64話 不穏な依頼
「よし、受けるぞ! このクエスト」
フィニアスは、迷いなく言った。
「……だから、あなたは」
一拍。
「狙われているんです」
「俺は強い!」
細くない腕で、力瘤を作る。
「魔法の腕は認めますーーそれだけでしょう?」
「剣も使えるぞ!」
「A級です」
即答。
「アルデバランには、黒魔術士がいます」
フィニアスが、言葉を止めた。
ほんの一瞬。 視線が揺れる。
ーー覚えている。
ワタシは、確信した。
「五年前のことを」
名を出す必要はない。
東方で起きた、あの誘拐事件。 光の結界が、外側から『ほどかれていた』《《あれ》》。
赤ん坊は消えた。 痕跡だけを残して。
そしてーー
フィニアスは、逃げた。
「……」
沈黙。
否定しない。 それで十分だった。
「同じです」
静かに言う。
「今回も、あれと同じ“手”が使われている可能性があります」
「俺には、風の貴婦人がついてる」
かぶせるように、フィニアスが言った。
軽い声で。
「だから大丈夫だ」
ワタシは、少しだけ視線をずらす。
ーー違う。
あの時も、似たような空気だった。
守られているはずの場所で。 何も起きないはずの状況で。
それでも、崩れた。
風はーー何も言わない。
ただ、わずかに。
冷たく、流れた。
パーファー家。
冒険者ギルドの元締め。 金も、権力も、持ちすぎている家。
ーー関わりたくない種類の人間だ。
ルシアン・パーファー。
栗色の髪。 整いすぎた顔立ち。 青い瞳は、笑っているのに、何も映していない。
人当たりはいい。
だがーー腹の中が見えない。
「フィニアス・レイです。S級の魔法使いです。よろしく」
フィニアスが、手を差し出す。
ルシアンは、一瞬だけそれを見て。
何も言わずに、視線を外した。
そのまま、執事に合図をする。
馬車の扉が開く。
彼は、こちらを振り返りもせずに乗り込んだ。
「……は?」
フィニアスの声が低くなる。
差し出した手が、宙に残ったまま。
ゆっくりと、引っ込める。
「感じ悪ぃな、あいつ」
舌打ち。
分かりやすい。
だがーー
ワタシは、ルシアンの消えた馬車を見ていた。
ーー違和感。
ほんの一瞬。
あの視線が、こちらではなくーー
『別の何か』を見ていた気がした。
風が、冷たく流れる。
東から。




