第十章『破壊の天使』 - Ⅰ
轟音が幻だったかのように、夜の校舎は深い静寂に包まれている。昇降口では分厚いガラスが割られ、散乱し足の踏み場もないような状況だった。
「アミナは遠くには行っていないはずよ。私から離れないで」
周囲を警戒するように視線を辺りへ巡らせるクレイン。彼女の腕には、ササコ先輩から受け取った腕輪が光っている。ヴァリアヴル・ウェポン「ファロト」。彼女の姉、ルーシャさんが所持していた武器。本当に使えるかどうかは定かではない。だからこそ、クレインも敢えて武器を生成しようとしないのだろう。
「もう先輩たちが見つかってる可能性は……」
「否定はできないわ。けれど、さっきから妙に、ファロトが何かに引き寄せられている気がするの。もしかするとアミナの居場所まで誘導してくれているのかもしれない。今は、ファロトとお姉ちゃんを信じてみましょう」
クレインは確信を持って進んでいた。僕も彼女に倣うように、窓際から差し込む月明かりを頼りに真っ暗な校舎内を歩く。アミナの居場所を示しているということは、ファロトは死んでいない。壮絶だったことが想像に難くない戦闘を生き延び、ササコ先輩の元でクレインに渡る今日を待ち望んでいたように思う。
教室棟から特別室棟へ。理科室や音楽室などが並ぶこの棟の中で最大規模の空間、それが図書室だ。そこで、クレインのファロトがより大きく反応を示す。アミナの通り道だったのだろう、行く先々で手摺や扉に刃物の傷が散見された。
「……! 図書室ね。タカト、注意して」
「分かった。クレインも、気を付けてね」
お互いに頷きを返しつつ、木の一枚板で作られた図書室の扉を開く――。
「――チッ、お前かよ、クレイン。まあ、ササコがノコノコ出てくるわけはないよなぁ?」
机の上に足を組んで腰掛けていたアミナが、その紫色の瞳をギラリと向ける。手にはもちろん、彼女の武器である大剣「ヒドラ」が握られており、その眼差しは溢れんばかりの殺気に満ちている。
「ガラスをぶっ壊したり、ここの本を刻んだりしてみたが収まらねえよ。この怒りは本人に直接ぶつけねえとな……雑魚に用はねえからササコを連れてこい。話はそれからだ」
「雑魚、ね。本当にそう言えるのかしら?」
僕と歩調を合わせていたクレインが、そこで一歩だけ前に出る。アミナは、まだクレインの新しい武器に気づいていない様子だ。相変わらず椅子に座り込んだまま、訝し気な表情を浮かべている。
「何が言いたい? 武器を失ったお前に、何ができると――」
一瞬だけ、キラリと輝いたクレインのファロト。その刹那を、アミナは見逃さなかった。
ササコ先輩がキララを斬った瞬間よりも、アミナはその瞳を大きく見開いて震える。当たり前だ。自分が殺したはずの存在が使っていた武器が、そこにあるのだから。
「くくっ……あはははははッ! そういうことかよ! 傑作だなぁ、おい。マジでルーシャが化けて出てきたのかと思ったぜ。あの状況でファロトを回収できるのはササコしかいねえよな。全く本当にいい仕事をしてくれるぜ、憎くて仕方ないくらいにな」
アミナが机から飛び降り、その際に手にしたヒドラを床へと突き刺す。冷たいリノリウムの床はいとも簡単に彼女の刃を受け入れた。腕に青黒い血管が浮かんでいるのを見てしまうと、僕は思わず竦んでしまう。
ただ、クレインは違った。そんな小さな脅しなどに屈する彼女ではなかった。僕を後ろへ下がらせると、更に一歩だけ踏み出してアミナを睨みつけた。
そして。
「本当よね。生徒会長……いいえ、ササコ先輩はいい仕事をしてくれたわ。お姉ちゃんのためにね。私の復讐をこれだけお膳立てしてくれたんだから、後は果たすだけだわ。覚悟しなさい、アミナ」
「ああ、やってみろよ。今後こそお前も、ファロトも、塵ひとつ残らないくらいに粉々にしてやる。アタシは今最高に怒ってるんだ、お前が生きてきた軌跡すら抹消してやるよ」
戦いの火蓋が、斬って落とされる。
「これがお姉ちゃんの力――行くわよ、ファロトっ!!」
――はず、だった。




