後の一本――尾羽の付け根に刺さっていた、特に太くて硬い「栓」のような古羽を引き抜いた瞬間。


 スポォォォォォンッ!!


「――コケコッコォォォォォォッ!!!」


 フェニックスが天を仰いで雄叫びを上げた。

 次の瞬間、その全身から眩いばかりの黄金の炎が噴き出した。


 ボォォォォォォォッ!!!


「熱っ!? おわっ、危ねえ!」


 俺は慌てて後ろに飛び退いた。

 爆発的な熱波が広がり、周囲の冷たい空気を一瞬で消し飛ばす。

 炎の中から現れたのは、先ほどの薄汚れた鶏ではない。全身がルビーと金で構成されたような、神々しく、美しい真の『太陽のフェニックス』だった。


「おおお……! 蘇った……! 我が国の太陽が、蘇ったぞぉぉぉ!」


 国王が膝から崩れ落ち、涙を流して拝んでいる。

 上空を覆っていた灰色の雲は、フェニックスの放つ熱によって瞬く間に消散し、王都に久しぶりの青空と暖かい日差しが戻ってきた。


「ピィーッ! クルルッ!(ありがとう! スッキリした!)」


 フェニックスは上空を優雅に旋回した後、俺の肩に舞い降りて、熱い頬ずりを繰り返した。

 ちょっと熱いけど、まあ、これだけ元気になれば大丈夫だろう。


「レンジ殿……。貴殿は、本当に何者なのだ……」


 国王が呆然と呟く。

 俺は焼けてしまったプラッキング・フィンガーを解除し、元のコームに戻しながら肩をすくめた。


「ただのトリマーですよ。ちょっと毛の手入れが得意なだけの」


「……その言葉を信じる者は、もはやこの城にはおるまいよ」


 国王は苦笑し、そして深々と頭を下げた。


「礼を言う。これで国は救われた。……さて、仕事も終わったことだし、城に戻って盛大な祝宴といこうではないか。」


「あ、祝宴はまた今度でお願いします」


「む? 何か用事でも?」


 俺は王都の街並みを指差しながら、深くため息をついた。


「実は、これからセリアお嬢様と『王都のケーキ屋巡り』をする約束をしてまして……。正直気乗りしませんが、すっぽかしたら後が怖いんで、失礼します」


 俺は「やれやれ」と首を振りながら、フェニックス(と邪神と狐とカーバンクル)を引き連れ、逃げるように塔の階段を降りていった。

 このまま城にいたら、間違いなく面倒な宴会に巻き込まれる。それよりは、公爵令嬢の買い物に付き合う方がまだマシだ……たぶん。


「……デート、か。あやつ、王である余の誘いよりも、公爵令嬢との逢瀬を優先しおったわ……」


 背後で国王がポツリと呟き、そして愉快そうに笑う声が聞こえた。


「カッカッカッ! よい! 実に痛快な男だ! 公爵令嬢が惚れ込むのも無理はないわ!」

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