79. 凍える太陽と、不死鳥の衣替え
国王の表情は、先ほどの邪神襲来の時よりもさらに深刻だった。
彼は重々しい足取りで玉座から立ち上がると、俺たちをテラスへと案内した。
「レンジ殿、空を見てくれ」
言われて見上げると、そこにはどんよりとした灰色の雲が垂れ込めていた。
王都へ来る道中は快晴だったはずなのに、王城の真上だけ、まるで冬のような寒空が広がっている。肌に触れる空気もピリピリと冷たい。
「……寒いな。なんだこの異常気象は」
「うむ。我が国エルディアンは、古来より『太陽のフェニックス』の加護により、一年を通して温暖な気候を保ってきた。だが、ここ数ヶ月……その聖なる炎が消えかけているのだ」
国王が震える手で自身の腕をさする。
「このままでは、王都は永遠の冬に閉ざされ、作物は枯れ、民は凍え死ぬだろう。高名な魔導師や治癒師に見せたが、原因は不明。『寿命』か、あるいは『呪い』か……」
「なるほど。で、その鳥さんはどこに?」
「……『太陽の塔』の頂上だ。案内しよう」
◇
王城の最も高い場所に位置する『太陽の塔』。
その頂上にある露天の祭壇は、冷蔵庫の中のように冷え切っていた。
そして、その中央にある黄金の止まり木に、一羽の巨大な鳥がうずくまっていた。
「ピー……ヒョロロ……」
弱々しい鳴き声。
伝説の不死鳥と聞いて想像するような、燃え盛る炎の翼はどこにもない。
そこにいたのは、全身が煤けたように薄汚く、ボサボサの灰色の羽毛に覆われた、巨大な鶏のような鳥だった。
「おお、守護獣様……! 今日もまた火が弱まって……」
国王が悲痛な声を上げる。
俺の腕の中で、コスモ(邪神)が『ケッ、なんだあの貧相な焼き鳥は。あれがこの国の守護獣か? 笑わせる』と念話で毒づいた。
「(……ふわぁ〜。……騒々しいな、新入りは)」
俺の肩に乗ったクオンは、興味なさそうに大あくびを噛み殺し、退屈そうに尻尾を揺らしただけだった。
彼女にとって、焼き鳥になりかけた不死鳥も、吠えている邪神も、自分の安眠を妨げない限りはどうでもいいらしい。
俺は無言でフェニックスに近づいた。
近くで見ると、その惨状は明らかだった。古い羽毛が抜け落ちずに幾重にも重なり、その隙間に脂や汚れが詰まって酸化している。
「……おい、鳥さん。痒いんだろ? ここ」
俺が翼の付け根、羽毛が密集している部分を指先でグリグリと押した。
「ピィッ!? ……クゥ、クゥ〜ン(そこ、もっと……)」
フェニックスが気持ちよさそうに目を細め、体をよじらせた。
間違いない。
「国王陛下。ご安心ください、病気でも寿命でもありません」
「な、なんと!? では呪いか!?」
「いえ、ただの『換毛期不全』です」
「かん……もう……?」
国王がポカンとする中、俺は説明を続けた。
「鳥ってのは定期的に羽が生え変わるんですが、こいつの場合、自身の魔力が強すぎて古い羽が焼き固まり、自然に抜け落ちなくなってるんです。そのせいで新しい『火の羽』が生えてこれず、毛穴が詰まって火が消えかけてる。人間で言えば、厚着しすぎて蒸れてる状態ですね」
「そ、そのようなことが……! では、どうすればよいのだ!?」
「簡単です。邪魔な古い羽を、全部引っこ抜けばいいんですよ」
俺はニカッと笑い、腰のホルスターから愛用の『聖銀のコーム』を抜き放った。
そのままコームに魔力を流し込み、イメージする。
「――変形、プラッキング・フィンガー」
銀色のコームが水銀のように流動し、瞬時に俺の両手の親指と人差し指を覆う、指サック状の専用道具へと変形した。表面には微細な凹凸があり、どんな頑固な毛も逃さない強力なグリップ力を生み出している。
「さあ、衣替えの時間だぞ!」
俺はフェニックスの背後に回り込み、ボサボサの灰色の羽毛をむんずと掴んだ。
ブチブチブチブチッ!!
