【 SIDE:CHIYO 】 第2話 記憶の中の、彼女と、彼と
それは、とある真冬の出来事。
しんしんと降り積もる、雪の日のこと。
まだ昼間なのに、白く染まった街に人影はひどくまばらだった。
風に舞う粉雪は、身を切るような寒さを演出している。
「レディ・ステルス。キミに、緊急指令がある」
しばらくそんな雪景色を窓の外に眺めていた、私の前に立つタキシード姿の人物が、大仰な身振りで振り返る。
その顔は、モノクルと矢印形の口ヒゲが特徴的だった。
「なんでしょうか? アンミラーリョ様」
正義協会、中央区支部――ここは、その支部長室。
そして目の前にいるのは、支部長であるヒーロー・アンミラーリョ様だ。
「現在、我々中央区支部が、悪の組織・アトモスフィア殲滅作戦のまっただ中であることは、承知していると思う」
「はい。大々的な作戦だと、うかがっております」
「さよう。失敗は許されん。アトモスフィア総帥、バジリスク・ル・ソレイユ・ノワール。通称、ドン・バジリスクを確実に追い詰める必要がある。そのために、内部情報が必要となる」
潜入捜査――。
リスキーだけど、確実な戦果をあげる手段として、ここ中央区支部でよく用いられる方法。
ここでというより、アンミラーリョ様が好んで用いるといった方が正しいかもしれない。
アビリティや技術、人柄――そういったもので、潜入班として選抜される。
私も同じだった。
「潜入、ですか?」
私がそう尋ねると、アンミラーリョ様は肩をすくめてみせる。
「バッドだ。バッド・ジャスティス。不正解だよ。結論を急くものじゃない」
「は、はい」
「現在、すでに他のヒーローが潜入中だ。コンシリアートル、知っているだろう」
「存じております」
コンシリアートルが……。
この間、大きなミスをおかして落ち込んでいた時、「年齢も年齢だし、そろそろ潮時かもなぁ」ってグチをこぼしてたのを覚えてる。
大丈夫だろうか?
そんな私の杞憂を打ち破って、アンミラーリョ様が口を開く。
「彼が、潜入中に、敵にスパイと見破られた」
私の杞憂は、現実となっていた。
「コンシリアートルは……大丈夫なんですか?」
「わからない。最後の通信では、見破られたことと、逃走中である旨は報告があった」
彼は、私がヒーローになってすぐ、いろいろ教えてくれた先輩だ。
まるでお父さんみたいな、そんな――
「そこで、キミへの司令だ。彼の救援に向かってもらいたい」
「わかりました」
私は、危険だということはわかっていたものの、二つ返事でうなずいた。
彼を放ってはおけない。
「基本的な流れはこうだ。潜入し、爆弾を仕掛ける。この爆弾が、敵の目をひきつける役割となる。敵が爆発を敵襲と誤認したところで、すばやくコンシリアートルを回収し、脱出したまえ。キミのアビリティなら可能だろう。詳細は、指令書に目を通しておきたまえ」
敬礼すると、アンミラーリョ様は満足そうにうなずいた。
「いや、今秘書を探しているだが、キミのような女性に秘書についてもらえるとありがたいんだがね」
その言葉に、私は少し考えて、笑顔を返す。
「申しわけありません、私に秘書は向かないと思います」
「そうかね。残念だ。それでは、至急、出動してくれたまえ」
「了解!」
私は、はやる気持ちを抑えながら、アンミラーリョ様に背を向けて歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私は、地元球団のホームであるドームの駐車場で、ヒーロー輸送車から降りる。
少し離れた場所だけど、まさか目の前で降りるわけにもいかない。
「こっちにはあんまりこないから、ちょっと新鮮」
鼻をくすぐる潮の香りに、嫌でも海の近さを思い知る。
私は、一応と思って、携帯を取り出した。
パカッと二つ折りの携帯電話を開くと、メールを打つ。
『ちょっと大変なお仕事入っちゃった。でもがんばるね! 大好きだよ!』
