第十章『破壊の天使』 - Ⅶ
「クレイン……!」
破壊された屋上の扉付近にいた僕は、耐えきれなくなって叫んだ。胸の奥から色々な感情が噴き出す。クレインに対して感情を抑えきれなくなる。彼女の苦悩を、これまでを知っているからこそ、その瞬間は、僕にとっても待ち望んでいたものだった。
「タカト。あなたのお陰よ、本当に、ありがとう」
僕に向けられた微笑みは、そう長くはなかった。呆けているアミナに向き、まずは槍を突き付ける。
「アミナ。私に言ったこと、全部後悔させてあげるわ。あなたを倒して、お姉ちゃんたちの仇を討つ。覚悟はいいかしら?」
「は、ッ……これは夢でもなんでもねえな、お前の言うように、最後の奇跡なのかもしれない。だが、それもこれまでだ。文字通り「最後」の奇跡にしてやるよ、ルーシャもお前も、まとめて叩き潰す!!」
先に動いたのはアミナだった。目の前で自分の中ではありえないことが起こっているはずなのに、酷く真っ直ぐな突進。握りしめたヒドラを渾身の力で振りかぶり、まるで先程アマトを破壊したときのように、武器ごとクレインを両断せんとする勢いで叩きつけようとする。
かつてアマトを携えていたクレインは、よく言えば攻撃に特化していた。武器が二本あるという安心感から、ある程度の無茶もやってのけた。それは逆に言えば、防御面をかなぐり捨てているということ。しかし、今は違う。
アミナの猛攻に一度槍を納めたクレインが、入れ替わるような形で左の大盾を突き出して対抗する。甲高い金属音。耳に激しく残響するようなそれと、付近に巻き起こる衝撃波。踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまいそうな空間の中、クレインは動じずに言う。
「ファロトの盾には効かないわよ、そんな攻撃は」
「お前……相変わらず随分と生意気な口を聞くもんじゃねえか」
ヒドラの刃が盾から離れた隙を見逃さず、盾の影から奇襲するように槍を突き出すクレイン。攻撃と防御を同時に行える、もともと攻撃一辺倒のクレインからすると冷静な戦闘ができているように感じられた。
対するアミナも口調こそ乱暴だが、繰り出された槍の一撃を大剣の側面で捌くと後方へ飛び退いて距離を取った。自分の姉の武器で、一番間近で見てきたからか、初めて扱うはずのファロトを既に使いこなしているクレイン。アミナが攻めあぐねるのも無理はない。
「攻めだけでは駄目ということね。あなたも少しは見習ったらどうかしら?」
「お前に言われる筋合いはねえよ。似たようなことは散々ルーシャに言われてきた。でもな、アタシはそのルーシャを斬ったんだぞ? そのうちファロトの明確な弱点が嫌でも分かる」
アミナの言う通り、ルーシャさんは一瞬の隙を突かれ、ファロトの槍と盾の間を掻い潜られるように斬られた。あの夢が、ファロトが見せた夢が教えてくれたことだ。武器を入手できたとはいえ、未だにクレインは分が悪い。アミナの強大な力もそうだが、何よりも精神的に堪えるものがあるだろう。
「私の混乱でも誘おうとしているのかしら? 無駄な努力ね。私はお姉ちゃんが示してくれた唯一の可能性を、潰したりはしないわ」
「今のうちに粋がってればいい。お前の命乞いが楽しみだ、なッ!」
今度は上からではない。クレインの足を狙うように、横薙ぎに振り払うような斬撃。しかし、ファロトは下半身までをカバーする大盾。ヒドラの重い一撃とはいえ、クレインが操る盾に弾かれる。
「ちぃッ!」
クレインは恐ろしく冷静だ。目の前のヒドラを、まるで雑草でも見るかのように捌ききっている。そして、右手に隠した槍で、反撃の機会を狙いすまそうとしていた。
「ここよっ!」
何度かの斬撃を受け流した末、ファロトの槍が煌めいた。狙うはアミナの首元。攻撃の予感を察知したアミナの咄嗟の判断により、槍先は躱されてしまう。が、アミナの左肩に槍の先端が掠り、屋上のコンクリートに僅かながらも血痕が残る。
「何……っ、くッ!?」
手応えはあったはずだ。盾の影から槍を繰り出す、単純ながらも強力な行動を続けていければ、いずれアミナの体力も尽きるはず。それが狙い目だ。
「面倒くせえ、なッ」
眉間に大きな皺を寄せたアミナは、多少の傷など意にも介さずクレインに対して怒涛の攻撃を叩き込んでいく。さすがにアミナの底なしの体力はすぐには削れない様子だ。盾から響く衝撃の影響かクレインは若干顔を顰める。
「は、ぁッ……アミナ、お姉ちゃんともこうして戦ったの?」
「ああ、そうだ。お前と対峙してると本当にあの日のアイツみたいで無性に腹が立つ。それもアイツの武器、はっ、どんな奇跡が起きりゃそうなるんだよ」
「さあ、ね。天国のお姉ちゃんに、想いが通じたとしか言いようがないわ」
「天国だぁ? 地獄の間違いだろ? ヒドゥンを狩る対象にしか見てなかったヤツの末路は!」