「ピギィィィィィッ!!?」
俺の超高速の手捌きによって、フェニックスの古い羽毛が次々と引き抜かれていく。
その光景を見た国王と騎士たちが、「ひぃぃっ!」「守護獣様がむしられている!?」と悲鳴を上げた。
「レ、レンジ殿! やめてくれ! 守護獣様が痛がっておられる!」
「いえ、これ痛がってるんじゃなくて、気持ちいいんですよ」
俺は手を止めずに答える。
実際、フェニックスの表情をよく見れば、最初は驚いていたものの、今はウットリと目をトロンとさせているのがわかるはずだ。
古い角質化した羽が抜ける感覚は、頑固な耳垢が取れた時のような爽快感があるのだ。
ブチッ、ブチッ、スポポンッ!
俺が通った跡からは、灰色の汚い羽がなくなり、その下から鮮やかな真紅の産毛と、チラチラと燃える火の粉が見え始めた。
「ほら、新しい火種が見えてきた。――ここからは俺の『神の手』の出番だ」
俺はプラッキング・フィンガーを解除し、素手でフェニックスの肌を優しく撫でた。
手のひらから温かな治癒の魔力が流れ込み、むしり取った直後の毛穴の炎症を抑え、新しい羽の成長を一気に促進させる。
「よし、ラストスパートだ! 翼の裏もいくぞ!」
俺は再びプラッキング・フィンガーを展開し、フェニックスを小脇に抱え(大型犬サイズなので結構重い)、残りの古い羽を一気にむしり取った。
祭壇の床には、山のような灰色の羽毛が積もっていく。
そして、最後の一本――尾羽の付け根に刺さっていた、特に太くて硬い「栓」のような古羽を引き抜いた瞬間。
スポォォォォォンッ!!
「――コケコッコォォォォォォッ!!!」
フェニックスが天を仰いで雄叫びを上げた。
次の瞬間、その全身から眩いばかりの黄金の炎が噴き出した。
ボォォォォォォォッ!!!
「熱っ!? おわっ、危ねえ!」
俺は慌てて後ろに飛び退いた。
爆発的な熱波が広がり、周囲の冷たい空気を一瞬で消し飛ばす。
炎の中から現れたのは、先ほどの薄汚れた鶏ではない。全身がルビーと金で構成されたような、神々しく、美しい真の『太陽のフェニックス』だった。
「おおお……! 蘇った……! 我が国の太陽が、蘇ったぞぉぉぉ!」
国王が膝から崩れ落ち、涙を流して拝んでいる。
上空を覆っていた灰色の雲は、フェニックスの放つ熱によって瞬く間に消散し、王都に久しぶりの青空と暖かい日差しが戻ってきた。
「ピィーッ! クルルッ!(ありがとう! スッキリした!)」
フェニックスは上空を優雅に旋回した後、俺の肩に舞い降りて、熱い頬ずりを繰り返した。
ちょっと熱いけど、まあ、これだけ元気になれば大丈夫だろう。
「レンジ殿……。貴殿は、本当に何者なのだ……」
国王が呆然と呟く。
俺は焼けてしまったプラッキング・フィンガーを解除し、元のコームに戻しながら肩をすくめた。
「ただのトリマーですよ。ちょっと毛の手入れが得意なだけの」
「……その言葉を信じる者は、もはやこの城にはおるまいよ」
国王は苦笑し、そして深々と頭を下げた。
「礼を言う。これで国は救われた。……さて、仕事も終わったことだし、城に戻って盛大な祝宴といこうではないか。」
「あ、祝宴はまた今度でお願いします」
「む? 何か用事でも?」
俺は王都の街並みを指差しながら、深くため息をついた。
「実は、これからセリアお嬢様と『王都のケーキ屋巡り』をする約束をしてまして……。正直気乗りしませんが、すっぽかしたら後が怖いんで、失礼します」
俺は「やれやれ」と首を振りながら、フェニックス(と邪神と狐とカーバンクル)を引き連れ、逃げるように塔の階段を降りていった。
このまま城にいたら、間違いなく面倒な宴会に巻き込まれる。それよりは、公爵令嬢の買い物に付き合う方がまだマシだ……たぶん。
「……デート、か。あやつ、王である余の誘いよりも、公爵令嬢との逢瀬を優先しおったわ……」
背後で国王がポツリと呟き、そして愉快そうに笑う声が聞こえた。
「カッカッカッ! よい! 実に痛快な男だ! 公爵令嬢が惚れ込むのも無理はないわ!」
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