第十章『破壊の天使』 - Ⅴ
「――うん。もちろんだよ、クレイン。もう僕らはずっと一緒だ。生きているときも、死ぬときも、どんなときも。君がいいなら、地獄にだって着いて行く覚悟はあるよ」
「ふふ、タカトならそう言ってくれると思っていたわ。地獄にだって、とまで言われるとは思っていなかったけれど。当然、ここまで来たら最期まで付き合ってもらうわ。どうしても駄目になったら、アミナに殺されるくらいなら、この手であなたを殺してから私も死ぬ。それなりの覚悟は、私も出来ているつもりよ」
もう、弱気なクレインはいない。教室の机の影に隠れながらも、彼女の顔はとても清々しく輝いて見えた。
もちろん、ふたりとも死んでしまうことが最悪の結末であることは理解している。それでも、僕は。彼女とならば死を選んでもいい。覚悟は、確かにある。
それだけ彼女のことを信頼しているし、必ずファロトを展開できると確信をしているからこそ、最悪の結末も受け入れられる。そう、強く思った。
「分かった。そのときはお願いするよ」
「そうならないのが、一番いいのだけれど。そうだ、タカト。最期になるかもしれないから、これだけ。目を閉じてくれる?」
心臓が跳ねると共に、夏休みに入る前の、あの夜がフラッシュバックする。これは、キスのサインだ。彼女たち執行兵にとっては、特に意味のない行為。そう考えると虚しさも感じるが、僕は否定する理由もなく、頷くと瞳を閉じた。
――クレインの唇が、僕の唇へと触れる。しかし、あのときとは違う。ただ一度触れるだけではなかった。何度かの啄むような口付けの後、より深く、深く、唇が押し当てられる。同時に、クレインの腕が僕の背中へと回される。彼女に感化され、鳴り響く心臓の音を必死に抑えながら、僕も彼女の背中に手を回した。彼女の心臓の音さえ、聞こえてしまいそうなほど近い距離。
行為も、その意味でさえも、あの夜とは一線を画していたような気がした。
まるで、恋人同士のようだ。命の危機が迫る中で、こうしてお互いを抱き合って、一番近い距離で触れ合っている。月明かりの支配する教室の中で。彼女の温もりを、他でもない僕が、享受している。
もっと彼女に触れたいと思わなかったといえば、嘘になる。けれど、こうした夢ともいえるような時間には、クレイン自身が終わりを告げた。
彼女の温もりが離れていく。微かに、僕たちの間に銀色の糸が伝って、名残惜しそうにぷつんと切れる。
「……少し、大胆過ぎたかしら? 今のは契約じゃない、私の本心。あなたに対する想いよ。そうね、人間の言葉に直すのなら、「好き」という感情なのかもしれないわ」
「え、っ――!」
思いがけない告白。頭の中が真っ白になり、目の前の現実を受け入れるのに時間がかかった。ただ、確実に、彼女は僕に対する想いを口にした。クレインの柔らかな微笑みが、瞳に焼き付く。
「何よ、素直に喜びなさい。せっかく私が、その……執行兵としてではなくて、人間の言葉で想いを伝えているのだから」
「喜ぶ、って言っても……もちろん、嬉しいけどさ。もしも夢だったらどうしようって」
「夢? 面白いことを言うのね。時には、現実を受け入れることも必要なのよ」
受け入れることはやぶさかではない。というか、彼女の想いならば当然、全力で受け止めたい。例え夢だったら、夢で終わらせたくはなかった。それくらい、嬉しい。
「さ、タカト。私は伝えたわ。あなたの想いも……いいえ、それは、この戦いが終わってからにしましょうか。今は目の前の敵を倒す。それからのことは、ゆっくり話せばいいわよね」
僕の想いなど、既に決まり切っているのに。今この場で想いを伝えられないことが、とてももどかしい。でも、戦いに赴く彼女に対してその気持ちを混乱させるようなことはできない。クレインの言う通り、戦いが終わってから、今後のことはゆっくりと話せばいい。
「分かった。クレイン、これだけは言わせてくれるかな?」
「ん、どうしたの?」
身を隠していた机の影から立ち上がり、廊下をジッと見据えていたクレイン。僕も彼女と同じように立つと、その青い瞳に視線を重ねた。
「必ず、生きて帰ってこよう。君も、僕も」
「ええ、もちろんよ。あなたは必ず、私が守るわ」
交わす言葉は短い。クレインが、そっと僕の手を取った。さりげなく指を絡められてしまうと、先程の口付けから抑えていた想いが溢れそうになる。
それでも、今は。クレインの言葉を反芻しながら、彼女と共に、僕は教室から立ち去る。