照れくさかったけど、もしかするとしばらく会えなくなるかもしれない。
そう思うと、素直に打てた。
今度は、こっちの方に二人で来たいなぁ。
パタンと携帯を閉じると、私はおおきく深呼吸をする。
「ここから使わないと、バレちゃうしね……」
背中に背負ったバックパックをちらりと見て、神経を集中させる。
その瞬間、私はこの世界から、姿を消した――。
迅速に、本拠地のポイントに到着する。
大きなビルだった。
裏口に回りこみ、あくびをする見張りの前を素通りする。
そして、コンシリアートルから提供されたらしいマッピングを頼りに、アトモスフィア本部を駆けまわる。
幸いなことに、コンシリアートルの無事は確信できた。
なぜかって、悪党たちが右往左往、なにかを探しまわっているから。
「もうすぐだから、持ちこたえて……」
そうつぶやきながら、アンミラーリョ様の指示通りのポイントに、爆弾を仕掛けていく。
多方面からの攻撃に見せかけた爆発――。
“消えた”私と違って、コンシリアートルが逃げる時間は作らないといけない。
だから――
私は、バックパックに残った最後の爆弾を手にとると、マップ上にポイントΔと表示された場所にセットした。
「……よし、これで準備はできた」
時間は――3分41秒。
想定より1分以上早い。バッチリだ。
「なあ、これでせっかくおびき出した悪党を捕まえられなかったら、どうなるんだ?」
突然、私の真後ろで、そう声がした。
振り返るとそこには、何度か目にしたことのある二つのヴィランズ・スーツが立っていた。
――確か、Aランクのクレイ・モアと、Sランクの……
「さて、な。だが、バジリスク様の反応から察するに、想定の範囲内という雰囲気もあった」
キャプテン・トーチカ!
「そうなのか? わざわざ偽物の本部としてビル丸ごと一個用意して、ヒーローをおびき寄せるなんて大胆な作戦だ、捕まえることが前提なのかと思ってたぜ」
「そこはわからん。あの人が考えることは、な」
そう言いながら、トーチカは携帯電話を取り出したようだった。
「お前、悪党としてはあれだろ? 首領閣下の子飼いで肝いりだろ? そんなお前でも、閣下の考えはわかんねえか」
「わからん。あの人は頭がいい。俺の頭じゃわからん」
「そっか。お前は頭いい方だけど、お前でわからんならバカな俺にはもっとわからんなぁ。……で、なに携帯見てんだよ? オンナかぁ?」
「バカなりに鋭い」
「んだと!?」
トーチカは、そのまま携帯を懐にしまい込む。
「いいのかよ? 返さなくて」
「そんな場合じゃないだろう。それに、向こうも忙しそうだ」
「はー、そうかよ。俺もカノジョ欲しいなー」
「行くぞ、バカ」
「バカって言うなって!!」
二人の悪党は、そんなやり取りをしながら、立ち去っていく。
「コンシリアートルは、誘い出されたってこと……?」
もしかしたら、私がここでこうしていることすら、敵の手の中なのかもしれない。
「急がなくちゃ!」
爆弾は仕掛け終えたから、あとはコンシリアートルを探すだけだ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらく駆けまわった私は、ようやく彼の姿を発見する。
デスクの影に隠れていたコンシリアートルの前で、私はアビリティを解除した。
「コンシリアートル!」
「っ!? れ、レディ・ステルスか! 驚かさないでくれ……心臓が止まるかと思ったわい……」
ビクッ! と全身を跳ねさせる。
「ごめんなさい。救援に来ました」
私はすぐに、スーツ同士をケーブルで接続すると、脱出プランのデータを送信する。
本当は無線通信でもやれるんだけど、敵の中心でそんなことをして、万が一にも傍受されバレたらマズイ。
「……なるほど、わかった。手間をかけるな」
「いえ。潜入は持ちつ持たれつ、ですよね。あなたから教わったことです」
「そうだったな」
と、その瞬間――。
ドゥンッ!!
