第十章『破壊の天使』 - Ⅵ
ファロトの導きもあってか、アミナがどこへ行ったのかは一目瞭然だった。図書室に向かう前にも大量に刻印されていた剣による傷、教室のドアを壊した痕跡。それは、ある場所へと収束している。
――屋上。かつて、ミオリが自ら執行兵だと明かし、クレインと戦闘を繰り広げた場所。そして、夏休み前までは僕たちの憩いの場だった。既に、ミオリとヒメノはいない。ディカリアさえいなければ、彼女たちと平和な学校生活が送れたのかもしれない。ただ、今となっては後の祭りだ。全てはクレインに協力するため、彼女たちも命を賭して戦った。結果、ディカリアの面々を各個撃破することもできたし、こうしてアミナと一騎打ちに持ち込むこともできた。
屋上へと続く階段には、夏らしくない冷たい風がそよいでいた。目を凝らすと、屋上と校舎を隔てる簡素な扉が何者かによって破壊されている。間違いない、アミナの仕業だ。
そのとき。
「何処だ、クズ共がッ!」
獣の怒りのようにも聞こえるアミナの叫び。僕やクレイン、それにササコ先輩やホノカを見つけるため、ここまで来たのだろう。僕とクレインは、繋いでいた手をそっと放す。放しながら、お互いに頷き合う。クレインの温もりが遠ざかっていくのは、やはり寂しさを感じるものだった。それでも、彼女は最後の戦いに赴く。ルーシャさんの意志を受け継いで、復讐を果たすために。
「アミナ」
驚くほど短く、普段のクレインとは違う低い声。名前の持ち主に、真っ直ぐに届いた様子だ。鋭い眼光を、僕とクレインの両方へ向けてくる。
「誰かと思えば、クレインじゃねえか。散々アタシをコケにしてくれた代償、ここで払ってもらわないとなぁ?」
「悪いけれど、あなたに払う代償なんてないわ。私の命を懸けて、あなたを倒す。それだけよ」
「ヴァリアヴル・ウェポンも使えねえ癖に随分と強気なモンだな。勝算でもあるっていうのか?」
クレインとアミナの距離は数十メートルほど。アミナが本気になれば、一足に詰め寄られてしまいそうな差だ。ヒドラをこちらに向け、攻撃の機会を窺っているアミナ。刻まれてしまえば、そこで終わり。クレインはもう一度、手首のファロトへと触れた。在りし日の姉の姿を、倒れていった仲間たちを思い出すように。
「勝算なんてものがあるのなら、もう既にあなたを倒しているでしょうね。それがないから、こうして逃げ惑うしかできなかった。肝心なときに、私の願いも届かなかった」
「じゃあお前は、わざわざ斬られに来たってことだな? いいぜ、アタシのストレス解消に一役買ってくれよ。ついでにササコの居場所も――」
調子づいて言葉を並べるアミナ。しかし、クレインの鋭い眼光に、微かながらもたじろいだような様子を見せた。
「なんだよ。まだ戦おうってのかよ。気に入らねえんだよ、そういう往生際の悪い態度が! お前もササコもそこの人間も、大人しく殺されとけばいいんだよ!」
「そうね。確かに、私は往生際が悪いのかもしれないわ。この期に及んであなたを倒すために、最後の奇跡に縋ろうとしているのだから」
クレインがファロトを装備した右手を、天高く掲げた。ファロトからは、ヴァリアヴル・ウェポン特有の光が、漆黒の空に映えるように確かに放たれていた。図書室で展開を試みようとしたときは、反応すらしなかった。そんなファロトが、この土壇場で、姿を示そうとしている。
「そんな虚仮脅しに付き合ってられるかよ。いい加減諦めろ、お前にファロトは――」
アミナの言葉を遮るように、その青い光は、一層輝きを増す。そして、辺り一面が眩い光に包まれた瞬間、思わず僕は目を閉じてしまった。恐る恐る、まだ青白さの残る視界を開く。
いつか見た夢を、思い出していた。
知らない場所で、誰かと誰かが、戦っている夢を。ひとりは身の丈程もある巨大な剣を、そして、もうひとりは――。
「嘘、だろ。本当にこんなことが在り得るのかよ。何者なんだ、お前は……」
狼狽するアミナを他所に、溢れんばかりの光を放つ両腕の「ファロト」を見つめるクレイン。
「――お姉ちゃんの武器だわ」
ぽつり、と落とされた言葉。心なしか、その声は震えていた。
あの夜、僕が見た夢の中の光景そのままに。クレインの右手には、アマトとよく似た白銀の槍が。左手には、翼を模した造形の大盾が。間違いなく、彼女の武器として、確かに存在していた。




