第九章『背信の刃』 ‐ Ⅷ
「遅いな」
僕の目では追えなかった。しかしその斬撃を受けたアミナは、余裕そうな表情を崩さないまま何回斬りつけたか分からない高速の斬撃を捌いてしまう。通じないと分かると、小さな跳躍と共に距離を取る先輩。肩で呼吸をしながら、悔しそうに歯をくっと噛む。
「さすが、防御も一級品ですね。ただの単細胞ではないことは知っていましたが、私の斬撃を全て受け止めるとは驚きです」
「そうか、認めてもらえて光栄だな。ササコこそ、少しだけ腕を上げたんじゃないか? 連日ヒドゥンを殺しまくってれば自然とそうなるか」
「ええ、奴らは動きが遅いうえに大きいですからね。試し斬りには最適な相手でした」
互いを認め合うような賞賛からも、殺伐とした空気が漂う。この勝負は果たして決するのか、それすらも分からない。現状だけを考えてしまうと、息すらも乱れていないアミナが有利だ。対するササコ先輩は、アミナの攻撃を受け止めたこともあってか消耗している。
「でけえ口を叩くようになったよな、お前も。大人しくアタシに従わなかったこと、後悔させてやるよ」
今度はアミナの番だ。相変わらずの鋭い踏み込みからは威圧感さえ漂っている。アミナがそれだけ強大な力を持つ執行兵だという何よりの証拠だ。ササコ先輩は既に臨戦態勢に入ってはいるが、無尽蔵に振るわれるヒドラの剣筋を捉えることで精一杯の様子だ。先輩はなるべく被害が僕やクレイン、ホノカに及ばないように防御をしてくれている。まともに受け止めればクレインのアマトのように粉々に砕けてしまいそうなほど強力なアミナの攻撃。仕込み刀の鞘を上手く使用することで受け流す。時折刀身を抜き放ってはアミナへ攻撃を仕掛けようとするが、アミナの身のこなしやヒドラの固い守りもありなかなか有効打には繋がらない。これが始まりの執行兵たちの戦闘。傍らのホノカはクレインを気遣いながらも、息を飲んで見守っている。
「はッ……埒が明かねえな、ササコ!」
「本当ですね……っ、正直、ヒドゥンを相手にしたときでさえこれほど息は切れませんでした。アミナ、訓練のときは真面目にやっていたんですか?」
「ああ、大真面目だったよ。だがな、今は違う。お前に裏切られた怒りと憎しみで、アタシもどうにかなりそうなんだ。お前なら理解できるよ、なッ!」
アマトを破壊したときと全く同じ軌道を描いて、ヒドラの刃がササコ先輩へと迫った。疲れもあり今まで通りに上手く裁けない様子だ。両腕で振るわれたそれはメリンの鞘を捉え、火花を散らす。少しだけ受ける角度を変えて勢いを殺そうとした先輩も、弾かれた勢いで後退せざるを得ない。
再び、ふたりの距離が開く。アミナはヒドラを中段に構え、ササコ先輩はメリンをいつでも抜刀できる体勢に移っている。
「次で、決めます」
「ああ、来いよ」
互いの言葉は短い。ササコ先輩は一回だけ深呼吸をすると、瞳を開いて文字通りの一陣の風となる。アミナへと接近し、メリンの刃が一番有効な距離まで迫ると同時に、抜刀。狙いはアミナの両足だった。キララのときと同様に、まずは動きを封じようという算段。
しかし――。
「さっきよりも遅いな、もうお前の動きなんて全部お見通しだ」
アミナはそのまま、一発、二発と振るわれたメリンの斬撃を振り払う。鈍い音の残響と共に弾かれる刃。その一瞬の隙を、アミナは見逃さなかった。
「ッ!? しまっ――」
「終わりだ。地獄で詫びろ」
真っ直ぐに突き出されたヒドラの切っ先。ササコ先輩は咄嗟の判断で急所を外すように身体を捻るも、ヒドラは先輩の右脇腹を捉えた。
「か、は――ッ」
短く息を吐き出し、自分の現状を何とか把握しようと目を見開く先輩だが、それは叶わない。急所は外れているとはいえ、剣で貫かれたダメージは無視できないはず。反対に、先輩をようやく捉えたアミナはニヤリと口角を上げ、そのままヒドラを引き抜くと先輩を蹴り飛ばした。
「っぐ、ああッ!」
「ササコ先輩っ!」
思わず叫ぶ僕。クレインのときほどではないが、ササコ先輩の身体は勢いを殺さぬまま体育館の壁へと激突し、ずるりと地に落ちる。ヒドラにより貫かれた脇腹からは真っ赤な鮮血が止め処なく溢れている。
「おいおいササコ、これで終わりかよ。呆気ない最期だな」
ブーツを鳴らしつつ一歩一歩近づくアミナに、僕たちは為す術ない。絶体絶命か、と僕は本気で死を覚悟した。しかし。
「タカト、お前は生徒会長を連れて逃げろ。私はクレインを連れていく。校庭で落ち合うぞ」
傍らのホノカがそっと僕に耳打ちした。彼女はサトラを元のネックレスへと戻すと、すかさずクレインの身体を背負う。軽々とした身のこなし。粉々に砕けた武器を一瞥しながら、ホノカは僕を見据えて急かすように言う。
「早くしろッ!」
「う、うん。分かった……!」
ホノカのようにササコ先輩の身体を背負うことはできない。考えた結果、僕は先輩の膝裏と脇の下に手を滑り込ませ、横抱きにした。その際、地に落ちたヴァリアヴル・ウェポンも回収する。突然の行動に一番困惑したのは、他でもないアミナだ。
「お前ら、ついにトチ狂ったか? 鬼ごっこのつもりか何だか知らねえが、このアタシから逃げられるとでも――」
アミナが距離を詰めてきたら、僕の首など一瞬で刈り取られてしまうだろう。実際、アミナの体勢は低く、こちらへ突進するまでの溜めを作っているような状況だ。その隙という隙を、ホノカは見逃さなかった。クレインの武器、アマトの柄が足元に転がっているのをもう一度確認すると、そのまま足で蹴り上げた。アマトの柄は真っ直ぐにアミナへと飛来する。
「な、ッ……!?」
「タカト、早く逃げろっ」
アマトを目暗ましに使ったホノカ。細かい武器の破片などもあってか、アミナはすぐには動けない様子だった。頷きを返し、ふわりと羽根のように軽いササコ先輩の身体を持ち上げ、重い木の扉を肩で押すように開く。
「クソ、どいつもこいつも小賢しい……ッ!」
ちらりと後方を覗うと、目潰しを受けたアミナが苦悶の表情を浮かべつつ僕たちを視認しようとしている。昨夜、クレインがアマトを投げてキララを磔にした際も同じ。神聖な武器を蹴るなど、アミナにとってはもっての外だったようだ。




