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デストロイエンジェル  作者: 零時桜
第十章『破壊の天使』
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第十章『破壊の天使』 - Ⅲ

「はぁ、ッ……ここまで来れば――」


 息も絶え絶えにとある教室へ転がり込んだ僕とクレイン。月の光が眩しいほどに僕らを照らしているが、アミナの足音はまだ聞こえてこない。ただ、ここもいつ見つかるか分からない。なるべく息を潜めるように机と椅子の間に身を隠した。


 傍らのクレインは、まだ小さく身体を震わせている。


「クレイン、大丈夫?」


「ええ……タカト、ごめんなさい。あなたに情けない姿を見せてしまったわね。私、正直高を括っていたわ。冷静に考えたらヴァリアヴル・ウェポンはひとりにひとつだけの武器。いくら私が武器を失った状態とはいえ、お姉ちゃんの武器を使えるはずがない」


 アミナに発見されないようにか、もしくは自信喪失の表れか。クレインの声は聞いたことのないくらいにか細く、「蚊の鳴くような」という表現が正鵠を射ているように思えた。


「クレイン……」


「馬鹿ね、私は。研修生だった頃に散々習ったじゃない。それを忘れて奇跡に縋るなんて、本当に……っく、う……」


 ぽとん、と、クレインの頬を伝って何かが零れた。月明かりに照らされる透明な雫。それは、彼女の手首に存在するファロトと共鳴するようにきらりと光った。


 クレインの涙。彼女と出会ってから今日まで、様々な経験を重ねてきたはずだった。ただ、彼女の悲しみが溶け込んだこの雫を見たのは、初めてだった。


 恐れ、悔しさ、葛藤。全てが、クレインを支配しているような気がした。自分が奇跡に縋ったせいだと自責し、涙を流す。そんな彼女の姿を、見続けているのが辛かった。


「おしまいよ、何もかも。全部アミナに壊されてしまうんだわ。お姉ちゃんとの思い出も、あなたとの日々も」


 彼女があれほど追い求めていたルーシャさんの仇が、こんなに近くにいて。あまつさえ僕たちは追いかけられているという状況。以前のクレインならば、例え武器が使えなくても馬乗りになって首を絞めるくらいの勢いはあった。でも、今は。翼を失くした鳥のように、全ての自信を喪失してしまっている。


 僕だって怖い。もちろん、怖い。恐怖が先行して、頭が混乱して、どうにかなってしまいそうなほど怖い。彼女のように戦ってはいないはずなのに、これほどの恐怖が襲うなんて思わなかった。それだけ、アミナが強大な力を有しているということ。


 俯いて教室の床に視線を落とし続けるクレイン。何か、何かないのか。僕が彼女にできること。彼女の恐怖が、絶望が、少しでも和らぐ方法。


 考えに考え抜いた結果が、彼女を励まし、鼓舞すること。アミナ自身が残した唯一の可能性を伝えることだった。


「クレイン。終わりじゃ、ないと思うよ」


 声をかけると、クレインはぴくっとその肩を震わせる。視線が重なり合う。その青い瞳に、思わず吸い込まれそうになる。


「終わりじゃ、ない?」


「うん。確実なことは言えないけど……君がファロトを使おうとしたとき、どうしてアミナは最初から武器が使えないことを言及しなかったのかな? それは、君が万が一にでもファロトを使える可能性があったからじゃないのかな?」


 あくまでも憶測にすぎない。ただ、これが今、彼女に伝えられる全てだ。


「そうかしら。アミナは初めから知っていて、私が武器を使えないのを見て嘲笑っていたのかもしれないわよ」


 その可能性は僕も考えていた。しかし、ファロトを一目見たアミナの表情と、震えた身体からは、とてもそんな余裕があるとは思えなかった。


「可能性がないとは言えないけど、アミナは絶対に嘘はつけない性格だと思う。だから、アミナだったらファロトを見た段階ですぐに斬りかかって来るんじゃないかな。少し様子を見たのは、やっぱり――」


 言葉の続きは、クレインによって遮られた。白く透明な輝きを放つ彼女の指が、僕の腕に触れる。クレインの青い瞳は、微かに流した涙で濡れていた。こんな状況で、彼女のことをとても綺麗だと思ってしまう自分がいて。普段の何気ない生活がどれだけ幸せだったか、改めて自覚させられる。


「クレイン?」


「いいのよ、そんなに必死に励ましてくれなくても。ここに来たときから、私の覚悟は決まっているから。アミナに勝てば復讐を果たせる、負ければ死ぬ。そのどちらかしかないの。でも……ありがとう」


 クレインは短い礼の言葉と共に、柔らかな微笑みを返した。


「そんな、感謝されることなんて」


「あなたのお陰で吹っ切れたわ。覚悟はしていたけれど、いざアミナと対峙してみると恐怖は拭えない。それをあなたが取り去ってくれたの。それに、他に方法がないのなら、試してみるしかないわよね」


「試すって……」


 クレインの心は決まっているようだ。先ほどの自信を失くしたクレインは、もうどこにもいない。左腕のファロトを僅かに掲げながら彼女は言う。


「ファロトの展開。もし、万が一にでも可能性があるのなら、私はそれに賭けるわ。というより、もうそれしか道はないはずよ。ここに隠れていてもアミナに殺されるだけだわ。こちらから迎え撃つくらいの決心はしないといけないわね」


 未だに足音は響いてこないが、アミナが近くにいてもおかしくはないこの状況。確かにそうだ、と僕も首を縦に振る。


「分かった。僕も行くよ」


「駄目だって言っても付いてくるんでしょう? 本当に、あなたは物好きな人よね。今に始まった話ではないけれど」


 おかしそうに小さく笑うクレイン。僕自身のことを言われているのだと頬が熱を持った。物好きな人、言われてみればそうなのかもしれない。クレインと出会ったのは必然的だったが、例えば彼女のことを放っておく選択もできたはず。その場合の僕の末路は、最早想像に難くないが。

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