第62通 金の管理
朝。
窓の隙間から差し込む光が、やけに白い。
フィニアスのいびきは、夜よりひどくなっていた。
ワタシはしばらくそれを聞いてから、静かにベッドを降りる。
床に転がる酒瓶を避けて、椅子の背に引っかけてあった上着を取った。
その内ポケットに手を入れる。
ーー軽い。
指先で中身を探る。
小銭が、少し。
「……やっぱりですね」
昨夜のうちに、だいたい予想はついていた。
ここまでとはー
テーブルの上には、見覚えのない装飾品が置かれている。
趣味の悪い指輪。
ワタシはそれを一瞥して、ため息をついた。
衝動買い。
酒。
遊び。
何一つ、変わっていない。
「フィニ」
呼んでも、返事はない。
いびきが、大きくなっただけだ。
ワタシはベッドに近づくと、その肩を軽く蹴った。
「起きてください」
「……うるせぇ……」
「起きてください」
もう一度。
今度は少し強めに。
「なんだよ……朝っぱらから……」
ようやく、片目を開ける。
焦点の合わない視線が、ワタシを捉えた。
「……リリベット?」
「これからは、ワタシがお金の管理をします。あなたに任せられません」
フィニアスは、しばらく瞬きをした。
「……は?」
「聞こえませんでしたか?」
「……なんでそうなる」
上体を起こしながら、頭をかく。
髪はぼさぼさで、顔はまだ半分寝ている。
ワタシは、上着から取り出した財布を掲げた。
「中身、確認しました」
「……あー……」
「二か月分の生活費が一晩で消えています」
「……まあ、そういうこともあるだろ」
「ありません」
即答。
「うるせぇな……ちゃんと稼いでんだろ?」
「ええ。だからこそ、問題です」
フィニアスは、顔をしかめた。
「なんでだよ」
「稼いでも、残らなければ意味がありません」
一歩、近づく。
「ワタシは、飢える気はありません」
「……別に飢えねぇだろ、俺がいるんだから」
「その『俺』が、これです」
財布を軽く振る。
中の小銭が、頼りなく音を立てた。
フィニアスは、それを見て黙った。
言い返そうとしてーーやめた顔。
「……で?」
しばらくして、ぼそりと。
「管理します」
「だから、どうやって」
「あなたが稼いだ金は、全てワタシに渡してください」
「はぁ!?」
ようやく、完全に目が覚めたらしい。
「ふざけんな! 俺の金だぞ!」
「ええ。使い道を間違える、あなたの金です」
「てめぇな……!」
フィニアスが立ち上がる。
が、ふらついて、すぐにベッドに手をついた。
「必要な分は渡します」
「信用できるか!」
一瞬、間。
「その代わり、ワタシはあなたを信用しません」
フィニアスが、口を閉じた。
少しの沈黙。
やがて、肩の力を抜くように息を吐いた。
「……エリーみてぇなこと言いやがる」
ワタシは、何も答えない。
「……あいつも、そういうこと言ってたな」
独り言のように呟く。
視線が、少しだけ遠くなる。
けれどーーすぐに戻った。
「……で、俺に得はあんのか?」
「あります」
「なんだよ」
「宿代と食事は、確保されます」
「……それだけかよ」
「十分でしょう」
ワタシは、財布をしまった。
「少なくとも、野宿は減ります」
「……チッ」
フィニアスは、顔を背ける。
だが、否定はしなかった。
「……好きにしろ」
ぶっきらぼうに言って、再びベッドに倒れ込む。
「ただし」
横になったまま、片目だけこちらを見る。
「酒は減らさねぇぞ」
「量は制限します」
「おい!」
「三日に一度です」
「減ってんじゃねぇか!」
「交渉成立ですね」
「してねぇよ!」
抗議の声を背に、扉へ向かう。
外の光は、すでに強くなっていた。
今日も、暑くなる。
扉に手をかけて、ふと思う。
少なくとも。
この男が、勝手に破滅する確率は、少し下がった。
いびきだけが、また部屋に戻ってきた。




