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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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80. 星降る夜の約束と、翌日の騒動




 フェニックスの一件を片付け、俺が「これからデートがあるんで!」と国王の祝宴から逃げ出したのは、すでに日が落ちた時刻だった。


 俺は『太陽の塔』の階段を降りながら、大きなあくびを噛み殺した。


「ふぅ……危なかった。あのまま残っていたら、朝まで宴会コースだったな」


 もちろん、今夜デートをする約束なんてしていない。

 王城に到着してからは、俺は国王陛下やローゼンバーグ公爵と共に邪神やフェニックスの対応に追われていたし、セリアはお母さんであるエレノア夫人と共に王妃様への謁見と茶会に招かれており、完全に別行動だったからだ。

 これは俺がゆっくり寝るための、完璧な方便だ。

 今日はもうキャンピングカーに戻って、フカフカのベッドで泥のように眠ろう。そう思いながら、俺は塔の出口をくぐったのだが――。


「あ! レンジ様〜っ!!」


 待ち構えていたかのように、鈴を転がすような明るい声が響いた。

 ビクッとして顔を上げると、そこには心配そうな、それでいて俺の顔を見てパッと花が咲いたような笑顔のセリアが立っていた。

 その後ろには、優雅に微笑むエレノア夫人の姿もある。どうやら王妃様との茶会を終え、ちょうど出てきたところらしい。


「げっ……お嬢様? それにエレノア夫人まで」


「ご無事でよかった! フェニックス様の件、解決してくださったと王妃様から聞きました! 到着早々、休む間もなく働いてくださって……」


 セリアは勢いよく俺に駆け寄り、躊躇ためらいなく抱き着いてきた。

 エレノア夫人が「あらあら、積極的ね」とクスクス笑っている。

 その背後で、いつの間にか合流していた公爵が「うぐぐ……娘よ……」とハンカチを噛み締めていた。


「レンジ様、さっきお父様から使い魔で伝言が来ましたよ? なんでも、私との『ケーキデート』の約束があるから、陛下の宴会を断ってこちらへ向かったとか!」


 セリアがキラキラした目で俺を見上げてくる。

 ……しまった。公爵め、俺が逃げた先で確実に捕まるように、娘に先手を打って連絡してやがったな。


「あー、いや、それはその……王様から逃げるための口実というか、そもそもまだ具体的な日取りも決めてなかったし……」


 俺がしどろもどろに言い訳をして、なんとか「今日は解散」の流れに持ち込もうとした、その時だ。


「嬉しいです! 私のために、国王陛下のお誘いよりも私を選んでくださったんですね!」


 セリアの脳内フィルターは、俺の言い訳を完全にプラスの方向に変換していた。


「さあ、行きましょう! デートですね、デート!」


「いや、でもお嬢様。見ての通りもう夜だぞ? ケーキ屋なんて全部閉まってるって」


 俺は夜空を指差して抵抗を試みた。

 しかし、恋する公爵令嬢は強かった。


「でしたら、予定変更です! 夜の王都をお散歩しましょう。ほら、見てください。復興のための魔法の明かりと、星空がとっても綺麗ですよ。……これなら『夜景デート』ができますね?」


