第53話 リリベットの直感
暗い。
目は、まだ何も捉えない。
形も、色も、はっきりしない。
ただーー
あったものが、消えた。
リリベットは、それを知っていた。
言葉にはならない。
意味も、分からない。
それでも、
さっきまで近くにあったものが、なくなったことだけは分かる。
「……ぁ」
息が、わずかに震える。
声にはならない。
喉はまだ、うまく使えない。
ただ、空気が揺れるだけ。
胸の奥に、何かが残っている。
触れていた感覚。
近くにあった温度。
それが、
遠くへ引かれていく。
ーー連れていかれた。
理由は分からない。
どうしてそうなるのかも、分からない。
ただ、
そうなったと知っている。
小さな指が、わずかに動く。
何かを掴もうとして、
掴めない。
空を切る。
それで終わる。
「……」
違う。
さっきまでと、違う。
世界が、少しだけ欠けた。
それだけのことなのに、
そこに、空白がある。
風が、動いた。
ほんの一瞬だけ。
頬に触れる、やわらかな流れ。
外へ向かう。
さっきまで、ここにあったものと同じ方向へ。
リリベットは、それを追わない。
追えない。
ただ、
どこへ行ったかだけが残る。
「……ぅ」
胸の奥が、きゅ、と縮む。
これが何かは分からない。
でも、
このままではいけない気がした。
理由はない。
名前もない。
ただ、
そう感じた。
呼吸が、ひとつ乱れる。
小さな身体が、わずかに震える。
それが、きっかけだった。
次の瞬間、
声が、零れた。
か細い泣き声が、部屋に広がる。
初めてのものみたいに、
ぎこちなく、弱く。
それでも、確かに外へ出ていく。
胸の奥にあった“欠け”が、
押し出されるみたいに。
風が、わずかに戻る。
ほんの一瞬だけ。
答えるみたいに、揺れてーー
すぐに、消える。
リリベットは、泣いている。
理由は分からない。
意味も分からない。
ただ、
『何かがいなくなった』ことだけが、
その小さな身体に、残っていた。




