78. 邪神と、国王の憂鬱
王都の中央広場に、奇妙な静寂が流れていた。
つい先ほどまで世界を滅ぼしかけていた『星喰いの邪神』は今、完全に毒気を抜かれ、俺の腕の中で「くぅ〜ん」と甘えた声を上げている。
「……レンジ殿」
沈黙を破ったのは、ローゼンバーグ公爵だった。
彼は額の汗を拭いながら、俺と、俺の腕の中のポメラニアン(邪神)を交互に見つめ、深く深呼吸をした。
「もともと、娘のセリアを救ってくれた礼と叙勲のために陛下へ謁見する予定だったが……まさか、王都そのものを救うことになるとはな。報告の手順が滅茶苦茶だ」
「あー、すみません。成り行きで」
「謝ることではない。むしろ感謝してもしきれぬ。……だが、その恐るべき存在をこのまま野外に放置するわけにもいくまい。陛下も事態の収拾を待っておられる。すぐに城へ上がってくれ」
こうして俺たちは、呆然とする群衆と、安堵で座り込む兵士たちに見送られながら、予定を前倒しして王城へと足を踏み入れたのだった。
◇
通されたのは、王城の中でも特に豪華な貴賓室だった。
謁見の準備が整うまでの待機時間。だが、今の俺たちにとって重要なのはそこではない。
まずは、この新入り(邪神)について確認しておく必要がある。
俺は邪神をテーブルの上に降ろした。
すると、それまで大人しくしていた邪神が、ブルブルと体を震わせて本来の威厳を取り戻そうと吠えた。
『フン! いきなり城に連れ込まれるとはな! だが、勘違いするなよ人間! 我は先ほどのマッサージに免じて一時的に矛を収めただけだ! 機嫌を損ねれば、この城ごと貴様らを――』
「(……間違いないな)」
邪神の口上を遮るように、クオンが冷静な念話を響かせた。
俺の肩からテーブルに飛び乗ったクオンは、九本の尾をゆらりと揺らめかせ、黄金の瞳でポメラニアン姿の邪神をじっくりと観察している。
『な、なんだこの狐は……! ただの使い魔ではないな!?』
「(その底知れぬ魔力と、空間すら歪める重力波……。古文書にある、始祖の時代に数多の星を喰らい尽くしたとされる『邪神』の特徴と一致する。レンジ、こいつは本物の『邪神』だぞ)」
「マジか。やっぱりヤバい奴だったんだな」
俺が感心して頷くと、邪神はふんぞり返った(ポメラニアンなので胸を張っただけだが)。
『そうだ! 恐れいったか! 我がその気になれば、この星など一瞬で――』
「でも、お前。その毛並み維持したいだろ?」
俺がニヤリと笑って『聖銀のコーム』を取り出すと、邪神の動きがピタリと止まった。
『……っ!』
「俺と一緒にいれば、毎日このコームでブラッシングしてやる。極上のシャンプーも、トリートメントも使い放題だ。でも、暴れたり星を食ったりするなら、二度と手入れはしてやらない。一生そのチリチリの毛で過ごしてもらう」
『うぐぐ……』
邪神が苦悶の表情を浮かべる。
破壊の衝動と、極上のモフモフライフ。彼の中で激しい葛藤が起きているようだ。
「(それに、レンジの作った飯は美味いぞ。星を食うより遥かにな)」
クオンが追い打ちをかけるように補足する。
しばらく唸っていた邪神は、やがてガックリと項垂れた。
『……わ、わかった。降参だ。その代わり、毎日あのブラシで撫でろ。約束だぞ』
「よし、交渉成立だ。名前は……その銀河みたいな模様から取って『コスモ』な」
『コスモ……? ふん、悪くない響きだ』
こうして、宇宙の脅威は俺たちの新しい「家族」として迎え入れられることになった。
◇
それから一時間後。
俺たちは「玉座の間」へと案内された。
「よくぞ参った……公爵から話は聞いているぞ、レンジ殿よ」
豪奢な玉座に座る初老の国王は、威厳ある声音でそう言ったが、その表情は完全に引きつっていた。
視線は俺の顔と、俺の足元で「お座り」をしている黒い毛玉――コスモを行ったり来たりしている。
「我が親友である公爵の愛娘、セリアを救ってくれた『凄腕の冒険者』が来ると聞いて、歓迎の準備をしておったのだが……まさか、到着と同時に国の滅亡危機まで救ってくれるとはな」
「いえ、俺としても成り行きでしたので。こいつ……コスモとも話がつきましたから、ご安心ください」
俺が言うと、コスモは『フン、我をそこらの犬と一緒にするな』と言いたげに鼻を鳴らしたが、お座りの姿勢は崩さない。
それを見た国王は深く安堵の息を吐き、隣に控えていたローゼンバーグ公爵を見た。
「公爵よ。貴殿の報告にあった『聖人』とは、まさに規格外の人物であったな」
「はっ。私もここまでの御仁だとは、想像の遥か上でございました」
公爵が苦笑する。
二人のやり取りからは、主従を超えた長年の信頼関係と、セリアを実の娘のように案じていた国王の優しさが垣間見えた。
国王は居住まいを正し、改めて俺に向き直った。
「レンジ殿。貴殿には感謝してもしきれぬ。セリアの件に加えて、この国を救ってくれた礼は、いずれ国を挙げてさせてもらう。だが、その前に――」
国王の表情が、急に曇った。
先ほどまでの安堵の表情とは打って変わり、何か深刻な悩みを抱えているような、重苦しい空気が玉座の間を支配する。
国王は言いづらそうに視線を泳がせ、そして決心したように口を開いた。
「実は、もう一つ……貴殿のその『神の手』に、すがりたい案件があるのだ」
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