 セリアは俺の腕をガッチリとホールドし、上目遣いで微笑んだ。

 ……逃げられない。これはもう、観念するしかなさそうだ。


「ふふふ、行ってらっしゃいな。若いっていいわねぇ」


 エレノア夫人が楽しそうに見送ってくれる横で、公爵は白目を剥いて倒れかけていた。


「(諦めろレンジ。嘘から出たまこと、というやつだ)」

 肩に乗ったクオンが、楽しそうに念話を送ってくる。


「……へいへい、わかったよ。その代わり、あまり遅くならないようにな」


「はいっ!」


          ◇


 こうして始まった夜の王都デートは、俺の予想に反して、存外悪くないものだった。


 俺たちは王城から続く大通りを、ゆっくりと歩いていた。

 昼間は瓦礫の山で殺伐としていた街並みだが、夜のとばりがその傷跡を優しく隠してくれている。

 さらに、街のあちこちでは復興作業を行う魔導師たちが『照明ライト』の魔法を灯しており、無数の淡い光が蛍のように舞っていた。

 頭上には、フェニックスが復活して異常気象を吹き飛ばしてくれたおかげで、宝石箱をひっくり返したような満天の星空が広がっている。


「うわぁ……綺麗……!」


 大通りにかかる石橋の上で、セリアが歓声を上げた。

 水面に映る魔法の明かりと、空の星々。まるで光の川の中にいるような幻想的な光景だ。


「……確かに。雲一つない、いい夜だ」


 俺が空を見上げて呟くと、セリアは嬉しそうに俺の方を向き、手すりに背を預けた。

 夜風にプラチナブロンドの髪がなびき、魔法の光に照らされた彼女の横顔は、悔しいが息を呑むほど美しかった。


「レンジ様。今日は本当にありがとうございました。私を助けてくれただけでなく、この国まで救ってくださって……貴方はやっぱり、私の王子様です」


 セリアが真っ直ぐな瞳で俺を見つめてくる。

 その瞳には、一点の曇りもない好意と信頼が宿っていた。


「……俺はただのトリマーだ。たまたま仕事の延長で片付けただけだよ」


「ふふ、そういう欲のないところも素敵です」


 セリアはクスクスと笑い、そっと俺の手に自分の手を重ねてきた。

 少し冷えた彼女の指先を、俺のてのひらが包み込む。


「……明日は、絶対に甘いものを食べに行きましょうね?」


「ああ、約束する。一番高いケーキを奢らせてやるよ」


「もう! そこは『ご馳走するよ』って言ってください!」


 二人で顔を見合わせて笑い合う。

 肩に乗ったクオンが「(やれやれ、ご馳走様なことだ)」と呆れ、足元のコスモが『我も腹が減ったぞ!』と吠えるまで、その甘い時間は続いたのだった。


          ◇


 そして、翌日。

 昨晩のロマンチックな夜景デートを経て、さらに機嫌を良くしたセリア(と甘いもの目当てのペットたち)の要望により、俺たちは改めて昼下がりの王都へと繰り出していた。


 メインストリートは依然として瓦礫の撤去作業中で騒然としていたが、俺たちが目指す『東区画』は奇跡的に被害を免れていた。

 そこは白亜の建物が並ぶ高級エリアで、避難してきた貴族や裕福な商人たちで賑わっている。


「レンジ様! 今日こそはケーキです! 『サロン・ド・シュクレ』に行きましょう!」


 昨晩の一件でさらに距離が縮まったのか、セリアのスキンシップは昨日よりも激しい。

 俺たちは高級洋菓子店のオープンテラスに席を取った。

 テーブルには色とりどりのケーキと焼き菓子が並び、足元ではルナ、エメ、そしてコスモが嬉しそうに尻尾を振っている。


「はい、レンジ様。あーん」


「……んぐっ。……甘い」


 セリアは甲斐甲斐かいがいしく俺の世話を焼いてくる。

 周囲の客――特に着飾った貴族の男たちからの、「なんであんな冒険者風情が公爵令嬢と!?」という嫉妬の視線が痛い。


 そんな平和(?)なティータイムを楽しんでいた、その時だった。


「おや? ローゼンバーグ公爵家のセリア嬢ではありませんか。……外があのような惨状だというのに、随分と余裕がおありのようだ」


 嫌味な声と共に現れたのは、絵に描いたような金髪の若い貴族だった。

 取り巻きを数人引き連れており、いかにも『俺は選ばれた人間だ』という態度を隠そうともしていない。


「……マルコ伯爵子息。貴方こそ、ご実家の私兵を率いての復興作業はよろしいのですか? ここは避難所ではありませんよ」


 セリアの笑顔がスッと冷たくなり、声のトーンが一段下がる。

 マルコと呼ばれた貴族は鼻で笑った。


「フン、下々の者の世話など使用人に任せておけばいい。それより……なんだその連れは。どこの馬の骨とも知れぬ平民か? セリア嬢、貴女は騙されているのではないか? そのような平民と、足元の薄汚い獣たち……格式高いカフェに、毛の抜ける不潔な獣を持ち込むなどマナー違反も甚だしい!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の腹の底から静かな、だが確かな怒りが湧き上がった。

 大切な相棒や仲間たちを「薄汚い」「不潔」呼ばわりされたことが、何よりも許せなかった。


「……不潔、だと?」


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 マルコの暴言に対し、肩に乗っていたクオンが殺気立った視線を向けるが、俺はそれを手で制する。


「おい、あんた。俺を馬鹿にするのは勝手だが、俺の家族を『薄汚い獣』呼ばわりするのは許さねえぞ。こいつらは毎日、俺が完璧に手入れ(グルーミング)して清潔にしてるんだ。そこらの人間よりよっぽど綺麗だぞ」


「な、なんだ貴様! 貴族に向かってその口の利き方は!」


 マルコが後ずさるが、俺は止まらない。

 俺の目は、マルコの胸元に抱えられている一匹の小型魔獣に釘付けになっていた。


(……なんだあいつは? プードルに似てるが……)


