第九章『背信の刃』 ‐ Ⅶ
声は、震えているようにも感じられた。本当は今すぐにでもササコ先輩に斬りかかりたいところなのだろう。その俯いた表情からは何も覗えないが、今までに聞いたことのないくらいの低い声で、ササコ先輩を突き刺すように言葉を放つ。
「いったい、何の真似だ? 何かの冗談だろう? アタシは夢でも見てるのか?」
「夢ではありませんよ。ごめんなさい、今までずっと騙していて」
「ごめんなさい、だと? 謝って済むような話なのか、コレは」
「さあ? 謝るとか謝らないとか、それ以前の問題かもしれませんね」
互いの隙は一切ない。ふたりの間に流れる殺気のような空気が、こちらにも届く。
アミナが、手にした大剣のヒドラを肩に担ぐ。手の血管が浮き出すくらいに力強く、剣の柄を握り締めた。
「分かるか、ササコ。アタシは今、怒ってる。いや、違う、怒りじゃないな。怒り以上の感情だ。絶対に許さねえ。何ならルーシャももう一回殺してやりたいくらいだ。ああ、ちょうど適任がいるじゃねえか、なあ、クレイン!!」
アミナの殺気に飲み込まれていたクレインが、名前を叫ばれて我に返った。が、その刹那には、クレインの目前までヒドラの刃が肉薄していた。
「な――ッ!?」
咄嗟の判断で手にしたアマトを十字に重ねて構え、受け止めるようとするクレイン。しかし、ヒドラの太刀筋は正確で、鋭い。ササコ先輩やルーシャさんに対しての憎しみも込められた刃。巨大な異形すら屠るヴァリアヴル・ウェポンの硬度であっても、敵わない――。
クレインの持つ槍、アマトが、無慈悲な一太刀の元に折れ、彼女の身体もろとも吹き飛んだ。
「――……きゃぁぁぁぁっ!?」
「クレイン!」
僕が声を枯らしながら叫ぶも間に合わない。刃こそクレインの身体には届いていないが、アマトを破壊された衝撃で彼女は大きく吹き飛び、そのまま体育館の扉へと激突した。一瞬だけ身体が浮き、板張りの床へとうつ伏せに倒れる。後頭部を打ったのか、彼女は根元から折れたアマトを両手に握りしめたまま、ピクリとも動かない。
「クレイン! おい、クレインッ!」
僕とほぼ同時に、ホノカもクレインの元へ駆けた。この状況を作り出した張本人は、今度はササコ先輩にその刃を向けている。こちらのことは眼中にない様子だ。
「ササコ。お前との戦闘に横槍を入れられたら萎えるからな。奴にはしばらく眠ってもらうことにするぜ」
「あら、アミナらしくないですね。あなたなら、私とクレインさんとホノカさん、三人でも潰してやると言いそうなのに」
「挑発のつもりか? まあ当然、お前たちが束になって掛かってこようが潰してやる自信はあるがな。だが、何よりも今は――」
口角を上げると同時に、黒い一閃と化したアミナがササコ先輩へと迫る。
「お前を嬲り殺すことしか考えられないからなぁッ!!」
アミナの踏み込みは、クレインと戦っていたときよりも数段早い。まるで、今までの戦闘が単なる余興に過ぎなかったと言わんばかりだ。対するササコ先輩は、未だにメリンを抜き放つ素振りは見せない。アミナの攻撃に対し、居合いの容量でカウンターを仕掛ける戦法のはず。
だが、そんな先輩の思考など全て見通しているように。反撃の隙を与えないほどのスピードで、大剣を思い切り叩きつける。
「くッ……!?」
思わず後方へ飛び退く先輩。床に張られた板が大きく抉れ、飛び散る。が、その一撃で終わりではない。すぐに体勢を整えてからの二撃目、三撃目。横薙ぎに往復するように振り払われたその軌跡を、上手く勢いを殺しながらメリンで受け流す先輩。
甲高い音が、ビリビリと響くように伝わる。アミナとササコ先輩の戦闘の激しさを物語るようだ。
「ササコ、知ってるだろ。アタシは他人を裏切るような奴が一番嫌いなんだよ。まんまと騙されたアタシやヒトヨやキララにも責任はあるが、こんな仕打ちはあんまりだよな?」
「知りませんよ。アミナだって、ルーシャを裏切ったのですから」
「裏切りじゃねぇ! 奴とは初めから、意見の相違があったんだよ。それともなんだ、分かり合える未来があったとか抜かすんじゃねえぞ?」
「私だって、あなたたちの関係がそんな単純ではなかったことも理解しています。ただ……あなたのやり方は、明らかに間違っていた。ルーシャを斬る必要が、どこにあったんですか!?」
自らの主張を刃に乗せて振るい続けるアミナと、それを受け流し続けるササコ先輩の攻防。ふたりは、一旦そこで間合いを取る。ササコ先輩は小さく息を上げているが、対するアミナはまだ余裕を持っている。
「あのなぁ、ササコ。選択肢はふたつしかねえんだ。分かり合うか、殺し合うか。分かり合うことができないのなら、不安分子を少しでも取り除くには排除するしかないだろう?」
「相変わらず極端な考えですね」
「お前の中ではそうかもしれないな。極端と言われようがアタシは一向に構わない。アタシにとっての最終目的が……人間界の支配ができれば、その過程はどうでもいい」
言葉からはアミナの強い意志を感じる。実際に対峙しているわけではない僕でさえ、雰囲気に飲まれてしまいそうな会話。まだ目を覚まさないクレインのことも気がかりだが、どうしてもアミナと先輩の会話が気になってしまう。
「そうですか。改めてルーシャがあなたのような人に斬られたのだと思うと、彼女の無念が浮かぶようです。アミナ、私があなたを斬ります。異論はありませんね?」
「は、随分と強気じゃねえか。お前ごときがアタシを斬れるとでも思って――」
言うが早いか、アミナの言葉さえも遮って、ササコ先輩はゆらりと姿を消す。先輩の方から仕掛けるとは思わなかったのはアミナも同じだった様子で、軽く舌打ちを飛ばしながらヒドラの背を使い防御の体勢に入った。消えたかと錯覚していた先輩の姿。目にも留まらぬ速度で抜き放った刀が放つ銀色の光が、微かな軌跡となって映った。




