第61話 二年後……
二年後。
砂を踏む足音が、夜の冷気に溶ける。
ワタシの影は、小さい。
五歳の身体は、軽くてーーひどく不便だ。
アルテアの外れ。
人の気配のない砂漠で、息を止める。
気配を消す。
風の流れに、自分を紛れ込ませるように。
存在を、薄く、薄く。
ーー簡単だ。
あまりにも簡単で、少しでも油断すると、戻り方を忘れそうになる。
だから、解く。
一気に、息を吐く。
身体の輪郭が、戻る。
「……これでいい」
誰もいない夜に、独り言が落ちた。
あの人なら、合格と言っただろうか。
ーー風の奥方。
リリエンハイムを出るとき、別れを告げられた。
<これからは、私に代わってそのものがお守りするでしょう>
<気配を消す方法は、マスターできますね?>
最後まで、いつも通りだった。
……だからこそ、困る。
思い出す余地が、残るから。
昼。
城壁で囲まれた街、アルテア。
「おい、リリベット。見ろよ、今日の宿」
フィニアスが胸を張る。
指さした先は、やたらと装飾の多い宿だった。
入口に立っている男の服からして、値段が知れる。
「……高いですね」
「いいだろ? 稼いだんだからよ」
「二か月で?」
ぴくり、とフィニアスの顔が引きつった。
ワタシは続ける。
「モルガン伯爵から受け取った金。すべて使い切りましたね」
「……あー……まあ……」
「酒」
「……」
「男」
「……」
「無駄な高級品」
「やめろ」
「何一つ変わってませんね」
ワタシは見上げる。
「高級宿に泊まろうとする癖も」
一歩、近づく。
さらに一歩。
「なに一つ変わってません」
感情は、乗らない。
ただ事実を並べるだけの声。
フィニアスは、しばらく黙っていた。
言い返そうとして、やめた顔だ。
やがて、ぼそりと。
「……エリアードの口調にそっくりだな」
風が、二人の間を抜けた。
ワタシは何も答えない。
ただ、視線を逸らさなかった。
フィニアスが小さく息を吐く。
「……わかったよ。安いとこ探す」




