第44話 フィニアス父親になる
神殿は、静かに騒いでいた。
音はない。
だが、空気がざわついている。
検知の結界に、異常が出た。
位置は、アルデバラン王都から外れた農村。
本来なら、何もないはずの場所。
だがそこにーー
「……反応、固定しました」
白衣の神官が、息を詰めて告げる。
「規模は……不明。測定不能です」
別の神官が、言葉を失う。
魔力ではない。
神気でもない。
どちらでもあり、どちらでもない。
歪み。
「……確認に行く」
短く命が落ちた。
魔法使いが動く。
無駄な音は、一切ない。
農村の外れの森の中。
結界の歪みの中心。
そこにーーいた。
赤子だった。
布に包まれている。
泣いていない。
ただ、目を開けている。
その青い瞳が、魔法使いを見た。
瞬間。
彼が、息を呑む。
「……何だ、これは」
言葉にならない。
恐怖ではない。
畏怖でもない。
理解が、拒まれる。
「触れるな」
即座に制止が入る。
だが。
赤子は、ただそこにいる。
害意もない。
なのに。
存在だけが、逸脱している。
「……回収する」
命令が下る。
誰も反論しない。
触れた瞬間、何かが起きるかもしれない。
だが、それでも放置はできない。
魔法使いは、慎重に抱き上げた。
軽い。
あまりにも軽い。
だが、その瞬間。
空気が、わずかに歪んだ。
ーー世界が、位置を確認するように。
神殿へと運ばれる。
白い石の間。
封印陣の中央。
赤子は、そこに置かれた。
神官たちが囲む。
沈黙。
誰も、言葉を発さない。
やがて。
「……原因を、特定しろ」
低い声が落ちる。
調査が始まる。
術式の痕跡。
魔力の流れ。
干渉の経路。
そしてーー
「……出ました」
神官の声が、わずかに震えた。
「黒魔術の痕跡。発動者は……イライーザ女王」
ざわめきが走る。
だが、それだけではない。
「……もうひとつ」
「何だ」
「干渉があります」
「誰だ」
短い問い。
神官は、一瞬だけ迷いーー答えた。
「……フィニアス」
空気が、止まる。
「……本家に2番目に近い生まれ」
神殿の記録にある名。
才能はある。
だが、粗雑。
制御が甘い。
「干渉の形は?」
「……偶発です」
その一言で、全員が理解した。
狙ったものではない。
だが、結果として繋いだ。
だからこそ、歪んだ。
「……呼べ」
命令は、即座だった。
数刻後。
フィニアスは、神殿の中央に立たされていた。
「……何の用だよ」
不機嫌そうに言う。
だが、空気に気づく。
軽口が、続かない。
視線が、中央に向く。
赤子。
「……は?」
間の抜けた声が出る。
「……何だ? それ」
「お前が、関わった歪みだ」
冷たい声。
「はぁ?」
理解が追いつかない。
だが、説明はされない。
「フィニアス・ロイル」
本名名を呼ばれる。
「お前に、罰を与える」
その言葉に、ようやく表情が変わる。
「……何の罰だよ」
苛立ちが混じる。
だが。
「この赤子の管理を命じる」
静かに告げられた。
「……は?」
「育てろ」
一拍。
完全に止まる。
「……は?」
もう一度。
今度は、素で。
「お前が関わらなければ、ここまで歪まなかった」
淡々と続く。
「よって、お前が責を負え」
「いや待て待て待て」
さすがに声が荒くなる。
「意味わかんねぇだろ!!」
指を突きつける。
「そもそも俺、何もーー」
「してないと?」
切り捨てるような声。
沈黙。
フィニアスは、歯を食いしばる。
言い返そうとしてーー
やめた。
勝てないと、分かる。
「……で?」
低く、吐き出す。
「断ったら?」
わずかな間。
「排除する」
即答だった。
フィニアスの視線が、赤子に落ちる。
小さい。
静かだ。
何もしていない。
ただ、そこにいる。
「……ちっ」
舌打ち。
頭をかく。
「……クソが」
ぼやくように言って。
赤子を、抱き上げた。
軽い。
その瞬間。
風が、わずかに動いた。
フィニアスは、顔をしかめる。
「……なんだよ」
誰に言うでもなく。
赤子が、彼を見る。
その瞳はーー
何も知らないはずなのに。
どこか、見透かしているように、静かだった。
「……最悪だ」
そう言いながら。
フィニアスは、視線を逸らした。