轟音が、響いた。
「っ!?」
私は、慌てて身をかがめる。
すると、さっきまで私がいた場所を、砲弾が通過していった。
「来ると思っていたぞ、ヒーロー。そいつを救出にな」
私が顔をあげると、キャプテン・トーチカとクレイ・モアが立っていた。
今の砲弾は、トーチカの砲撃だ。
「だが、驚いたよ。まさかここまで侵入されるとは思っていなかった。どこかの捜査網にかかって、そこに出向くつもりだったんだが」
私は、時計を確認する。
爆発の時間までは、もう少し。
「コンシリアートル。彼らは私が撹乱します。その隙に、出口まで逃げてください。爆発したら、外へ」
「だ、だが……」
「私ならやれます」
そう言うと、コンシリアートルは逡巡の末、うなずいた。
それを見るや、私は立ち上がる。
キャプテン・トーチカを沈黙させるのは、私の腕じゃ多分難しい。
とりあえず、まずはクレイ・モアから――
「っっっ!?」
私がアビリティを発動させると同時に、トーチカとクレイモアは、息をのんだ。
目の前から“敵”が消えれば、それはそうだと思う。
素早く、彼らの横に向けて跳躍する。
着地と同時に、アビリティを解除した。
「トーチカ、左だっ!」
視線が集まる。
「これは……消えるアビリティか?」
トーチカがそう言った瞬間、私はまた消える。
「くっ……おい、どうすんだ、あれ!」
「黙っていろ。考えてる」
これを短いスパンで、幾度も繰り返す。
そして、次に姿を現すと同時に、私は彼らにハンドガンの銃口を向けた。
「っ!?」
トーチカは、さすがといった反応だったけど、気づいていなかったクレイモアには、一撃浴びせることができた。
「ぐぁっ!!」
同時に、私はまた姿を消す。
「くっ……そっ! おいなんだあいつ! どうやって倒すんだよ!? くそアマが! 出てこいや! ひん剥いてやる!」
「うるさい。黙ってろ」
冷静、だなぁ。
ちょっと、怖い。
ああいうタイプは、すぐに対応し始めるから。
私は、横目でコンシリアートルを確認する。
すでに、部屋の出口近くまで這いずっていた。
――よかった。これで一安心。あとは、爆発の時間がくれば……
私がそう思うのと、ほぼ同時だった。
ドゥンッ!!
「きゃっ!?」
突然、私の足元が炸裂した。
幸い、直撃もしてないし、影響はない。
でも……
「お、おい。当たったのか?」
「いや、外したと思うぞ。当てれば少なくとも、痛みが優先されて集中は途切れる。アビリティが解けて、見えるようになるはずだ。だが、そうはなっていない」
トーチカが、高射砲を構えていた。
ビックリした。
ほんの数センチずれたところを撃たれた。
いろんな意味で、私を“把握”するのは不可能なはずなんだけど……
「じゃ、じゃあ、なんで撃ったんだよ?」
「勘、だ。やつの動きから、予想を立ててなんとなく、な。おそらく、当たってはいない。近いところは攻撃できたと思うが……」
う、ウソ……ってことは、このまま繰り返すと、その内……
あの砲弾がヒットしたら、多分一発でダウン。
私は、背中に冷や汗を感じていた。
時間をかけるのは、マズイかもしれない。
そう判断して、私はハンドガンのグリップをぐっとにぎりしめると、素早くクレイモアに駆け寄る。
「クレイ・モア、周囲に警戒しろ。俺がやつなら、次は……」
その言葉に、私はまたビックリしながら、でももうクレイモアの頭部を、銃口でとらえていた。
そして、引き金をひく。
「がぁっ!!」
スーツが砕けることはなかったけど、その衝撃はかなりのものだったはず。
エネルギータイプの銃弾は、彼のマスクを盛大に揺らした。
そして、クレイモアはそのまま、ドサッと音を立てて倒れる。
「……遅かったか」
それでもまだ冷静なトーチカに、私はヒタヒタとにじり寄ってくる恐怖を感じていた。
追い詰めている感覚は、あっという間に塗り替えられている。
どちらかというと、私が追い詰められている気分だった。
――逃げよう。
彼に、これ以上こちらの手の内をさらすのは、本当に良くない気がする。
そう決めると、私の行動は迅速だった。
倒れたクレイモアを飛び越えると、出口を目指して駆け出す。
「考えろ……次は……」
トーチカの言葉を背後に聞きながら、勢いよく通路を曲がる。
ガァンッ!!
背後の曲がり角で、大きな破壊音。
彼は……トーチカは、その勘と思考で、私を追っている!
焦りながらも、一気にマッピングから出口への最短ルートを導き出し、走った。




