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【 SIDE:CHIYO 】 第3話 マスクの下


 偽りのアトモスフィア本部内には、エマージェンシーが鳴り響いていた。


 キャプテン・トーチカの追撃は、予想以上のものだ。

 私はSランクを……いや、トーチカという悪党を、なめていたのかもしれない。

 見えていない私を、執拗に追跡してくるのだ。


「どうして……」


 私の――レディ・ステルスのアビリティは、アンノーティス。

 あきらかにそこにいるのに、他者の五感から逃れ、|誰からも認知されなくなる《・・・・・・・・・・・・》能力だ。

 つまり消えている間、私の残す匂いも、声すらも、相手は認識できない。

 でも、このアビリティは痕跡を消すことは出来ない。

 監視カメラに映像は残るし、その場に指紋や頭髪を残せば、そのままだ。

 そういう弱点はあるけど……でも、トーチカはそういう部分ではない、自身の経験と技術にのっとった勘という武器で、このアビリティに対応してきている。

 幸い最後の一歩を詰め切られていないから、ここまで逃げてこられてはいる。

 多分、彼を相手にするには、同じだけの勘とか思考能力とか、そういうものが必要になる。

 ましてや倒すとなると――


「あと、30秒!」


 出口も、近い。


 ドゥンッ!!


 私は、背後から響く砲声に、急いで角を曲がる。

 ガシャァンという轟音とともに、通路に着弾した。


 目の前に、出口が見える。

 でも、そこは開けたスペース。

 こんな場所で、背後にキャプテン・トーチカ。


 私は、迷いなく、まっすぐ出口に向けて走りながら、跳躍する。

 そして、空中で身をひねり、背後を向いた。

 私が来た道に、砲身が見える。

 今だ――。


 引き金を、引く。


 こちらを向いた瞬間の、高射砲の銃口。

 その開いた暗闇の中に、光がすべりこんでいった。


「なっ!?」


 バンッッッ!!


 弾ける音が響く。

 私の視界の中で、トーチカの持つ高射砲が、火を吹いていた。


「……やった!」


 でも、トーチカの判断は早かった。

 内部で炸裂した高射砲を一瞬で投げ捨てると、剣を抜いて、こちらに向けて走りだす。

 私に向かっているわけじゃない。

 認識できない私じゃなく、私が向かうであろう出口を目指してるんだ。

 それだけはわかった。


 でも、その一瞬の時間を作り出せたことは、大きかった。


 私は、そのまま出口の外へと、転がる。


 回る視界の中で、出口に迫るトーチカの姿が見える。


 そして、時間になった。




 視界が、大きく揺れる――


 耳をつんざく、轟音――


 爆発――


 それは、とてもじゃないけど、時間稼ぎの規模ではなかった。


 その、恐ろしいまでの衝撃は、私の身体をも吹き飛ばす。


 転がる。


 ひどく、転がって、強かに背中を打ち付けた。


 そして、私の意識は暗闇に落ちた。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 どれくらい経ったのか、ゆっくりと、ぼやけた視界を認識し始めた頃。

 ゆっくりと、痛む身体を起こすと、スーツに積もった雪が地面に落ちる。

 白い、真冬の世界は、赤く、炎にまみれていた。

 視界の中で、崩れたビルが燃えている。

 そこで、私は気づいた。

 ビルには、プロパンガスの文字があり、外にはまれに見る大きな縦長いタンクが転がっている。

 ようやく、頭もハッキリしてきた。


 ゆっくり立ち上がると、マスク内に情報が表示される。

 コンシリアートルは無事に脱出しているようだった。


「……よかった」


 お父さんが死んでる私にとって、あの人は死んでほしくない人だったから。

 悪党たちは、必死に消火活動を始めたようだった。

 手伝うべきかと、少し前に歩き出したところで、それは目に飛び込んできた。




 瓦礫の山。


 その中から、見える、手。




 何かはわかっていた。でも、頭が理解するのに、少しだけ、時間がかかった。



「っ!? キャプテン・トーチカ!!」


 さっきまで、追撃戦を繰り広げていたからわかる。

 高射砲を構えていた腕だった。


 慌てて、駆け寄る。



 半分以上、身体を瓦礫に潰されていた彼のすぐ横には、携帯電話と、


「……え?」


 そして、マスクが、転がっていた。



 その頭から、血が、流れていた。



 血だまりの中で、偶然にも開いた携帯電話が、小さな明かりを灯す。



 雪が、降っていた。



 彼は、瓦礫と血だまりに、沈んでいた。



「……よっ……ちゃん……?」



 マスクの主は、動かない。



 見知った顔。



 毎日一緒にいて、愛しあった、恋人。



 大好きで、大好きで、仕方のない人。



 爆弾をしかけた。戦った。邪魔をした。出口に向かわせなかった。爆発に巻き込んだ。仕事だった。必要だった。助けたかった。これはなに?



「ウソ……だよね……?」



 ヒーロー輸送車が、私の後ろに滑り込んでくる。



 飛び降りてきたコンシリアートルが、何か言っていた。



 でも、わからない。



 なにも、わからない。



 その場に、崩れる。



 転がった携帯電話には、メールが表示されていた。



『ちょっと大変なお仕事入っちゃった。でもがんばるね! 大好きだよ!』




 雪が、降っていた――。


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