 俺はこっそりと『神の手』を発動し、魔力で対象を解析スキャンする。


 種族名:フラッフィー・プードル。

 特性:巻き毛は抜け落ちず、伸び続ける。

 状態:全身に重度の毛玉(フェルト化)。皮膚炎併発。


 瞬時に頭の中に情報が流れ込んでくる。

 それを見て、俺の怒りはさらに増した。


(……うわ、最悪だ。手入れされてないせいで、毛が固まって皮膚が引っ張られてる)


 俺は怒りを込めてマルコを睨みつけた。


「それよりあんた、自分が抱えてるその『フラッフィー・プードル』の惨状を見てからモノを言え」


「なっ!? こ、この子は我が伯爵家が誇る血統書付きの高級魔獣だぞ! 月に一度は専属のメイドに洗わせている!」


「月に一度!? バカ野郎! プードル系の魔獣は毛が抜け落ちずに伸び続けるから、毎日ブラッシングして、定期的にカットしないとすぐに毛玉になるんだよ! ほら見ろ、脇の下と耳の後ろがフェルト状に固まって、皮膚が赤くなってるじゃないか!」


「えっ……」


 俺の気迫に押され、マルコが恐る恐る自分の愛犬を確認する。

 抱き上げられたプードルは、触られるのを嫌がるように「キャィン」と小さく鳴いた。その皮膚は確かに炎症を起こしている。


 俺は深いため息をつき、腰のシザーケースから愛用の『聖銀のハサミ』を抜き放った。

 キラリ、と太陽の光を反射して、銀色の刃が鋭い輝きを放つ。


「貸してみろ。5分で片付けてやる」


「ひっ!? き、貴様何をするつもりだ! 私の犬に触るな!」


 マルコが拒否しようとするが、俺の動きの方が速い。

 俺は抵抗するマルコの腕からプードルをひょいと取り上げ、テラスの空きテーブルに立たせた。

 怯えるプードルに『神の手』の魔力を込めて優しく撫で、安心させる。


「よしよし、痛かったな。すぐ楽になるからな」


 シャキシャキシャキシャキッ!!


 俺のハサミが、目にも止まらぬ速さで宙を舞う。

 毛玉を的確に切り落としつつ、全体のシルエットを美しく整えていく。

 顔周りは丸く可愛らしく、手足はポンポンのように残す、王道の『テディベアカット』だ。


「な、なんだそのハサミの動きは……!?」

「魔法か……!?」


 取り巻きや、周囲の客たちが息を呑んで見守る。

 そして、宣言通り5分後。


「よし、完了だ」


 テーブルの上には、先ほどのボサボサだった姿とは打って変わり、まるでぬいぐるみのように愛らしく、洗練された姿のフラッフィー・プードルが誇らしげに立っていた。


「ワゥッ!」


 プードルは体が軽くなったのか、嬉しそうに飛び跳ねて、マルコではなく俺の手に嬉しそうに鼻を擦り寄せてきた。


「な、なに……!?」


 マルコは呆気にとられたように愛犬を見つめ、わなわなと震え出した。

 周囲の客からは「なんて可愛いんだ!」「あの冒険者、只者じゃないぞ」「それに比べてマルコ様は……」と囁き声が聞こえてくる。


「……ふ、ふざけるな!」


 マルコは顔を真っ赤にして叫んだ。


「だ、誰が勝手に手入れをしろと言った! 人の犬を勝手に……これだから常識のない平民は!」


「あんたの常識より、犬の健康の方が大事だろ。ほら、返してやるよ」


 俺が綺麗になったプードルを返そうとすると、マルコは乱暴に愛犬をひったくった。


「くっ……覚えていろ! この屈辱、タダで済むと思うなよ!」


 マルコは捨て台詞を残し、逃げるようにその場を立ち去っていった。

 その背中に向かって、セリアが「もう、素直じゃないんですから」と小さくため息をつく。


「ふふっ、さすがレンジ様です! あのマルコ子息をやり込めちゃうなんて!」


 セリアが自慢げに俺の腕に再び抱き着いてくる。


「(まったく、余計な火種を作ったな。だが、まあ……良い手際だったぞ)」

 クオンが呆れたように、しかし少し楽しそうに念話を送ってきた。


 こうして、二日がかりの王都デートは、図らずも俺のトリマーとしての腕前を王都の貴族たちに知らしめる結果となってしまった。

 ……まあ、あの子息マルコにはまた絡まれそうだが、その時はまた毛刈りしてやればいいか。


 俺はそう気楽に考えながら、セリアとの甘い時間を再開するのだった。


 一方、少し離れた建物の陰では、変装したローゼンバーグ公爵と完全武装の精鋭騎士団が、ハンカチを噛みちぎる勢いで俺とセリアの様子を監視し続けていた……。

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