第59話 リリベット無双
リリベット・モルガン。
三歳。
リリエンハイムの辺境、モルガン伯爵の令嬢。
そして、十九歳で死んだエリアード・ローランの転生者でもある。
しかも、記憶持ち。
これだけでも頭が痛いのにーーおかしな魔術を使いやがる。
系統としては、光にも闇にも属さない。
使い方次第では、光の魔法使いにも黒魔術師にもなれる。
今日も何も起こらないはずがない。
神殿の支配が届かない、南方の小国
乾いた風が吹くはずの辺境の道に、今日はやけに柔らかい風が流れている。
リリベットは、乳母に手を引かれながら、いつものように歩いていた。
焦点の合わない瞳のまま、何を見るでもなく前を向いている。
その後ろを、フィニアスが気だるげに歩く。
「……なんで俺まで」
<あなたしかいないからですわ>
風の奥方が、涼しい声で答えた。
「理由になってねぇよ」
ぼやきながらも、フィニアスの視線はリリベットから外れない。
ーー今日も、やるのか?
そう思った瞬間だった。
道端にしゃがみ込んでいた老婆が、苦しそうに咳き込んだ。
乳母が気づいて足を止める。
「まあ……大丈夫ですか?」
リリベットも、ぴたりと足を止めた。
そして、ゆっくりと顔だけを老婆に向ける。
風が、変わった。
ほんの一瞬。
柔らかく、包み込むような風が、老婆の周囲を撫でた。
「……あれ?」
老婆は目を瞬かせる。
さっきまで荒かった呼吸が、すっと落ち着いていく。
「楽に……なった……?」
周囲にいた村人たちがざわめいた。
「まただ……」
「お嬢様が通ると……」
リリベットは、何事もなかったように、また歩き出す。
「行きましゅよ」
無表情のまま。
フィニアスは、その背中を見ながら、眉をひそめた。
「……おい」
小声で呼ぶ。
「今の」
「知りましぇん」
即答だった。
「いや絶対やっただろ」
「偶然でしゅ」
「毎回その偶然が起きるか?」
リリベットは、少しだけ首を傾げた。
「フィニ、細かいでしゅね」
「細かくなるわ!」
思わず声が大きくなる。
前を歩く乳母がびくっと肩を震わせた。
フィニアスは慌てて咳払いする。
「……いいか、ああいうのはな、加減間違えるとーー」
そこまで言って、言葉を止めた。
視線の先。
畑の一角だけ、妙に青々としている。
周囲は乾いた土のままなのに、そこだけ異様に育っている。
<……やりすぎですわね>
風の奥方が、ため息をついた。
フィニアスは、頭を抱えた。
「ほら見ろ……!」
リリベットは、その畑を一瞥する。
そして、ぽつりと。
「元気なのは、いいことでしゅよ?」
悪びれない。
フィニアスは、深くため息をついた。
「……その元気が問題なんだよ」
風が、くすりと笑った気がした。




